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わたしは部屋の寒さに目を覚ました。
暖炉を焚いてはいたけれど、やはり朝になるまでに消えてしまったらしい。
枕元には山積みになったプレゼントがある。毎年のことだけれど、開けるときにはよくよく注意しなければならない。時折、惚れ薬の類で、開けた途端に煙に包まれるようなものを送ってくる者もいる。去年、それに引っかかった同室の女の子はひどいものだった。ハッフルパフの冴えない男子生徒に、三日はべったりとくっついていたからだ。
昨日は結局クリスマスイブのパーティにはいかなかった。そのため、わたしはダンブルドアに厨房でもらったジンジャークッキーをたっぷりと詰め合わせた袋を送っておいた。誘いを蹴ったことに、罪悪感は一つもなかったけれど。
一つ一つ開けて行き、その中身をベッドの上に並べる。中には小さな銀細工のティアラもあったけれど、もしかしたらわたしへの皮肉なのかもしれなかった。
そうして最後に、二つの箱が残った。一つは漆黒の小さな箱に、銀色のリボンが添えられている。わたしがそれを解くと、小さなカードに”O.B.”とだけイニシャルが記されているけれど、誰かはすぐわかるものだ。
箱の中身は華奢なピンキーリングだった。いつのまに知ったのか、それともそういう魔法がかけられているのか、わたしの左手の小指にぴったりだ。さすがブラック家というのか、華奢で小さいながらもそれなりの値段がしそうな装飾が施されている。わたしのプレゼントを彼が気に入っているといいけど、と思いながら、リングをはめた手を透かし見た。
そうして最後に残ったのは、きっとこれはトムのものだ。まだ開けても、そして箱に署名があるわけでもないのに、わたしは確信していた。わたしは彼に日記帳を贈ったけれど、彼はわたしに少し重みのある小箱を送ってきた。
わたしがその包みを解くと、そこに入っていたのはガラスの小瓶だった。中にはとろりとした液体が入っている。これはコロンらしい。ふたを開け、空中に向かってプッシュすると、どこか官能的な香りがその場に満ちた。このコロンの香りとは似ても似つかないのに、なぜかトムの肌の匂いが思い起こされて居たたまれなくなる。もしかしたら彼がこのコロンに呪いをかけたのかもしれない。そういう類の、一番たちの悪い呪いを。
最悪だ、とわたしは思った。コロンはわたしや、わたしのベッドにかかってしまった。最低でも今日一日はこの匂いをまとって生活しなければならない。ほくそ笑む彼の顔が浮かぶ気がした。
その時だった。
「ナマエ!」
と、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえたのは。
わたしは驚いてしまって周りを見回すけれど、人の気配はない。
だというのにもう一度、掠れた声で「ナマエ!」と呼ぶ声がする。その声を頼りにきょろきょろと探すと、その声が暖炉からするのに気づいた。
「ナマエ、悪いが暖炉に火を足してくれ」
ほとんど燻っている暖炉から聞こえるのは、オリオンの声だった。わたしが杖を向けて火を足すと、オリオンはそこに顔だけ出していたずらっぽく笑う。
「君が一人で残っていると知っていたら、家の退屈なパーティのために帰ることなどしなかったのに」
オリオンはそう言うと、少し周りを気遣った。もしかしたら誰かいるのかもしれない。
「そういえば、素敵なプレゼントをありがとう。気に入ったよ」
わたしがオリオンに贈ったのは魔法で常に満たされる杯だった。彼のイニシャルが持ち手に刻まれている。
「あなたの贈り物が惚れ薬なんかじゃなくて安心したわ」
わたしがそう言いながら彼に左手を見せると、オリオンは「そんな無粋なものを贈るほど落ちぶれちゃいない」と言いつつも満足げにわたしの手を見つめた。
「こうしていていいの?わたしは退屈だからいいけれど、あなたは家のことで忙しいでしょう」
「早く切り上げたがっているようにしか聞こえないが?僕は君と会う時間を他のものに取って替えるなんてことは出来ない」
とうとうオリオンは体ごとこちらへきてしまった。「大丈夫なの?」とわたしは問いかけたけれど、帰りの分の煙突飛行粉は持ってきた、と素知らぬ顔だ。
「こうすれば女子寮にも入れるらしいな」
そんな馬鹿げたことを言ってあたりを見回すオリオンは、わたしのプレゼントの山に目をつけたようで、ベッドに腰掛けた。
「これをひとつもらっても?」
彼の家にはもっと美味しいものがたくさんあるだろうに、オリオンはカエルチョコを手にとってわたしに振ってみせた。
「中に変な薬が入っていてもわたしのせいにはしないでね」
「スリザリンの高嶺の花は大変だな」
オリオンはカエルチョコを嗅いだけれど、特に何も異変はなかったのか一口かじった。
「催淫剤が入っていたとうそぶいて、君をベッドに押し倒す言い訳をすることはできるな」
「あなたの正気を取り戻すためとうそぶいて、教科書に載っていない呪いをかける理由にすることはできるわね」
わたしがそう言うとオリオンはにやりと笑ってわたしを手招いた。そうしてわたしの唇に食べかけのチョコを押し付ける。
「そもそもチョコ自体に、催淫効果があると聞いたことがある」
「知らなかったわ」
わたしはチョコをかじって、もう一度彼に返した。
「それに今日の君は、男を煽る香りをさせている。僕に食べられたって文句は言えない」
ベッドの隣に立つわたしのローブをかき分けて、わたしの太ももを直接撫で上げた。そのまま彼がわたしの尻を下着越しではあるものの無遠慮に手のひらに収めるのを、わたしは特に止めることはしなかった。
「君は穢れたことなどないような澄ました顔をするくせに、清純さとはかけ離れた女だな」
――クリスマスに君の柔肌に触れられることが、何よりのプレゼントだ。
そう言うオリオンを「年寄り臭いわ」とたしなめて、彼の膝に腰を下ろす。彼はわたしを押し倒して首筋を舐めあげる真似事をしたけれど、彼がわたしに手を出さないのをわたしは知っていた。彼は獲物が堕ちるまで無粋なことはしないだろう。
けれど、わたしの唇を好き勝手にすることは、彼にとって手を出したことには入らないらしい。互いの唾液が混じったものが口の端から垂れるのも構わず、まるでけもののように貪りあった。口づけだけで気をやりそうになったのは久しぶりだった。
彼は「そろそろ戻らなければ」と言って、わたしの額に口づけを落とす。
それはまるでトムのものと同じだったので、わたしは少し乱された思いだった。
オリオンは来た時と同じく暖炉から消え去る。
ちりちりと燃え盛る暖炉の火を見つめるのを、彼がいなくなってからもしばらくやめられなかった。
しらしらと眠れ