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「ミス・ミョウジ!」

授業の後、スラグホーンがわたしを呼び止めた。教室から人の波が引き、わたしと二人きりになると、途端に彼は手をこまねいて話し始める。

「ナマエ、トムから進路について何か聞いているかね」

「どうしてわたしにそれを?」

わたしがそう問うと、スラグホーンは何を今更、という顔をする。

「ブラック家のダンス・パーティで、君たちが素晴らしい踊りを披露したということは私の耳にも入っているよ。私も参加するつもりだったのだが少し用事が――」

と、そこまで言いかけて話が逸れていることに気づいたのか、「とにかく、君とトムがそれほどの仲だったということは正直驚いたが、君には話しているのではないかと思ってね」とスラグホーンは言う。

「先生、トムとはそんなに親しくもないのです。ただパートナーが見つからなかった彼が、同寮のわたしを選んだ、ただそれだけだと思います」

「いやいや、君は彼と親しいはずだ。ダンブルドアに相談したが、トムのことはナマエに聞くといいと、そう言っていた」

わたしは思わず眉を寄せた。白々しいこと。わたしは何も聞いていないで通したけれど、コネが何よりの好物であるスラグホーンは最後まで粘った。

「彼が魔法省入りを受けない理由を、彼にそれとなく聞いてくれ。そうして、ぜひそちらの道を目指すように説得してほしい」

「わかりました、先生」

わたしは全くその気はなかったものの、早く話を切り上げたくてそう言った。
魔法薬学の教室を出ると、廊下には誰もいない。

トムが、ホグワーツを出てから何をするかなんて、わたしが彼に尋ねたことはなかった。なんとなく、ホグワーツを卒業した時点で何もかもが終わる気がしていた。そう、何もかも。だから、スラグホーンはトムの将来について心配していたけれど、わたしだって何も考えてやしないのだ。

「ナマエ」

わたしが思考に沈んでいると、誰もいないと思っていた廊下から、人影が現れる。トムだ。

「スラグホーンが君に、僕の進路を尋ねたか?」

トムにはお見通しらしい。「ええ。知らないとだけ言ったけれど」とわたしが答えると、トムは満足だったのか軽く頷いて踵を返す。ついてこいとも言わずに。けれど、彼は当然わたしが後ろを歩くことを疑いもしないのだ。

「あなたのせいで、わたしは見世物になった気分よ」

「シャフィクよりよっぽど、僕の方が君の扱いに慣れてるだろう」

わたしは小さなため息でそれに返す。そうだ、トムがわたしをパートナーに選んだせいで、あの会場にいた生徒たちを中心に、様々な噂を立てられていた。わたしがあの子からトムを寝取っただとか、そういう類の。あながち間違いではないものの、それらは退屈な生徒たちにとって最高のゴシップらしい。

トムが足を止めたのは、前にもきた物置部屋の扉の前だった。彼は慣れた様子でドアノブを左に回す。すると、以前と変わりない部屋が現れる。

「さあ、レディー・ファーストだ」

トムは恭しく――そしてそれは、途轍もなく白々しい――わたしに入るように促し、わたしの後に続いて扉を閉めた。後ろ手で鍵を締めるのも忘れずに。

「あなたからおしゃべり好きの取り巻きたちに言ってよ。そうすれば誰もわたしに見向きもしなくなるわ」

「君はもともとある程度人目に晒されてきただろうに。スリザリンの冷たい女王だなんて称号もあるくらいだ」

――もっとも、実際のところ君の体はすぐに熱くなるが。

トムはわたしの頼みを聞く気はなさそうだった。トムがソファに座って向かい合わせに紅茶の入ったコップを呼び寄せたので、わたしは仕方なく彼の前に腰を下ろした。

「あなたから、スラグホーンに言ってちょうだいね。進路だとかそういうことは」

わたしは綺麗な色をした紅茶を一口飲み、そう言った。トムの、”恐ろしい”計画を、彼は誰にも悟られることなくごまかして、この学校を離れるだろう、そう思っていた。トムにとってスラグホーンを煙に巻くのは杖を振るより簡単なことだろう。

トムはそれに対して何も言わず、同じく紅茶を口に含んだ。そうして、しばらく何かを考えるようなそぶりを見せた後、おもむろに口を開く。

「僕は教師としてこの学校に残りたいと思っている」

彼の言葉は意外だった。わたしが思わず眉をひそめてしまったのも仕方ないだろう。わたしのそんな表情を気にも留めず、トムは続ける。

「ダンブルドアが校長に無駄な入れ知恵をしなければいいが」

わたしは何かもっと、他のことを想像していた。彼がわたしに漏らした計画を、実行するのだと。けれど案外堅実な道に進もうとしていることを知って、なんだか気が抜けた思いがする。
トムが教師としてこの学校に残ることになったら、わたしはどうするのだろう?働かずとも、ミョウジ家の資産だけはまだ潤沢に残っている。わたしはあの家で、平凡に、退屈な人生を――ほとんど死んだように、送るのだろうか?

考えただけで気が狂いそうだ。

「拍子抜けしたような顔だな」

トムは面白いものを見た、と言いたげな口調で言う。

「……わたし、てっきりあなたが――いつも話していたことを、実行するのだと思っていたわ。そうして、ここを卒業するときには――」

――わたしを、殺してくれるものと思っていたのに。

わたしは無意識のうちに俯いていた。声も、いつの間にか弱々しく掠れている。当たり前のように考えていたことを、打ち砕かれたように感じていた。

「僕は確かに君を殺してやると言った」

トムは空っぽになった紅茶のカップをテーブルに置くと、立ち上がってわたしの隣に体を沈める。

「しかし、それをするにはまだ早い。僕にはまだすることがある。それまで君は――僕のものとして、生き続けなければならない」

トムは俯いていたわたしの顎をすくい上げると、普段とは違い、いっとう優しく口付けた。「今日の君はずいぶん可愛らしく見える」そう囁きながら、愛玩するように。トムは悟っているのだろう、わたしにはトムしかいないということを。わたしの望みを叶えられるのは、トムただ一人なのだ。

「わたし、早く消えてしまいたいのよ、トム」

わたしは口付けの合間にそう呟いた。その言葉は、トムへの恋心や、そのほかの憂いごと全てが混じって複雑な感情が含まれていた。未来など考えたくもなかったのに、スラグホーンやトムの言葉で現実に引き戻されたようだった。いつになく弱音を吐くわたしにトムは一瞬眉をひそめたけれど、もう一度唇を重ねてから、わたしを覗き込んで言う。彼の目の奥に赤い色が見えた気がした。

「君が、僕以外の手にかかって死ぬことを許さない。それが君自身であっても。この世界から消えたいと言うなら、僕がこの世界を消してやろう」

わたしのことをちっとも、これっぽっちも愛してなんかいないのに、トムはそんなことを言う。混じり気なく、真剣な声色で。これ以上ないほどの求愛の言葉に聞こえるのに、彼は一握りの愛さえ抱いていない。

けれど、わたしはその言葉にどうしようもなく救われるのだった。

トムの胸元のシャツを握り込んで、彼を引き寄せる。互いの唾液に濡れた唇を、また混ぜ合わせるようにして口付けた。

トム、あなたを、この世界の誰よりも愛してる。

そんなことを言えば、この関係が終わりを迎えてしまうことを、わたしは誰よりも知っているのだけれど。

いつかみた神の屍骸をさがしてる




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