短編


 目眩を覚える程の、

 乱れる会長を見てみたい。そう思った僕は会長のことをよく思っていない知人数名に会長を輪姦してもらうように頼んだ。
 会長の噂を知っている知人たちは最初渋ったが金を積んだら頷いてくれ、そして今日、それを実行してくれた。結果は、まあ、わかっていた通りだ。襲ってきた連中を会長が返り討ち。
 何人か病院に運ばれていたが正当防衛ということでお咎めなし。
 簡単に思い通りにならない人だとはわかっていたが、何故だろうか。自分の思い通りにならない程会長への尊敬の念が強くなり、孕んだ欲望は膨らむばかりで。
 僕はマゾなのだろうか。わからない。僕はただ会長の視界に入りたいだけだ。それが「大嫌い」と分類される部分でも構わない。
 何事にも興味関心依存しない彼がもし僕に目を向けてくれたのなら。
 始めはそんな純粋な好奇心からだった。いまでも純粋なんだけどね。

「お前の事情なんてどうでもいいんだよ」

 張り詰めた生徒会室内に会長の尖った声が響く。そして、現在進行形で彼に矛先を向けられていた総務はびくりと肩を跳ねさせた。

「す、すみませ……」
「もういい、下がれ」
「でも、あの、それは」
「愚図に任せておいたら時間の無駄だ。俺が出す」

 言いながら目を伏せる会長の言葉に総務の顔が青ざめた。
 本来ならば気遣いの一種にとれる台詞だが、彼の場合その言葉に一切優しさや思いやりはない。本気で時間の無駄だと思っているのだ。そして物事にとって最善の行動を取る。しかし結果主義者である会長の言動行動は周りの人間にとっては苦痛以外の何事でもないのだろう。
 俯き、なにも言えなくなってしまい結局そのまま生徒会室を飛び出した総務に他の役員たちはバツが悪そうな顔をして各々の仕事に取り組む。
 僕も、その内の一人だった。本当はとっくにデスクワークは終わっていたが、僕は皆の仕事が終わり、そして生徒会室をあとにするのを待っていた。
 カチカチカチと無意味にシャーペンの芯を出しながら、奥の事務机でふんぞり返る会長を盗み見る。
 そして生徒会室に取り付けられた大きな窓の外が夕日に染まったとき、僕が待ち望んでいたそのときはやってきた。

「それじゃ、失礼しまーす……」

 恐る恐る、そう僕に目を向ける会計は遠慮がちに生徒会室を後にした。
 オレンジの絵の具をぶち撒けたように真っ赤に染まった生徒会室内に、僕と会長だけが残っていた。
 仏頂面に似合わない知的な眼鏡をかけた会長は会計に目もくれず、パソコンのキーボードを叩いていた。
 会長は目が悪く、パソコンに向かうときや本を読むときに眼鏡を着用している。つまり、集中している証拠。無理して似合わない爽やかな眼鏡を着けてる彼を労るため、立ち上がった僕はコーヒーを用意した。

「どうぞ、会長」

 カチャリ、と小さな音を立て会長の机の上におけば僅かに会長の眉が動いた。

「煎れ立てですので冷めない内に飲んでくださいね」
「下げろ。邪魔だ」
「先日の豆が気に入らなかったようだったので豆を新調したんです。味見してみて下さい」

「下げろ」と執拗に催促してくる会長に負けじと「どうぞ」と微笑めば、キーボードを叩く会長の指が止まった。そして、ゆっくりとその目がこちらを見上げる。
 体が弱い人がみたらうっかり心臓が停まりそうになる上目遣い。やっと、僕を見てくれた。

「今日は色々大変だったみたいですね。善からぬ生徒たちに絡まれた、だとか」

 会長の目が僅かに細くなる。なんでお前が知っているんだ。箝口令敷いたのに。
 そう言いたげな目。僕にはわかる。

「会長、拳が赤くなってますよ」


 そう言って机の上に置かれた会長の手のひらにそっと触れようとしたときだった。
 パンと乾いた音を立て、叩くように振り払われる。


「今すぐ消えろ。目障りだ」

 立ち上がった会長はそう言って俺を睨み付けた。凍てつくような鋭い目は確かに僕を見ていて、足元からぞわりと興奮が込み上げてくる。
 ようやく、目があった。

「すみません、では、失礼します」

 頭を下げた僕は背後で会長と触れ合った手の甲を撫で、そして頬を弛ませる。会長の顔が引きつった。
 今日は、さわってもらっておまけに目が合った。大きな進歩だ。
 高鳴る鼓動を落ち着かせる術もわからず、ただ僕は大人しくその場を立ち去った。
 不器用で、難しい人と仲良くなるのは簡単ではない。それでも一歩一歩、着実に距離を縮める必要がある。
 明日は、どうやって会長に見てもらおうか。考えながら僕は生徒会室のドアノブに手をかけ、そして「失礼します」と微笑んだ。

 end

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