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かたり、と音がして、わたしはぼんやりと覚醒した。
ここはトムの部屋だ。わたしは彼がいてもいなくても、トムの部屋のベッドに入るとよくねむれた。

わたしはまだまどろみながらも、音のした方へと目を向ける。

そこには肩に乗った雪を払いながら、こちらへと近づいてくる影があった。

「起こしたか」

トムは存外穏やかにそう言った。そうして横たわるわたしの髪をまるで猫をあやすようにして撫でると、コートをロッカーにしまう。
わたしはそんなトムをまどろみの中でただ見つめていたけれど、不意に時計に目をやると、あと五分でニューイヤーズ・イブになるところだった。そんなにギリギリになるならば、あちらで過ごしても良かっただろうに。

トムは着込んでいた服をすっかり脱いでしまい、あとは柔らかなシルクのシャツとスラックスだけになる。そうして、そのまま布団に潜り込んで来た。シャワーは起きたら浴びるつもりなのかもしれない。

トムはわたしの腕の中に身を寄せて、わたしの首筋に鼻先をすり寄せた。まるで、幼子が母親の匂いを確かめるように。トムの体は冷え切っていた。彼なら、体をあたためる呪文をかけることなどたやすいだろうに、そうはしなかったらしい。
そんなトムを抱きしめると、彼の体臭が鼻腔をくすぐる。赤毛の少女の家にしばらく泊まっていたというのに、彼の匂いは混じりけがなかった。

カチカチと秒針が進む音がやけに響く。そのせいで、わたしはあとすこしでそれが0時を指すことを、意識せざるを得なかった。
わたしがぼんやりとした瞳で時計を眺めていることに、トムが気づいた。すると、無防備に枕元に置いてあったわたしの杖を手に取り、壁にかかる時計に向かって振った。途端に、それは時を刻むのをやめる。

「あなたが生まれた日よ」

わたしはトムが嫌がるのを知っていて、そう言った。トムはまるでわたしの言葉が聞こえていないように、お互いの肩に布団をかけた。そうして、先ほどまで縋るようにわたしに抱きついていたというのに、体勢を変えてわたしをすっぽりと懐に収めると、わたしの髪をゆっくりと梳きはじめた。『君の髪を梳かしていると、なぜか落ち着いて眠れる』と、彼がうっかりとこぼしたのはいつだったか。彼はすぐに、そういったのを後悔したようだったので、わたしはそのとき聞こえなかったふりをした。

「あなたへのプレゼントは、ちゃんと枕元にあった?」

「君のものだけだ、あちらに届けたのは」

知っていた、トムは彼女の家に、大勢のファンたちからプレゼントが届くのを嫌って、ホグワーツに届くよう呪文をかけていた。クリスマスの日はあんまり山積みになっているものだから、わたしはトムの部屋で眠るのを諦めたのだ。
けれど、その中にわたしからの小包が混じっていないことには気づいていた。彼はわたしのものだけは彼の眠るベッドへ届くよう、そう細工しておいたらしい。

「ごめんなさいね、そこまでしてもらったのにわたしが贈ったのはただの日記帳よ」

わたしはそう言って、くすくす笑った。彼は特に何も気にしていないようで、「荷物に入れてある」とだけ答えた。

「君は僕の贈り物をつけていないようだ」

トムはもう一度、わたしの首に顔を埋めた。彼の吐息が首筋にかかるのを、わたしは感じた。

「あれは何の匂いなの」

わたしがそう問いかけると、トムは吐息だけで笑った。「何の匂いがした、」と囁いてくるトムに、わたしは答えなかった。

「そのとき一番求めているものの香りだ」

わたしは頬が熱くなっていないか、手をやって確かめたかったけれどそんなことをしてはトムが全てを見透かしたように笑うのは目に見えていたので、彼の腕の中でじっとしていた。

「あなたがあれを嗅いでも、何も感じないってことね」

「君があれをつけて僕を待つと期待していたが」

そこで試そうと思っていた、と言うらしい。彼は少し体勢を変えて、目を瞑った。今夜はこのまま眠るつもりらしい。

「今は?何の香りがする?」

わたしは囁くように問いかけた。トムはほとんど眠りに落ちかけていたけれど、掠れた声で答えた。

「君の肌の匂いだ」

白骨化した夜の呪文




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