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雨が降っていた。

こんな日は、中庭で生徒が駆け回ることもない。

わたしが空き教室の窓からそれを眺めていると、わたしがここにいるとどこで知ったのか扉が開いた。埃っぽい教室に風が通る。

「聞いたか?継承者はルビウス・ハグリッド、ウスノロの半巨人」

オリオンは歌うように言う。そんな馬鹿げた話はない、と言いたげだ。

「トム、我らがヒーローだ」

わたしが腰掛けている机に向き合うように、椅子を後ろ向きに座るオリオンは、わたしの膝に手を乗せてわたしを見上げた。君はそうでないと知ってるんだろう、と言いたげだ。

「彼は人道的な行いをしたわ」

わたしがそう言うと、オリオンは軽く鼻を鳴らして同じく窓の外を見た。いつまでも、しとしとと続く雨だ。

「しかし、ダンブルドアが杖を折られた男を森番としてここに残すつもりらしい。僕たちの代がまるきり卒業しない限り、誰も森には近づかないだろうさ」

――杖を持っていることに嫉妬した”継承者”に襲われてはたまらないからな。

わたしは彼の言葉に答えることもせず、ただ窓の外を眺めている。 何かを待っているように。けれど、それが現れることはないのだ。

「ナマエ」

オリオンは手を伸ばしてわたしの頬に添える。わたしが彼の方に目を向けると、彼はそっとわたしを引き寄せて唇を重ねた。彼の唇は乾いていたけれど、滑らかであたたかかった。

「君の憂い顔は誘っているようだ」

「何も憂いてなんかいないわよ」

オリオンが理由を後付けしてくるものだから、わたしはくすりと笑う。そうして、どちらからともなく、もう一度顔を近づける。互いの吐息が唇にかかるのを感じながら、わたしは伏せた目で彼の表情を見つめた。

「君は不思議な瞳の色をしているな」

オリオンが言った。特に変哲もない平凡な色だということは自覚しているので、その理由を問おうとすると、その前に唇を塞がれてしまう。もしかしたらそれは彼の口説き文句だったのかもしれない。
彼はわたしの膝の上で互いの指を絡めた。やっぱり、彼の体温は高い。繋いだ手から、溶け合うように。

「もうすぐ夏休みだ」

オリオンが言った。早いものだ、とわたしは毎年同じことを考える。

「この城から誰もいなくなるのね」

わたしも含めて、みんな、一斉に。出来るなら、ずっとここにいたいものだ。

「家に帰るんだろう」

「ええ、そのつもり」

わたしがそっけなく答えたので、オリオンは片方の眉を怪訝そうに上げた。けれどそれ以上聞くことはなく、本格的にバケツをひっくり返したように降り始めた外の様子に目を移した。

「僕の家でダンスパーティーがある。君も来ないか」

その言葉にわたしは先ほどのオリオンと同じ顔をした。

「踊る相手がいないわ」

「僕がいるじゃないか」

「あなたがヴァルブルガと踊っていなかったらみんな妙に思うわよ」

わたしがそう言うと、オリオンは肩をすくめる。そうして、なんでもないことのように言った。

「トムを誘ったんだ。来ると言っていた」

わたしはその言葉に目を見開いた。トムが来る?

「トムの恋人、あの赤毛の。あの娘の家も来る」

ああ、とわたしは納得したような声を出して、また窓の外を見る。”遊び”の関係ではあるものの、きっとパーティーで待ち合わせるつもりだろう。

「君を壁の花にはさせない。考えておいてくれ」

「ええ、また返事をするわ」

オリオンはもともとその場で返事を求めるつもりはなかったのか、引き際はあっさりしていた。そうしてそのあとしばらく二人で窓の外を見つめていたあと、わたしたちは連れ立って寮に戻った。

もう外は薄暗い。日は落ちかけている。

合言葉を言って中に入ると、寮の談話室には不思議な空気が流れていた。どこか落ち着かない。生徒たちは顔を近づけあって、さざめきのような囁きを繰り返している。

何があったの、とわたしたちが聞く前に、目の前にいた集まりから一人抜け出して、わたしたちの元へ女子生徒が近づいてきた。寝室は同じではないものの、隣の部屋の生徒だ。挨拶を交わす程度の。

「あの子が、トムに言ったのよ。ルビウス・ハグリッドがやったわけがないって。あの子、マグル生まれだけじゃなく、半巨人とも親しかったらしいわ」

彼女はそれだけ言うと、また自分の友人たちの集団へ戻っていった。彼女の表情には、あからさまに侮蔑的な色が浮かんでいる。そういえば、あのグループは純血思想に凝り固まった娘たちが集まっていた。

「おやおや」

オリオンは面白いものを見た、と言う顔をした。その視線の先には、談話室の端でソファに膝を抱えて座る、豊かな赤毛の少女がいる。彼女の華奢な肩は震えている。他の生徒たちは、それを遠巻きにして見ていた。彼女は友人が多かったけれど、あの事件が起きてからはこの閉鎖的な関係の中で孤立気味だった。穢れた血のために泣くというのが、スリザリンの生徒たちにとってはみっともなく、奇異に見えたらしい。

「彼女の貴公子はどこに行った?」

オリオンがまだ近くにいた先ほどの女子生徒に聞くと、「談話室に戻ったわ、しばらく彼女を慰めていたけれど、手に負えなくなったみたい。当然ね」というトムに対する同情を多分に含んだ答えが返って来る。ぐずる恋人の「一人にしてちょうだい」という言葉に渋々従った、という筋書きらしい。
この部屋には誰も、彼女に味方する者はいなかった。トムがこのスリザリンに作り上げた城は、彼を失墜させようとする者を徹底的に排除するようだ。

けれど、彼女がトムの本質に気づいてはいないであろうものの、トムの行いに盲目になっていないことが意外だった。そうして、彼を詰るだなんて。思いのほか、勇敢だったらしい、まるでグリフィンドールのように。

わたしがその考えにくすりと笑ったのを、オリオンは覗き込んだ。「なんでもないわ」とわたしが答えると、弧を描いたわたしの唇をいたずらになぞった。「ダンブルドアの信奉者がこの談話室にも現れるとは、彼の教育の賜物だな」と彼がダンブルドアの采配を交えて揶揄すると、わたしたちの周りにいた生徒はこっそりと笑った。オリオンだってあの大きいばかりの少年が継承者だなんて信じていないだろうに。

「アブラクサスがトムについているけれど、彼がかわいそうだわ。彼のおかげで、寮対抗杯は決まったようなものだもの」

わざとらしい声で、女子生徒の一人が言った。あの子に聞こえていたかどうかはわからないけれど、肩を震わせる彼女は俯いたままだ。

わたしはそれ以上このじくじくとした雰囲気に交わるのも馬鹿げたことに思えて、女子寮へと足を向けた。オリオンはわたしに倣って、彼の部屋へと戻ったようだった。

深潭は雨の香り




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