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他に行き場がないせいで、わたしは毎年憂鬱な気分のまま家に帰る。

寝たきりの母は、わたしが帰っても気づかない。屋敷しもべ妖精の世話で、かすかな命を永らえさせている。

森の中に隠されているように建つこの屋敷の、一番上の部屋がわたしのものだ。そこから見下ろしても、ただ深い霧に包まれた木々が見えるだけ。

わたしはただ書斎に並ぶ本を無作為に読み、死なない程度に食事をとって、トムとの約束の日を待った。そうしてそれは、長い時間だった。


わたしが自分の屋敷の暖炉から漏れ鍋に着くと、トムの姿はまだなかった。当然だろう、まだ約束の時間には早すぎる。わたしはコーヒーを頼み、一番目立たないテーブルに座った。そうして、魔法をかけてどれだけでも物が入るようにした小さな鞄の中から、書斎から持ってきた本を一冊とる。

店主の気遣いでテーブルに添えられた小さなお茶菓子をかじっていると、手に持っていた本に影が落ちた。顔を上げると、そこには待ちわびた男がいる。

「ずいぶん早く来たようだな」

トムは何も持っていやしなかった。きっと、懐に杖は忍ばせているのだろうけれど。

「家にいるのは耐え難いわ、退屈で」

わたしがそう言うと、トムは共感したのか小さく鼻を鳴らすだけだった。そうして、わたしの目の前に置かれていた薄いクッキーを手に取り口に放ると、「行こう」とわたしを促す。ちょうどコーヒーを飲み終えたところだった。

わたしがトムに連れられて来たのは、何の変哲も無い田舎だ。リトル・ハングルトンと書かれた看板らしき板を見かけた気がするけれど、それほど興味を抱かなかった。トムはその中の、まるで馬小屋や納屋のような家を見つけると、外で待っていろとわたしに言いつけ、まるで自分の家かのようにノックもせず中に入った。

中からは話し声が漏れ聞こえていたけれど、わたしが積極的に聞き耳をたてることはなかった。ドアの横の壁に背中を預けながら、しゃがみこんで行儀悪く頬杖をつきながら本を片手で読んでいた。彼がわたしを呼んだ理由は何だろうか?

しばらくすると、トムは不愉快さを隠そうともせず、顔をしかめたままドアを蹴破りそうな勢いで出てきた。開いたままのドアから、部屋の真ん中に小汚い男が倒れているのが見える。死んではいないようだけれど。

「行くぞ」

そう短く言うと、トムはわたしの腰を抱いた。強引で、有無を言わせぬ力強さだった。今のところ、わたしはただトムに振り回されているだけだったけれど、屋敷にいるよりはよっぽどましだ。

そうしてわたしは、またトムに行き先も告げられずに連れられて、今度は先ほどの家とは比べ物にならないほど豪華な屋敷に足を踏み入れた。馬鹿馬鹿しい程の装飾が施されているここは、マグルのものらしかった。

トムはまたもや、その家の扉を開ける権利がある一人のように、不躾にドアを開けた。今度はきちんと鍵が閉まっていたけれど、トムの前ではほとんど開いているのと同じだった。

トムはどう見ても彼のものではない杖を構えると、あっという間にその屋敷の中を、見る影もなく破壊した。彼にそっくりな男の死体とともに。トムはもしかしたら、わたしに彼を見せたくはなかったのかもしれない。けれど、何も言わなかった。ただその、若かりし頃の彼を思わせる端正な顔を驚愕に歪ませながら、そこに横たわる骸を無感情に見下ろしていた。彼が目を見開いたのは、予期せぬ訪問者の顔に明確な殺意があったからか、それともその顔が自らのものと瓜二つだったからなのか、どちらなのだろうか。

トムは踵を返して来た道を戻った。わたしは彼の沈黙を守り、ただその後ろについて行くだけだ。

そうして、トムは使っていた杖を気絶していた男に投げ捨て、彼の記憶を挿げ替える呪文をしばらく唱えていた。わたしはその隣で、ぎしぎしと音を立てる木の椅子に座り、窓の外ののどかな風景を眺めた。

トムはすっかりそれを終えてしまうと、男の手から指輪を抜き去り、わたしを促してその家を去った。

いつまでたっても、わたしたちの間には沈黙が横たわっていた。トムが事前にとっていたらしい漏れ鍋の部屋の一室に入っても、それは続いていた。

トムに声をかけても今は無駄だろう、そう判断したわたしはベッドカバーの上に腰かけ、履いていたヒールの低いパンプスを脱いだ。ストッキングが伝線している、どこかで雑草の硬い茎に、引っ掛けたのだろうか。いつまでもそれを履いているのもみっともないので、わたしはさっさと爪先から抜き取った。スカートを履いていたので、特に脱ぐ必要もなかったのだ。

わたしがそうしているのを、トムはじっと見つめていた。一人がけのソファに座り、頬杖をつきながら。

わたしはベッドの上で自らの足を抱えた。昨日塗り直したばかりの、ベイビーブルーのペディキュアは上品な色だ。まるで、つま先だけ清楚な淑女になったかのように。

「何も言わないんだな」

トムは唐突にそう言った。わたしは珍しい、と思った。彼が言葉を求めるなんて。

「何について?」

わたしはそうとだけ言うと、彼に目を向けずにペディキュアを塗った滑らかな爪を指先で撫でる。

「何もかも」

トムはそういうと、立ち上がってわたしの前に立った。そして、わたしの右足首を掴むと、彼の体に引き寄せる。
わたしは手をベッドについて体を支え、みっともなく体を倒すことを防いだ。けれど、トムはわたしのふくらはぎに手を滑らせ、膝の裏に手をかけるともう一度引き寄せた。わたしはあっけなくベッドに体を横たえる。

わたしの髪がベッドに広がるのを、トムは無感情に眺めた。そうして、わたしの目を見つめながら、腰を折って膝に口付けた。それは恭しくも見える仕草だったけれど、目はわたしを捕食せんばかりの色を灯している。

彼は、人殺しのあとの興奮に、身を任せているのかもしれない。もしかすると、人知れずそれを鎮めるためにわたしをこうして呼んだのかもしれない。

構わなかった。

わたしを連れ出してくれるのは、いつだってトムなのだから。トムは、その役目を果たしたに過ぎない。

「ストッキングを履いたままのほうがよかった?」

わたしが戯れにそう言うと、「陳腐だが、それも悪くない」と返ってくる。すでにベッドの下に落ちたストッキングに、彼の爪が亀裂を入れて素肌を暴く様を、わたしも見たかった。

彼は服を脱がそうともせず、スカートの中に手を差し込む。下着越しに彼が撫で上げるのに、わたしは震えと小さな吐息で返した。

わたしはトムの頭を抱え込んで、彼が与える快感の波に耐える。

この小さな部屋で、わたしとトムがこの世に二人きりになった気がした。

彼がどれだけの人を手にかけようが、この世界を破壊し尽くそうが、わたしの知ったことではなかった。ただ、わたしの関心は、トムという一人の人間に向けられている。

この時間が永遠に続けばいいのにと思うのに、わたしは破滅を望んでいた。

彼がわたしを手にかけるその日が来るのが、待ち遠しくて仕方ない。

世界終末の夜をなぞらえて




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