神無が家に帰ると、いつも閉めきっているはずの窓が開いていた。
あわてて閉めようと窓に寄った神無は、必然的に外の景色を見ることになる。そのとき神無は、生垣ごしに初めて隣家の住人をみた。
――黒髪を揺らし、優しい表情で、庭に植えてある何かの植物に水をやっている20代半ばであろう男。男は、神無の視線に気付いたのか顔を上げて、神無を見てにっこりとほほ笑んだ。
神無は、自分が彼を見つめていたことに気づき、慌てて窓を閉め、カーテンをした。
それ以来、開けたおぼえのないカーテンが全開で、たびたび隣人とは不可抗力で顔を合わせるようになる。
華鬼
「あ――」
水羽が、テーブルの上に保健室には似つかわしくないものをみつけ、小さく声をあげた。
ワラだ。水羽はそれを指でつまんだ。5センチ。テーブルの上には、白い布があった。下に何かあるようで、奇妙に盛り上がっている。
水羽は何気なく布を取って、目を丸くした。
「ああ、それですか?」
微笑みながら、麗二が言った。
「人形作りに目覚めまして」
「ほぉどれどれ?」
水羽の手元を覗き込み、光晴も目を丸くした。
「うわ、………ごっつええ出来やな、このワラ人形」
どこか茫然として光晴が言う。
「昨日、夜なべして作りました。棚夏先生に作り方を教わって」
「ああ、通りで本格的なわけや…」
「棚夏、先生…?」
神無の反応に、彼女が棚夏教師を知らないことに気づき、説明する。
「先ほど、水羽が言っていた『教師一人以外は全員鬼』の例外の一人です。といっても、月に一度のカウンセリング教師なので、校内で見かけることは少ないと思いますが」
「鬼の事情もここの事情も知ってる、数少ない人間だよね」
「でも鬼よりよっぽど鬼やねん」
そう言った光晴の頭を、後ろから掴む者がいた。
「だぁーれーがぁ、鬼だってぇ?」
「いだだだだっ」
そうしてその場に急に現れた男は、痛がる光晴から手を離し、おまけで頭をはたいた。神無は、男の顔に目を見開いた。
「相変わらず神出鬼没ですね」
「前いた土地のせいかな、長年でそういう癖がついちゃって」
麗二にこともなげにそう言葉を返した男の顔を、神無は知っていた。
――隣家の、男。
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「ああ、印の心配はいらないよ。不思議なことに俺にはそういう類のものが効かなくてね」
といいつつ、実はばっちりと
魅了魔法系の対策をしているのだが。
::
「やっと名前を知れたよ」
そういって彼は綺麗に笑って、神無の頭を撫でた。
「幸せになってね」
「先生、それどこの恋に破れた男の台詞?」
「死亡フラグにも聴こえるよなァ…」
「ちょ、それ言うな台無しだろうが!」
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bkm