短編


 直司晃の奮闘

 思春期に入ればなんとなく異性の家族と距離を置きたくなるのは異性の姉妹がいるやつならわかるはずだろう。もしわからなくても、俺はそうだ。

 夜、自室のベッドに腰をかけ本を読みながら俺は膝の上に座り胸元に頭を預けくっついてくる妹を一瞥し「ゆう子」と名前を呼ぶ。
 二つ下の妹のゆう子は小さく頭を動かしこちらを見上げれば「んー?なあに?お兄ちゃん」と甘えたように擦り寄ってきた。ふわりと甘い薫りが鼻腔を擽り全身が緊張する。

「……お前、そろそろ彼氏作れば?」
「じゃあ、お兄ちゃんと」

 そう即答する妹に「お兄ちゃんを選択肢に入れるのやめて!」と嘆く俺。

「ほら、せっかくの高校生活なんだから毎日毎日お兄ちゃんと一緒っていうのもあれだろ?だからほら、頼む!彼氏作ってくれ!」

 そう膝の上の妹を退かし、手を合わせ頼み込めばゆう子は少しだけ悩む。
「んー、だってゆうの好みの人いないしぃ」言いながらちらりとこちらに目を向けるゆう子は目があってにやりと笑った。嫌な予感。

「あっここにいたぁ」

 案の定、どさくさに紛れて抱き着いてこようとするゆう子から身を交わせばゆう子はそのままベッドに埋まった。
 どんくさいやつでよかった。痛がるどころか顔面押さえながらむくりと起き上がるゆう子は「流石お兄ちゃんってば運動神経い〜」とかいいながらうっとりと目を細める。俺は変なところで前向きな妹が怖い。
 とにかく、このままゆう子のスペースに流されたら俺もゆう子もダメになる。そう察した俺は「よしわかった」と話を切り換えた。
 なにがなんだかわからず意気込む俺に「うぇ?」とアホな顔をするゆう子に向き直った俺はきっと顔を引き締め宣言する。

「お兄ちゃんが、俺が、お前の彼氏になりそうなやつを見付けてやる」

 直
 司
 晃
 の
奮闘


 妹のゆう子に彼氏をつくらせてやると宣言した翌日。
 普段朝が弱いゆう子を家においたまま学校へ向かう。

「せーんぱい、せんぱい!晃せんぱーい!おっはよーございます!」

 通学路を歩いていると背後からばか煩い声とともにばか煩い足音が近付いてくる。
 来た。
 そう聞き慣れたその騒がしい声に身構えた瞬間だった。
 背後からやってきたそいつはタックルする勢いでがばあっと抱き着いてくる。
 両腕含め胸回りを抱き締められ身動きが取れなくなり足を止めれば、いきなり抱き着いてきたそいつは驚いたように俺を見てわなわなと震え出した。

「先輩が俺を避けないだと……!もしやこれが俗に言うデレ期……」

 感極まって涙腺が緩んだのか目をきらきらさせながらまたわけのわからないことを言い出す如何にも軟派そうなそいつを見据えたまま俺は「真央」とそいつを呼ぶ。
 すると、びくうっと肩を跳ねさせた後輩の恋堂真央は慌てて俺から離れ「はい!」と大きな声で返事をした。

「お前に頼みがある」
「た、頼みですか……?」
「彼氏になってくれないか?」
「かっ、彼氏……?!」

 躊躇いながらの俺の言葉に目を見開き、驚愕する真央。

「彼氏って、まさか、あの先輩と手を繋ぎながら登下校を共にしたりお互いの家を行き来したりあまつさえ家族の目を盗んであんなことやこんなことをするというのを許される権利を取得することができる選ばれし地位の……!!」

 どうやら言葉が足りなすぎたようだ。興奮のあまりにどっかの血管がぶち切れたのか鼻血をだらだら垂らしながら見事先走った思考を口から垂れ流す真央に冷や汗滲ませた俺は「付き合うのは俺じゃなく妹な」と念のため訂正すれば「そんな展開いらない!」とか言いながら逃げ出した。慌てて捕まえる。

「おい、最後まで聞け!いいな、ゆう子はなあ俺に似て可愛い女の子なんだよ。……ちょっと頭おかしいけど」

 小さい頃から可愛がってきた妹を思い出す。可愛がり過ぎた結果俺の手にすら負えなくなった妹を。

「せ、先輩に似て……?」
「あぁ、しかもGカップだ」
「Gカップの先輩……」
「おいお前恐ろしいこと考えんじゃねえよ」

 混ぜすぎなんだよ。
 ちょっと想像しちゃっただろうが。

「でも俺は妹さんよりも先輩とお付き合いしたいっていうか……」
「お前はいいやつだし頼れるしきっとお前みたいないいやつと知り合ったら妹もしっかりするだろう」

「真央、お前しかいないんだよ妹を頼めるやつは」中学の頃からの後輩の性格は把握しているつもりだ。
 そう狼狽える真央の目をじっと見詰めながら迫れば、頬を赤くした真央は「しぇ、しぇんぱい……」とたじろぐ。そして、顔を引き締め「わかりましたっ!」と威勢よく声を張り上げた。

「俺、晃先輩のためなら火の中海の中!先輩の願いを聞き入れましょう!」
「ほ、本当か!」
「もちろんです、俺に二言はありません!」

 自信たっぷりに即答する真央。
 いつもへにゃへにゃしたやつだっただけにその姿はより一層輝いて見えた。
 しかし、それも束の間。なにかを思い出したのか、へにゃりと顔を綻ばせた真央はもじもじとしながら俺を見る。

「……そ、その代わり俺の唇にご褒美などを頂ければ……!」
「真央……」

 本当お前ってやつはそれしか頭にないのな。
 あまりにも健気というか執心気味な真央にきゅんとするどころかなんだか可哀想になってきて。

「わかった、目ぇ瞑れよ」
「うひょう!まじですか……!」

 興奮して鼻息を荒くする真央はぎゅーっと目を瞑り、唇を尖らせる。
 こいつあざといな。思いながらゆう子の餌付けのため用意していた飴玉をその尖った唇に咥えさせた。

「ほら、ご褒美だ」
「あれ……!確かにご褒美だけどなにこのガッカリ感……!癖になる……!」

 ◆ ◆ ◆

 放課後、俺んちにて。

「というわけで新しい彼氏連れてきたぞ、恋堂真央君だ。因みにお前より一つ上だからな、ちゃんとしろよ」

 そう言いながら俺は隣に座るゆう子に向かい側で正座する恋堂真央を紹介した。
 対する真央は俺とゆう子を交互に凝視するばかりで。

「先輩、なんか全然似てないんすけどぉあいたぁっ!」
「真央」
「……恋堂真央ですぅ」

 不満げな顔をした真央はそう渋々自己紹介をする。
 こいつ顔に出しすぎだと内心どぎまぎしながらちらりとゆう子の様子をうかがってみれば、こちらもこちらでなかなか不服そうで。

「なにこの人、ゆうはお兄ちゃんみたいな人がいいって言ったんだけどぉ。全然ひょろいじゃん」

 伸ばした毛先を指でいじりながらじとりと真央を見る。
 ゆう子のこの俺以外に対する性格にはいままで俺も散々困らされてきた。
 しかしやはりこう、俺自身は慣れてきたと思っても「ひょ、ひょろ……!」と絶句する真央の反応に胃がずきずき痛みだす。

「ゆう子、人は見かけじゃないんだぞ。こいつはお兄ちゃんイチオシだから安心しろ。仲良くなったらわかる」
「ふぅん、仲いいんだ……」
「ふふん!晃先輩とは中学んときからお世話になってますからね」

 つまらなさそうなゆう子に対して自信たっぷりと胸を張る真央。
 そのしょうもない見栄を張る真央にゆう子の眉がぴくりとひくつく。

「へえ?そうなんだー。ま、ゆうは産まれたときからお兄ちゃんと一緒なんだけど?ねえ、お兄ちゃん」

 言いながら早速真央に対抗心を抱くゆう子は腕に擦り寄ってくる。

「ゆう子、人前でベタベタするなって言ってるだろ」

 そうやんわりと引き離そうとするが、ゆう子は「えへへー」と無邪気に笑うばかりで逆に俺の二の腕に自らの腕を絡めてくる。
 今度は真央がむっとする番だった。なにを思ったのか真央は「俺だって!」とか言いながらゆう子とは逆の腕にしがみついてきた。

「俺たちだって妹にはわからないような熱い絆結んでますもんねえ!ねえ先輩!」
「暑苦しい!」

 引き剥がす。真央が「GカップはいいのにAカップはだめなんすか先輩っ!」と泣き真似していたが無視する。
 えぐえぐとカーペットの上にへたり込み打ちひがれる真央に目を向けたゆう子は鼻で笑う。

「後輩だかなんだか知らないけどーゆうはお兄ちゃん一筋だからさあ、悪いけど帰ってくれない?ここはゆうとお兄ちゃんの愛の巣でこれからたーっぷり愛を育まなきゃいけないんだからさあ、ね?ほら、彼氏ならもう間に合ってるし?お兄ちゃんったら意地悪さんなんだもんね、ゆうに彼氏さん用意してゆうの愛を確かめてるんでしょ?ふふ、騙されないんだからね、お兄ちゃん」

「このやろう言わせておけばいい気になりやがって!兄妹でイチャイチャしていいのは少女漫画とエロゲと相場決まってるんだよ!俺の先輩に乳擦り付けんなこのGカップめ!」
「なぁにぃ?ぐちゃぐちゃうっさいんだけどー。つーかまだいたの君?ゆうはいいの!お兄ちゃんだっていつも夜ベッドの中でゆうのこと抱き締めて『やはり人間の肉は暖かいな、ゆう』って言ってるもん!」

 だんだんエスカレートする二人の言い合いに、ちゃっかり捏造するゆう子に「言ってない言ってない!」と慌てて訂正する俺。しかし遅かったようだ。

「先輩、そんな……!!」
「え?なんでそこ間に受けんの?!」
「先輩っ、先輩がそんな人だなんて思ってませんでした!先輩のばか!イケメン!シスコン!あの夜交わした熱い抱擁は俺を弄んだだけだったんすね!全部遊びだったんですね!」
「お前どさくさに紛れてことを大きくすんじゃねえよ!おいこら待ちやがれ!」

 やっすい演技を披露してくれる真央はそのまま部屋を飛び出し、逃がすかと顔をしかめた俺は続いてその後を追い掛けようとするがゆう子が逃がしてくれない。

「ちょっとお兄ちゃんどういうこと!」

 言いながらぎゅっと腕に絡み付いたまま恨めしい顔をして俺を見上げてくるゆう子。
 こうなったときのゆう子は非常に面倒臭い。
 長年一緒にいたお陰で鍛え上げられた第六感が『逃げろ』と警告する。嫌な汗が滲だ。

「落ち着けゆう子、お兄ちゃんちょっと用事思い出したから!」

 しかし、相手は女でしかも妹だ。離すまいとしがみついてくるゆう子の体を無理矢理引き剥がした俺はそのまま立ち上がり、部屋を出る。
 背後から「お兄ちゃん!」と悲痛なゆう子の声が聞こえてきたが罪悪感よりも恐怖心しか覚えなかった。

 住宅街のど真ん中にある自宅玄関前。
 真央を追い掛けて家を出た俺はそこで見慣れた後ろ姿を見付け「真央!」と大声で名前を呼ぶ。すると、こちらを振り返った真央は俺の姿を見付けるなり目を大きくした。

「先輩……!嬉しい、あの女を振り払って俺を選んでくれるなんて……!」
「あれっ今そういう展開だったっけ」

「じゃなくて、取り敢えず、逃げんなよ」また隠れようとする真央の腕を掴み引き留める俺に真央は「追われると逃げたくなるんです」と答える。まあ意味わかんねえけど。

「……その、悪かったな。せっかく来てもらったのに嫌な思いさせて」
「本当ですよ!俺の先輩を自分のものであるかのようにマーキングしやがってあの雌牛」

 ぶつくさと文句を口にする真央に「せめて雌兎にしてくれ」と呟けば逆に「めっちゃ甘いじゃないっすか!」と怒られてしまう。
 ナイスツッコミ。しかしやはり腐ってもゆう子は俺の可愛い妹だ。
 悪口を言われるのはつらく、それをフォローするように俺は「あいつも昔はああじゃなかったんだよ」と口を開く。

「悪気はなか……った?か、わからないが、とにかく、人見知りが激しくて俺の知り合いとも片っ端から喧嘩吹っ掛けるようなやつで……」
「濁した?!」
「本当は彼氏じゃなくて友達になってくれるだけでいいんだ。お前には迷惑な話だとわかってるが、この前言っただろ?お前ならあいつと仲良くできる、任せられる。……そう思ったのは嘘じゃない」

 構わず続ければ、あまりにも真面目に語る俺に感化されたのか真顔になった真央は「先輩……」と真剣な顔をして俺を見る。

「もちろん、嫌なら断ってくれてもいい。……強要はしない」

 そう、相手の目を見詰めながら続ければ「先輩」と再度呼び止められた。

「俺、嫌とか言ってないんですけど」
「……真央」
「それに、さっきも言ったでしょう。この恋堂真央には二言はありません!そりゃ、確かにちょっとムカつきましたけど……惚れた先輩のためなら妹さんの友達になってみせましょう!」

 そういつものテンションに戻った真央は声高々に宣言する。
 その言葉に俺は真央に見えないようにやりと口許に笑みを浮かべた。

「……そうか。お前ならそう言ってくれると思ってたぞ」
「あ、でも」

 よし、これでゆう子から束縛された生活から解放される。
 そう安堵した矢先、真央が不安そうに口を開いた。

「その代わり、そのときはそのご褒美に俺を彼氏とかには……いっ、いかがでしょうかっ!」

 急にもじもじし出すからなにかと思えば、まさかまだ諦めていなかったのか。
 頬を赤らめ、すがるように俺を見上げる真央に口許を綻ばせた俺は薄く笑い「考えておく」とだけ答える。
 瞬間、がばっと顔をあげた真央は呆れたように俺を見た。

「まっまじっすか!」

 興奮し、ますます顔を赤くし逆に狼狽える真央がなんだかおかしくてくすくす笑いながら俺は「ああ」と頷いた。
 自分でも真央の告白を真に受けたのに驚いたが、たった今、確かに目の前のこいつなら真に受けてもいいだろうと思ったのは事実だ。
 まだOKしていないにも関わらずあまりにもはしゃぐ真央がほほえましくなると同時に一応ここ住宅街のど真ん中なんだけどなと思案しながら辺りに目を向けたとき。
 ふと、誰かがこちらを見ていたことに気付いた。
 長い黒髪を後ろで結んだ、凛々しくどこか堅苦しい雰囲気の仏頂面の女性だ。その女性は道のど真ん中で騒いでる俺たちを見るなり、僅かに目を丸くさせる。

「……真央?」
「あっ、ねーちゃん」
「ねーちゃんっ?!」

 当たり前のように女性に手を振り返す真央に唖然とする俺は再度女性に目を向ければ、真央の姉はぺこりと控え目に頭を下げてくる。
 威圧的な雰囲気を纏う彼女のその控え目な態度にどきんと胸が跳ねた。

「あっ、あの、恋堂真央君と同じ学校に通っている直司晃と申します!真央がいつもお世話になってます……っ!」

 我慢出来ず、女性に歩み寄りそう頭を下げれば狼狽えながらも女性は「どうも……姉の真由です」とぶっきらぼうに返してくれる。
 後ろで真央が「先輩?!しかもそれ違くない?!」と騒いでいたが今の俺には目の前の真由さんしか目に映らない。
 これは新しい恋の予感……!

「なにそれ!なにこの展開!せっかくいいとこだったのに!ねーちゃんは駄目ですからね!俺と付き合うって約束したじゃないですか!先輩!せんぱああい!」

 おしまい

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