02
ここ最近、なんだか変だ。
小鳩と一緒にいると、それだけで満たされてしまう。
そんな自分が気持ち悪くて仕方ないけど、それでも揺るぎない事実なわけで。
「蜂谷は俺のことが嫌い、嫌い、嫌い……」
帰り道、どっから取ってきたのか花を手にした小鳩はなにやらブツブツ言いながら花びらをもぎ始めた。
ぷちぷちと音を立て花びらが散っていき、残り一枚の花弁になった時。
「好き」
嫌い、と言いかけた小鳩の声を遮るようにそう声を上げた時、花びらを摘んだまま小鳩は足を止めた。
そして、目を丸くして俺を見る。
あまりにも驚いたような顔をする小鳩に、冗談だということができず居た堪れないほどの羞恥に顔が熱くなった。
「な……なんだ。ほら、もう一枚残ってんだろ」
なんでもないふりをして「嫌い」と呟き、俺は小鳩から奪い取るように花弁を引き千切った。
その俺の一言に現実に引き返されたらしい小鳩ら、「お、ああ……ああ?!」と赤くなったり青くなったり花弁を失った花を手にしたまま一人百面相を披露する。
罵られること、嫌われることを好む小鳩にとって、俺の小鳩に対する友好は不要な存在でしかないのか。
好きと言ったときのあの小鳩の目が、沈黙が、全てが深く脳に刻み込まれ、それを思い出せば出すほど全身が硬くなり、息苦しさを覚えた。
それでも、胸の高鳴りは抑えることができなくて。小鳩から奪った花弁を握り締め、俺は見慣れた帰り道を歩いていく。
その間、隣の小鳩の顔を見ることが出来なかった。
小鳩とは、物心がついたときから一緒にいた。
陽気な小鳩と落ちこぼれの俺、性格も今よりも真逆だったけど、俺が泣き虫の愚図だったことから面倒見のいい小鳩がいつもそばにいることが多かった。
今と同じで友達が多く、運動神経がいい小鳩に対し劣等感を抱いたこともあったが、一つだけ俺には小鳩に勝てるものがあった。それは勉強だ。
小さい頃、引っ込み思案で一人でいることが多かった俺はいつも本を読んでいた。
絵本に伝記に図鑑。手当り次第、現実を逃避するように読み尽くしていた。
そのお陰で周りの子供に比べて漢字も早く覚えれたし、理解力も身に付いた。
先生に褒められる度に向けられる周りの子供からの羨望の眼差しがひたすら気持ちよくて、小さい俺にとってそれだけが生き甲斐だった。
しかし、それも束の間。
「ごめんな、はちゃ。泣かないで。ごめん、こんなつもりじゃなかったんだ。俺、はちゃを驚かせたかっただけで、褒められたかっただけで」
人よりも多くの知識を飲み込んだ俺に憧れたという理由で本を読み、勉強を始めた小鳩は、あっさりと俺を追い抜いた。
昔から、小鳩は容量が良かった。
俺よりも、ずっと。だけど、唯一生き甲斐としていたものをもぎ取られ、脱力したあの感覚は今でも忘れられない。
「知らなかったんだ。はちゃがこんな目に遭ってるなんて」
成績が学年で一位であること。
それは、俺自身との約束でもあり、両親との約束でもあった。
元々落ちこぼれの俺に両親は愛情を向けるどころか目もくろなくて、だけどじゃないけど、テストでイイ点を採るようになればなるほど両親たちの目は俺に注がれ、それに縋りつくように必死に勉強した。
だけど、それを小鳩に奪われた俺に今度向けられたのは視線ではなく、拳だった。
「どうしたら許してくれる?」
泣きじゃくる幼い小鳩は、馬鹿みたいに頭を下げてきた。
夏だというのに長袖を着る俺の服の下、アザだらけの体に気付いたのはこいつだけだった。
「一つだけ、なんでも……なんでも言う事聞くから、お願い。こっちを見ろよ」
「……なんでも?」
「ああ」
小学高学年。まだ、成長期に入る前でなよなよしていた俺の体に比べ、小鳩は既に背も高くて、確実に大人に近付いていて。
そんな小鳩が俺なんかのせいで鼻水と涙でぐしゃぐしゃになってるのが酷く滑稽で堪らない。その反面、しっかりと俺を見る濡れた小鳩の目が気持ちよくて。俺は、ゆっくりと口を開いた。
「俺の犬になれ」
←back