短編


 宍倉愛護の求愛

 夕日が差し込む人気のない教室。
 髪もちゃんと弄ったし、香水だってふってきた。完璧なシチュエーションに完璧な俺。
 なのに、なんでこいつは嫌そうな顔をするんだ。

「いいだろ、なぁ、付き合えって俺と」
「はあ?なんであんたなんかと」
「今まで好きなもん買ってやっただろーが、な?だから……」

 そう言いながら逃げようとする千丈寺麻尋の腕を掴もうとすれば派手に振り払われる。
 そして不快そうに短い眉を寄せた千丈寺はまるで変質者でも見るようなキツい眼差しでこちらをキッと睨み付けた。

「ばっかじゃないの?あんたが勝手にしたんでしょ」

 吐き捨てるような千丈寺の言葉に頭に血が昇るのがわかった。恩を仇で返すとはまさにこいつのことだろうが。
 くそ、ちょっと顔と体がいいからって調子に乗りやがって。

「なんだと、この援交女っ」

 そう乱暴にやつの胸ぐらを掴めば、俺の手首を掴んでくる千丈寺は長い付け爪の先端をぐりっと食い込ませる。結構痛い。

「なによ、やる気?」

 ギリギリと肉を裂く勢いで引っ掻いてくる千丈寺に早速怯みかけたときだった。
 ふと、音もなく背後から腕が伸びてくる。そしてその腕は俺の制服を掴み、無理矢理千丈寺から引き剥がした。

「まあまあまあ、お二人さん落ち着いて!ほら笑顔笑顔!」

 仲裁に入るその弾むような明るい声は聞きなれたものだった。
 またこいつか、と眉を潜めた俺は背後のそいつを睨んだ。
 有楽俊介。幼馴染みでクラスメートで腐れ縁で友達でライバル。
 一つの言葉で表しがたいくらいの知人の乱入に俺は小さく舌打ちをする。それは千丈寺も一緒だった。

「ふん、馬鹿馬鹿しい」

 相手にしてられない。そう察したのだろう、俊介を押し退けて教室から出ていこうとする千丈寺に「あっ、おい待てこら!」と声を張り上げるがもちろんあの糞尻軽女は待つはずがなくさっさと退散しやがった。
 夕日に照らされた無人の教室という素敵にロマンチックなシチュエーションの中ぽつんと取り残された俺の隣、有楽俊介は「あーらら」と他人事のように笑いながら千丈寺を見送る。
 なにがあーららだ、お前が邪魔するせいだろうが。腹の虫が収まらず、俊介を睨み付けた俺はやつの脛に蹴りを入れる。

 宍
 倉
 愛
 護
 の
求愛


「でもさあ愛護君、いくらなんでもああいうやり方は駄目だと思うよ〜?がっつき過ぎちゃって引かれてんじゃん」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「ありゃ、もしかして俺のせい?」
「百パーセントな!」

 帰り道。隣の俊介にそう声をあげれば俊介は「そりゃ痛いなぁ」とちょっとだけ困ったように笑う。
 まるで俺が我が儘言ってやつを困らせているみたいで胸がいたんだが元はといえばこいつが悪いんだ。
 なにかあるごとに女連れ回して遊ぶときにもデートだとかなんだとか女理由に断るし酷いときは連れてきたりしたときもあった。しかも、全員違う女。
 だから俺は決めたんだ。なにがなんでも彼女をつくり、同じように俊介にも悔しい思いをさせてやるんだと。そう宣言したはいいが俊介は「じゃあ賭けようか」と提案した挙げ句こいつは俺に恋人が出来ないということに賭けやがった。本当、舐めてるんじゃないだろうか。
 というわけでなにがなんでも彼女がほしい俺は片っ端から校内の好みの女に声をかけることにしたわけだが……。

「柊瑞穂か?」
「……そうですけど、なにか用?」

 目の前には千丈寺とは対照的な黒髪黒目のロングストレートの元祖清楚系みたいな大人しい女子代表の二年。しかしその目からは警戒心がありありと溢れ、冷めた目でじとりとこちらを横目で見る。
 遠くで見ていたときとはえらい印象が違う。

「俺と付き合え」
「……」
「つ、付き合ってください」

 相手が柊瑞穂だからか、廊下がやけにひんやりして感じた。
 どことなく不気味な雰囲気のそいつに先輩であるはずの俺は気圧されかけ、つい頭を下げたときだった。

「いやだ」

 やつはそう確かにはっきりと口にした。
 底冷えした針のような鋭い声。俺はコメカミをひくつかせる。

「……なんだと?」
「あなた、宍倉愛護でしょ?」
「俺のこと知ってるのか?」
「はい、手当たり次第告白してる馬鹿男だって」

 清楚系美少女と持て囃される女の口からさらりと出たと信じられない言葉に眉を潜めた俺は「馬鹿だぁ?」と目の前の柊を睨み付ける。それに対し、柊は興味無さそうに自分の髪の毛先を弄り始めた。

「私があなたみたいな人の相手すると思われていることが屈辱だわ。悪いけど、他当たって頂戴」

 高飛車な物言い。確かに初対面で告白する俺も俺かもしれないがこちらだってそんな風に言われれば屈辱だ。
 千丈寺といい柊といい、なんなんだこいつらは。
 二日続けて自尊心を傷つけられ低く唸った俺は全身の血が煮えたぎるのを感じながら柊の肩を掴んだ。そしてそのまま乱暴に壁に押し付ければ、そこでようやく柊はこちらを見る。

「ちょっと、触らないで」
「お嬢様だかなんだかしんねえけど、あまり調子乗ってんじゃねえぞ」
「……」

 なにか言いたそうに唇を食い縛りこちらを睨む柊だったが、やつはなにも言わずに口を閉ざす。
 流石に男に襲われそうになってビビってんのか。
 こういうところは年相応だな、なんて思いながらにやりと口許を弛める俺。

「なんだ、さっきまでの威勢は……」

 どこに行ったんだ。そう言いかけた矢先のことだった。

「やめろぉっ!」

 すぐ背後から情けない声とともに勢いよくそいつはぶつかってきた。
 咄嗟に身を避ける柊。なにが起こったのかわからず受け身を取るのに遅れた俺はそのままごちんと音を立て壁に顔面を派手に打ち付ける。大きく脳みそが揺さぶられ、一瞬視野に閃光が走った。

「ってめえ、どこから沸いて……」

 チカチカと白ばむ目を押さえながら振り返れば、そこにはどこか気が弱そうな幸の薄そうな男子生徒がいた。
 しがみつき、全身で俺の動きを止めようとしてくるそいつを振り払えば泣きそうに顔を歪めたその男子生徒は「柊さんが嫌がってるじゃないですかっ!」と声を張り上げる。
 どうやら柊瑞穂の知人らしい。今度の今度もまたやろうに邪魔された。それが堪らず不快で眉を寄せた俺は「知るかっ!」と声を張り上げる。

「関係ねえやつがでしゃばって来んじゃねえぞコラァッ!」
「ひっ」

 言いながら無理矢理そいつの首を締め上げようとしたときのことだった。

「はーいストーップ」

 聞こえてきたのはいつもの明るく弾んだ声。
 ぬっと伸びてきた手に無理矢理男子高生から引き離された俺は邪魔をしてくる腕の持ち主を睨み付けた。

「っ、俊介」

 目が合えば、俊介はにこりと笑い泣きそうな顔した男子生徒とそれに駆け寄る柊瑞穂に目を向ける。

「ごめんねえ、お二人さん。ちょっとこいつ頭んなか春だからはしゃいでんだよ。許してね」
「……無理矢理にでも冬眠させた方がいいんじゃないの?」

 冷ややかに吐き捨てる柊瑞穂。
 本当に口の減らないやつだな。俺が反論しようとしたときだった。俊介に腕を掴まれる。

「はいじゃあ愛護、行こっか」

 そしてそのまま俊介は俺を引き摺るように歩き出した。
「離せっ!おい!俊介!」そう声を張り上げ俊介を引き留めようとするがやつはこちらを見向きもせずただひたすら人気のない場所へ向かうように足を進ませる。
 気付いたときには柊たちはもう見えなくなっていた。


「くそっ、あとちょっとだったのに!」
「彼女が出来るまで?」

 校舎内。
 ようやく俊介に解放された俺は舌打ち混じりに「ああ、そーだよ」と吐き捨てる。
 つられるようにして俊介はくすくすと笑った。

「千丈寺に柊って、愛護にはレベル高過ぎなんじゃない?無理っしょ、普通に考えて」
「あぁ?お前まで俺のこと馬鹿にすんのかよ」
「違う違う、着眼点が可笑しいって言ってんの」

「俺なら手の届かないやつより近くにいるやつを選ぶのに」そう僅かに声を抑える俊介に、なにが言いたいんだと目を向けた矢先のことだった。
 伸びてきた手に肩を抱き寄せられ、拍子に顔を上げれば目の前には俊介の顔。
 ちゅっと小さな音を立て唇同士が触れ合う。一瞬、確かに思考が停止した。

「は、っ?」

 目を見開き、そう呆れたように俊介の顔を見たとき笑みを浮かべた俊介は俺から手を離す。

「賭けは愛護の負けね」

 そう無邪気に笑う俊介はそれだけを言い残しさっさと廊下を歩いて行く。
 ぽつんと残された俺はなにがなんだかわからず遠くなる俊介の背中を見詰め、なんなんだあいつはとアホみたいな顔をしていた。
 ただわかることはひとつ。言い逃げなんて卑怯じゃないだろうか。
 遅れてじわじわと熱が集まり出す頬を押さえた俺は舌打ちをし、目の前の背中に向かって吠える。

「まだ勝負は終わってねえだろうが!」

 おしまい

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