▼やわらかな鼓動(菜乃)


 パソコンをつけてざっとメールを確認する。来て欲しい相手からはまったく音沙汰がない代わりに迷惑メールは腐るほど来ていたけれど別に嬉しくない。アイツ、不精だからな。メシちゃんと食ってんのかね。昔は近くにいるのが当たり前だったし、何ヶ月か会っていまいと全く平気だったのに、この頃はちゃんと食事してるかとか、無理しすぎてないかとか、そういうことがすぐ気になって、たぶんお互い歳を取ったからだ。メールの作成画面を立ち上げる。元気か。今日は何食べた?短い文面を送信して息をはいた。さて、コーヒーでも煎れるかと腰を 上げかけると携帯が着信を知らせた。画面には一番気にかけている人の名前がでていた。

「hello」
「hello…っじゃねーよバカガミいま何時だと思ってんスか!夜中の4時!こっち4時なの!」
「あーわりいな、忘れてた。」
「ったくもう!」

電話口からわんわんと響く声が無性に懐かしくて、笑ってしまった。/火神?不思議そうに聞いた黄瀬がふあ、と欠伸をするのが聞こえた。お前、起きてたのか。ん、寝てた、けど。段々と眠たくなってきたのか、ふにゃりと溶けはじめた声が答える。かがみから連絡きたらわかるようにちゃんと着信音せってい、してるし。へへ、珍しく素直に黄瀬が笑ったのがわかった。そこまでしてくれるなら連絡入れろよと思わないことはないけれど、とにかく、ああ、顔が見たい。

「黄瀬、」
「あー、あ、ごはん?赤飯にゴマしおかけてたべた、ような……」
「ちげえよ、いや聞いたけど。今週末帰る。」
「ん、まってる。」

 まどろみに片足をつっこんだような覚束ない口調で黄瀬は言って、じゃあね、と電話を切った。こちらは日差しが眩しい午後2時だ。はやく、週末がくればいい。

――
/までで15分

pc[編]


▼その言葉に、なんと返せただろう。(ユキ)


付き合いたての2人並んで仲良く夕飯のお買い物。
今日のおかずは何にしようか、お前は何が食べたい?この前作ってくれた煮物おいしかった!
笑顔で告げられたメニューに、付随するやりとりを思い返してくすくすと笑う。ああそういえばゴマが切れてた、コーヒーも切れかかってたよなと聞けば俺は飲まないから知らないとつれない返事だった。あまり広くない店の中通りがかった棚からあれこれ足していって買い物は終わる。予定よりは買い込んでしまったなと一息つくと二つに分けられた袋を持っていかれた。1人でも持てるぜ?いーんスよ、はんぶんこ!何が楽しいのか先に歩き出した小さめの頭から鼻歌が聞こえてくる。
夕焼けの帰り道。踏み切りの音。赤く染まった世界が少しずつ黒ずんでいく。

ねえかがみっち。

聞き慣れた、ここ数日で聞き続けた声音は少し、固い。

「あと何回一緒にご飯食べられる?」

振り向いた笑顔は泣きそうだった。

pc[編]


▼死神を塩焼き(頼花)


火神は中学って早かった?
いきなりそう聞かれてうまく意味が掴めなかったから「なんて?」と聞き返す。
相変わらず俺ではなく天井を見上げたまま、ホットカーペットの上、俺の隣で仰向けになる黄瀬はぽつりと答えた。

「俺は…早かったような、遅かったような、でも火神に出会うまでがものすごく長かった気がするから、遅かったと、今は思う」

「…はあ」

「だから、三年間があんなに遅いもんだったから、このずっと先は、きっともっと」

「未来はずうっと先だって、そういう話?」

うん、俺にとっては。
そう言い切ったくせに、黄瀬は泣きそうな顔をしていた。
身を起こして上から覆いかぶさり、あやすように片方ずつ目尻にキスを落とす。
火神は未来、早いと思う?
俺の首に両腕を回しながら珍しく弱気な声で囁いた黄瀬に、俺は諭すようにかぶりを振った。

「俺の未来はお前といるかぎり、永遠みたいなもんだよ」

冷たい頬に手を添えて、終わりは来ないと黄金色の目を見て言う。
黄瀬との未来に、終点はない。お前が歩けなくなったらおぶってでも進み続けるし、なにものにも行く手を阻ませなどさせない。

「死神と俺、どっちが強いと思う?」

「…かがみ」

「ほら、わかってんじゃねぇか」

だからもう泣くな。泣いてねぇよ。
ようやくいつもの調子に戻りはじめた黄瀬の頭を撫でて、俺は優しく口づけた。

pc[編]


▼ドアの鍵は開けておいて(みやま)


 こたつに体を半分つっこんで、キッチンに立つ背中をじっと見た。手の中でごりごりと白い粒を粉にする。よく分からないが今日の料理に使うらしい。アメリカ帰りのこいつの家にすり鉢なんてものがあることにまず驚いたが、家庭科の調理実習以来とんと見ていなかったそれは、こたつの上に鎮座すると随分と風流な置物のようだった。

「黄瀬ー。ゴマできたか」
「んー……もうちょい」
「そんなやけになって粉にしなくてもいいからな」
「分かってるっス」

 すりこ木を握ってざりざりしているだけなのだが、なんとなくオレにも料理を手伝えているような気がして、思ったより粉っぽくなっているゴマをまだずりずりとつぶしてみた。キッチンに立った火神は、赤いエプロンがよく似合う。食堂のおばちゃんみたい。三角巾をしている火神を想像して、あいつ将来小料理屋でも開けばいいのになあとひとりで頷いた。火神の作ったご飯を自分じゃない誰かに食べさせるのは気に入らないけど。

「火神っちー」
「ん? どうした」
「火神っちさあ、将来ご飯屋さんやるといいっスよ」
「飯屋?」
「そうそう。唐揚げとか、サラダとか、はるさめサラダとか、ポテトサラダとか」
「後半サラダばっかだな」
「だってオレ専用のご飯屋さんだもん」

 ゴマには見向きもせずにそう言うと、火神はハァ?って感じの顔でオレを見た。顔にありありと「何言ってんだこいつ」って書いてある。アンタすっげー分かりやすい。ちょっと殴りたいくらい。

「火神っちのご飯は、ずーっとオレだけのものっスから」
「そんなら別に……今だってそうだろ」
「だから、今みたいにずっと作ってよってこと」

 オレの言うことが全く理解できない火神は、とりあえず流すことにしたのか分かった、と頷いた。なんでこんなこと言ったかほんとに分かんないのかなあ。すりつぶしたゴマはもう粉々になっている。すり鉢を持って立ち上がって、対面式キッチンの手前まで来た。さしだしたゴマは、多分、オレの気持ち。

 この関係にいつか終わりが来ても、アンタのご飯はずっとオレのものでいてよ。当然の顔して食べに来られなくなっても、アンタが料理屋ならいつでも来れる。だから、ね、そうしてよ、火神。

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