恋堂真由の嫉妬
『真由ちゃん、あたしね、佐鳥先生と結婚するの』
脳裏に蘇るのは先日会った高校のときの友達の笑顔。
時雨麟子は胸の前で嬉しそうに指を絡め、あたしにそれを報告してきた。
初め、それを聞いたときなにか悪い冗談かと思った。確かに麟子は高校のときから副担の烏丸佐鳥という若い教師になついていたが、そういう素振りはなかったのだ。確実に。
混乱する自分を宥めながら麟子にどういう意味だと問い詰めればすこし恥ずかしそうにはにかんだ麟子はあたしの耳に唇を寄せ、呟く。
『出来ちゃった』
その一言で、あたしの中のなにかがガラガラと崩れ落ちていくのが聞こえた。
あたしの中の麟子はちょっとおバカだけど確かに真面目で、一途で、少なくともそんな方法でその気のない男と婚約するような女じゃなかったはずだ。
それはあたしの思い込みであり麟子の全てを知っているわけではなかったが、そう信じたかった。
電気のついていない部屋の中。酒が入っていた空き缶を握力で握り潰せば中に残っていたアルコールがあたしの手を濡らす。
ぐしゃぐしゃに潰れたそれを壁に向かって投げ付ければ、カンと乾いた音を立てそれは床に落ちた。
転がる空き缶から目を逸らし、そのままあたしは抱えた膝に顔を埋める。
腹立たしかった。なにもかも。純情面して麟子に手を出した烏丸も、嬉しそうな麟子も。
嫌だった。なにより、友人の幸福を素直に喜べない自分がたまらなく。
隣の部屋の弟が何事かと壁越しに声をかけてくるのを聞き流しながらあたしは濡れる膝を握りしめ嗚咽を噛み殺した。
貰った式の招待状はまだ破けずにいる。
恋堂真由の嫉妬
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