▼ ▼ ▼


トムの指先の動きは、何一つ変わってやしなかった。

わたしの首を自分のものだと主張するようにその手の中に掴むと、獲物を手にした余裕を持って口付けてくる。空いた手で、わたしの体を好きなように弄びながら。

ワンピースの中に手を差し込み、太ももを撫でる手に思わず体を揺らしてしまうわたしも、何一つ変わってはいないのだけれど。

「トム、」

わたしがかすれた声で彼を呼ぶと、トムはわたしの下腹に口付けていた顔を起こして眉を軽く上げた。

「私の名前を知っているだろう」

「…ヴォルデモート卿」

わたしはそう彼を呼んだけれど、呼びにくいわ、と付け足して彼の体を太ももで挟んだ。

「しかし閨の中では許そう、捨てた名前で呼ぶことを」

トムは自分の寛大さを示すような口ぶりでそう言いながら、わたしの太ももを掴んで吸い上げた。そこに跡を残しているらしい。トムの髪を軽く握り込みながら、わたしは小さく「ん、」と吐息を漏らす。

行為が終わってしまうと、トムは何も身にまとっていないわたしに対してさして乱れてもいない服のままでわたしの隣に体を横たえ、わたしの髪を手持ち無沙汰にすいた。

「あなた、わたしに会いに来たんじゃなくて隠れ住む”拠点”を探しに来たんでしょう」

わたしがそう言うと、トムは肩をすくめた。その通りらしい。彼が現れた時は頭が真っ白になってそこまで考えが及ばなかったけれど、よく考えて見たらそうに決まっている。彼が打算なしに、昔捨てた女にもう一度近づくことなどあり得ないのだから。

「ありがたいことに君のこの屋敷は世に知られていない」

オリオンとダンブルドアを除いてね、とは言わないでおいたけれど、彼らがここを訪ねることなど無いに等しいので、トムの言葉は正しいのだった。わたしが卒業後舞い戻ってから、この屋敷を訪ねる者はない。時折するふくろうを除いて。

わたしは寝返りを打ってトムの腕の中にすっぽりと収まる。彼の胸元からはトムが使っていた香水と彼の体臭が混じり合った懐かしい匂いがした。

「わたしを殺せば、あなたの望み通りの隠れ家が出来上がるわ」

わたしがそう言うと、トムはわたしの顎をすくい上げてわたしの顔を見下ろした。その表情は読めない。しかし、彼の変わってしまった顔の形の中に、確かに昔のトムの面影が見えて、わたしは目が離せなかった。

「君を殺すにはまだ早い」

トムはそう呟くように言うと、わたしを抱き込んで枕に頭を落とした。このまま一眠りするつもりらしい。

世の中を震撼させている闇の帝王が、わたしのベッドで眠るのはとても奇妙で、また笑いがこみ上げるような思いがした。

わたしがそっと見上げると、トムの少し乾いた唇が、高い鼻梁が、柔らかいまぶたが目に映る。

彼を、待ち望んでいた。心の底から。体のすべてで。

目を覚ませば彼がいなくなるような心地がするのに、わたしは彼の匂いに包まれた安心感でとろとろと眠気に身を任せてしまう。もし、起きた時にわたしの前から姿を消すつもりなら、その前にわたしに杖を向けて全てを終わらせてほしい、そう願いながら。

――そして外が真っ暗になった頃、わたしは目を覚ました。

隣にはトムがいた分の空間があり、しかしそこはすでに冷たくなっている。わたしは昼間に寝てしまったせいで感じるだるげに頭を抑えながら体を起こした。

「……トム?」

わたしの問いかけに答えはない。しかし、わたしはなんとなく感じていた。この屋敷にトムが留まっていることを。

わたしが廊下に出ると、もうしもべ妖精の姿はなかった。なんとなく、祖父が使っていたらしい書斎へと足を向ける。祖父も、祖母も、もうこの世にはいない。しかしわたしはこの屋敷で、わたしと母の部屋以外に立ち入ることがなかった。

祖父の部屋のドアノブをひねり中を覗き込むと、埃っぽい風が起こる。

そこに、こちらに背を向けたトムがいた。祖父の机に手を滑らせながら。

「まだ、なんとなく残っているな。君の家族の魔力が」

振り返ったトムの目は真っ赤に染まっている。その目はもう元の黒曜石のような瞳には戻らないのだろう。彼が使用したであろう邪悪な闇の魔法のせいかもしれない。

「君のものと似ていて、初めて触れた気がしない…」

彼が、きっと無意識にだろうがそう呟いた言葉がなぜかわたしを泣き出したくなるような気持ちにさせて、わたしは彼から目をそらした。彼への感情が純粋な愛だけではなく、さまざまな欲求や心情が混じり合っているせいだ。世間から恐れられている彼の、人間らしい部分がほしい。そして、彼の全てを求めている。彼が切り捨てた”愛”そのものさえも。

しかしそれが叶わないのを、わたしは知っている。そのため、わたしはトムに近づいてその背中に手を当て、体を寄せた。服越しには、彼の常人より低い体温が感じられない。まどろみながら直接トムの肌に触れたあの時のみ、彼の奥底にある熱に触れることができた。

「わたし、あなたについていくわ」

今のわたしが口にできる、唯一の愛を込めた言葉を吐く。トムの表情を見ることはしない。

「当然だ」

どんな声でそう短く答えたのかを、わたしは知らない。しかし、それでいいのだ、とも思う。

わたしたちにはわたしたちのやり方があるのだから。

まだ声になる途中




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -