01
頭も良くないし、特別ずば抜けたものがない落ちこぼれの俺は必然か運命か高校に入ると同時に拍車が掛かったように道を踏み外してしまうわけで。
「あっ、おい蜂谷。またお前喧嘩したのかよ」
いつものように上級生に喧嘩を吹っ掛けられ、なんとか振り切ったときのこと。
腐れ縁の小鳩亮介が心配そうな顔をして駆け寄ってくる。
「んだよ、てめえには関係ねえだろ」
「馬鹿お前……っ関係あるに決まってんだろ!」
手首を掴まれ、徐に手を握り締められた。
怒ったような剣幕に内心どきりとしながらも気圧された俺は、「な、何言ってんだよ、いきなり」と目を丸くする。
「別に、心配なんかいらね……」
「他のやつを殴る暇があるなら俺を殴れって言ってんじゃん!」
「…………」
女子からも男子からも教師からも人気ものである小鳩は、よりによって糞マゾ野郎だった。
◆ ◆ ◆
「お前、クラスメートの前でもそんなのかよ」
ある日、あまりにも暴行を要求してくる小鳩にうんざりして問い掛けた日のこと。
小鳩は爽やかに笑った。
「何言ってんだよ。んなわけねえじゃん。俺は蜂谷にしか頼まないよ、こんなこと」
女子が卒倒しそうな笑顔でさらりとそんなことを言い出す小鳩に「え」と俺は凍り付く。
つまり、それは、特別ってことなのか。意識し始めた途端、どきどきと胸の鼓動が弾み始める。
そんな俺に気にせず、笑顔のまま小鳩は続けた。
「だって、皆に慕われておまけに愛しれてる俺が自分よりも成績も地位も劣っていている蜂谷に謙っているって知られた時のあの絶望感をたっぷり味わいたいからな!」
「取り敢えず表でろよ」
◆ ◆ ◆
昼飯のとき。
「お前、小鳩と仲いいよな。正反対なのに」
屋上で連れの前野と飯を食っていると、ふと何気ない調子で前野はそんなことを言い出した。
その一言に、顔がカッと熱くなる。
「仲良くねぇし!きしょくわりいこと言うんじゃねえ!」
「とかいいつついつも弁当作ってんじゃん」
「そっ、それは……餌をやるのは飼い主の役目だからだ!」
「仲いいんだな」
「だからちげえっていってんだろうが!」
「蜂谷、これ美味かったぜ!」
「はっ!あ、当たり前だろうが!俺の飯が食えるなんてお前は幸せ者だな!泣いて喜べよ!」
「ツンデレ」
「前野うるせええええ!!」
◆ ◆ ◆
「なぁ、小鳩……」
放課後。ホームルームが終わり、小鳩のクラスへと顔を出したときのことだ。
「小鳩くーん!一緒に帰ろー!」
「小鳩!帰りちょっと付き合えよ!」
「はいはーい、ちょっと待ってなー!」
たくさんの友人たちに囲まれ、教室内でも一際騒がしいその周囲と小鳩になんとなく気圧され、思わず開いた口を閉じる。
「……」
なんとなく、なんとなく気が向いたので帰ろうと誘ってやろうと思ったのだが、人気者のあいつには無用だったらしい。
……帰るか。なんて、なんとなく拍子抜けしながらもやつの教室から離れようとした時だ。
「あれ、なに勝手に帰ろうとしてんの」
背後から声がして、振り返れば、そこには先程まで教室で友人らに囲まれていたはずの小鳩がいて。
目を丸くする俺に、小鳩は「なにか用あったんだろ?」と笑いかけてくる。
もしかして、わざわざ追いかけて来てくれたのだろうか。
そんな甘い思考が一瞬脳裏を過ぎったが、慌てて振り払う。
「別に……やっぱいい」
今更一緒に帰ろうなんて言うのが恥ずかしくなって、言い表しようのない出遅れた感というか疎外感になんとなく声のトーンが落ちてしまう。
それでも、なにもないように装ったつもりだった。だけど。
「よくない」
即答だった。ばっさりと切り捨てる小鳩に、俺は顔を上げた。
「蜂谷は俺なんかに気ぃ使わなくていいって。俺はお前のなんだから、しっかりリード掴んでなきゃ」
「一緒に帰るんだろ?」そうへらりと笑い、小鳩は俺の手を取った。
周りの視線を気にせず、手を握ってくる小鳩に驚き、慌てて振り払おうとするが握り締めてくる手は離れない。
「……他の奴らどうすんだよ」
「せっかく今まで築き上げた好感度を蜂谷一人のために棒に振るのってさ、すげー気持ちいいだろ」
もしかしたら、俺のことを気にしてくれたのかもしれない。
そう思っていただけに、当たり前のように答える小鳩に思わずつられて笑ってしまう。
「お前、本当どうしよいもないな」
そうわかってても、離してくれない手が嬉しく感じてしまう俺も大概なのだろうが。
楽しそうに目を細めた小鳩に「帰ろ」と促され、俺は無言で小さく頷き返す。
不思議と、先程までの疎外感は薄れていた。
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