短編


 手首を切って示してください

「はは、また増えてるじゃん。傷」

 そいつは、言いながら僕の手首を掴み裏返す。
 青い血管がうっすらと浮かぶその手首には、数本の太い傷跡が残っていた。
 誰のせいだと思っているんだ。思いながら僕はそいつに目を向ける。

「また俺、君のこと傷付けちゃったのかな」

 笑うそいつは、僕の手首の傷を指先でなぞった。
 軽く引っ掻くようなその仕草に、僕は微かに顔をしかめる。
 僕だって好きでこんな真似をしたわけじゃない。
 お前が分かりにくいっていうから、わざわざ分かりやすくしてやっているだけだ。

「そのうち、俺が口を開くたびに手首切りそうだね。君」

 そいつは言いながら、愛しそうに僕の手首を撫でる。
 不意に僕とそいつの視線が絡み合った。
 あまり見られるのが得意ではない僕は、おもむろに目を伏せる。

「冗談だよ」

 黙り込む僕を見て、そいつは笑った。
 どうやら僕が本気でいやがっているように見えたらしい。

「いつになったら、この痕がなくなるんだろうね」

 そう静かに微笑むそいつは、どこか悲しそうだった。
 僕は微笑み返すことができず、じっと自分の手元を見つめる。

 ──君って喋らないんだね。
 ──なにか言ってくれないと、俺もどうすればいいかわかんない。
 ──そうだ。
 ──今度、俺が君を傷付けるような真似をしたら手首を切ってよ。
 ──それで、嬉しかったら笑ってみせて。

 ──こうしたら、すぐわかるだろ?

 home 
bookmark
←back