短編


 機械人間×密室×幸福

 小さい頃、マンガやアニメで見て憧れていた特殊能力。
 それは炎を操るものだったりロボットを動かすものだったり魔法と呼ばれる未知なるエネルギーを駆使するものだったりと様々で。
 自分にも特殊な力があれば。一つだけ手に入れられるとしたらなにがいいか。そんな非現実染みた夢想に耽るような子供は珍しくないはずだ。
 俺――上坂幸隆も元はといえばそんな純粋な子供だった。
 けれど、ある日を堺にしてその夢は打ち砕かれる。

 自分が中学に上がる頃、現代日本では金を払えば特殊能力を買えるようになっていた。
 政府が考案した《人類機械化計画》、それは人の脳をプログラム化し、自我を保ったままその身体部分を機械に移行するという非人道的なものだった。
 最初から到底受け入れられるものではなかった。
 けれど、定期的なメンテナンスさえ行えば病気どころか寿命すら意味を成さなくなる。そう謳う政府は、疑心暗鬼の国民たちの前に一人の人間を出した。
 重病に犯され余命幾ばくだったその“元人間”だという人間は実際に機械化を行ったという。
 生前――否人間である頃と変わらない容貌、性格、それどころか、以前のように体力や病のことを気にせず元気に動き回る姿を見せ、そして実際に機械であるという証拠に体に埋め込まれた脳部分――チップを取り出してみせた。
 それからだ、すべてが大きく動き出す。
 《人類機械化計画》は高齢層や難病の人間から優先的に行われた。
 政府推進のその計画では、機械化のための手術費や、機械の体に慣れるまでのリハビリ費、メンテナンス代など計画に関わるものすべてを国が費用を全負担するというものだ。
 肉体を捨てるという代償の代わりに受けられる恩恵はあまりにも大きすぎた。
 最初はもう未来のない人間が藁にも縋る思いで政府に自ら泣きついた、そして次第にその評判と利便性に大勢の人間が次は自分をと自ら計画の実験体になることに臨んだ。

 それが数年前。
 当時テレビで計画が発表されたときはまるでSF映画みたいだ、なんてぼんやり考えていたが、今はどうだ。
 殆どの人間が生身の肉体を捨て、機械の体の定期メンテナンスを行っている。
 今では知識も能力も全て専用チップを脳に埋め込めば自分のものに出来、姿形性別すら自在に変形することが出来る。
 自我はある、自分の名前もだ。けれど、データ化した脳と別人にも等しい容貌の機械を本人だと言えるのか。
 ――俺は、機械の体には魅力を感じなかった。
 専用チップを埋め込めば勝手に知見を得られるようになった世界では勉強をわざわざ習う必要がなくなり、機械化した同級生は学校を辞めていく。
 いつの間にかに周りはアンドロイドばかりで、何度も『お前も手術受ければいいのに』と言われたが俺は頑なに断った。

 努力もなしに得られたものを自分のものと呼べるのか。
 俺は、テレビのヒーローみたいに、己の手で得た知識と力がほしかった。
 恥ずかしげもなく金で知識を買う人間にはなりたくなかった。
 努力を怠らない、それは誰に言われたわけでもない、幼い頃からのポリシーだった。
 子供のプライドと言われればそこまでだが、それでも、俺はそれだけは捨てたくなかったのだ。

 《人類機械化計画》はあっという間に浸透していく。
 人類を大きく進化させることになったその計画だったが、万事成功したわけではなかった。
 今でも問題となっているのは出元不明の改造チップだろう。
 改造チップを使用したものは規格外の能力を手に入れることが出来るが、その代わり安全性も保障されていない。
 改造チップ使用者の能力の暴走による事件も少なくはなかった。
 不死身の体と豪語したが実際は心臓となる部位を破壊されれば全機能は停止してしまう。
 いくら破損した部位を直せても、人格を完全に保つことは出来ないのだ。

『ヨシタカ、どうしたの? そんな顔をして』

 改造チップ使用者による無差別殺人で死んだ母親が翌日無傷になって帰ってきた時は、目の前が真っ白になった。
 元々体が弱かった母親は、政府が計画を公表したとき『あんたに迷惑かける必要がなくなるから』と移植手術を受けた。
 新しい体になって母親の記憶は、確かに手術前まで遡っていた。けれど、自分が死んだことを気付いていない。
 記憶のコピー、上書き保存。数分待てば元通り。
 目の前の母親は、見た目は生前となんら変わらない。喋り方も、仕草もだ。けれど、そこにいたのは母親ではなかった。母親を模した機械だ。ハリボテの記憶とそれを元にして作られた人工知能、それが母親の正体だと気付いた瞬間、吐き気がした。
 政府が行っているのは革命というなの大量殺人だ。機械化という名目で人を殺し、自分たちの思い通りになるチップを植え付け、機械軍を作り上げる。それが目的なのだと気付いてしまったのだ。
 現に、違法チップはこの世にのさばってる。違法チップ使用者を全員割り出すことは政府には可能なはずなのに、放置してる現状がおかしいのだ。
 政府はそれを利用してるのだ、各々自分の体を改造し、強化することを。それを駒として利用するために。
 そう気付いたのは、駅前で反機械化計画を叫んでいた集団がいたからだ。
 連中はすぐに人造の警察に連行されていたが、それでも、俺には恐ろしいほどしっくりきたのだ。

 高校に上がり、剣道部に入った。
 母親の顔をした機械がいる家に帰るのが嫌になって、俺は武道場に残りひたすら竹刀を振るって時間を過ごした。
 掌がマメだらけになって、そのマメも潰れて、痛みも感じなくなって、それでもひたすら剣を振るって。気が付けば、憧れていた先輩に勝てるようになって、何回でも大会で勝つことが出来た。
 努力は俺を裏切らない。努力すればするほど結果は伴ってくる。
 大会では機械化した相手と戦うこともあった。勿論チップは制限されていたが、それでもルールを破って違法チップを使ってくる馬鹿もいた。
 そんな馬鹿を倒したときが一番気持ちよかった。
 チップを使えば力は強くなるだろう、けれど、太刀筋も基礎も理解せずただ木刀を振るう馬鹿の動きは単調だ。
 生身で、違法者相手に勝つ。そのことで俺と同じように生身でいる人間に少しでも希望を与えられたならいい。自己満足だった。
 機械にも負けないくらい、もっと強くなりたい。負けたくない。劣ってると思われたくない。機械に頼るあいつらなんかに、絶対。
 称賛の嵐の中、体の中を燻っていた感情は確かに黒く、膨れ上がっていく。
 それでも、胸の中、ぽっかり開いたものは埋まらなかった。
 そんなある日のことだった。

「君は、機械体にならないのか?」

 梅雨明け。大会会場から帰ろうとしていたところに、一人の男に声を掛けられた。
 新手のスカウトか、不審者か。他校から声を掛けられることは幾度かあったが、そんなことを単刀直入に聞かれたのは初めてだった。
 初老のその男は、俺が警戒してることに気付いたのか慌てて手を上げた。

「ああ、悪いな、いきなり……噂で聞いたんだ、生身の人間で強い子がいるって」

 人良さそうな穏やかな笑顔。けれど、体格もよく、服の下ではよく鍛えられてるのがわかった。それに、目だ。俺のつま先から頭のてっぺんまでを見るその目は、普通の人間のものとは違う。
 どちらにせよ、どうでも良かった。そんな噂が流れ、こうして会いに来てくれる人間がいるというだけで少しは自分のしてきたことの意味が為されてる気になれたから。

「俺は……別に長生きもしたくないし金で買える特殊能力に頼りたくないしそんなやつらに負けたくない」

 本心だった。なんと言われようが、機械化に対する意見は変わらないだろう。それは相手が何者であってもだ。
 真っ直ぐ男を睨み返せば、男は押し黙る。それも一瞬のことだった。やがて、男は破顔した。
 そして、

「よく言った! 俺は、君のような人材を探していたんだ!」

 いきなり、男に手を握り締められる。
 そのがっしりとした手からは、機械体からは感じられない確かな暖かみがあった。
 不審者――もといその男は久崎と名乗った。
 久崎は違法チップ使用者――違反者を取り締まり、反機械化を謳う組織に所属しているという。

「……とはいえこんな御時世だ。勿論俺たちの活動は非公式、つまりはまあ自警団のようなものだな」

「警察や政府の連中は目立った被害がないと動かないからな」そう口にする久崎の言葉の端々からは政府への怒りが静かに滲んでいた。
 そして、久崎は違反者相手にでも戦える人間を探していたという。
 そういった組織の存在は、知っていた。
 俺も政府に不信感を抱いている人間の一人だ。
 けれど、それを公にすることはこの国では厳重に取り締まられる。いつの日か駅前でデモンストレーションを行っている連中が連行されていたのを思い出す。
 やり方はともかく、久崎のように他人を助けるという部分には大きく共感することができた。
 そしなにより、久崎を不審に思うよりも先に『まさか自分がスカウトされるとは』という興奮のほうが大きく上回っていたのだ。

「どうだろうか、君さえよければ俺達に力を貸してくれないだろうか」

 人助けとはいえど、表向きには反社会組織だ。
 組織に入るということは政府を敵に回すということ。
 そうなると、友達とも家族とも縁を切らなければならない。迷惑がかかるのは明白だからだ。
 けれど、俺には迷いなどなかった。

「よろしくお願いします」

 そう、久崎さんのゴツゴツとした手を握り返せば、久崎さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。

 それから、俺は組織に入るために家を出た。
 親にもなにも言わずに、一人手ぶらで久崎さんの用意した車に乗り込む。
 悔いもない、だって、この家にいるのは母親ではなくただの機械だ。そんな機械と一緒に燻って死ぬだけの人生なんて真っ平ゴメンだ。
 その日を堺に、俺の人生は大きく変わった。
 間違いなく分岐点というならばそこだろう。良くも悪くも、世界が変わったのだから。

 組織での生活は分かりやすいものだった。縦社会もなく、用意された任務を来なし用意された寝床で眠る。
 他の隊員たちは成人した者が多く、そんな中でも一番年下だった俺にも皆優しくしてくれた。
 隊員達は皆、大切な人やものを違反者のせいで失った者ばかりだった。
 自分だけじゃない、そうした経緯を得て皆同じ結論に至ったのだろう。不信感を募らせるものの、周りは機械ばかり。こうして近くに同じような思想の人間が大勢いるというだけでも俺は安堵した。
 とはいえ、この組織は自警団でもある。いつも部屋でお喋りしてるだけでは済まない、組織の寝床でもあるアジトでは多くの武器を貯蔵する武器庫や、訓練所など穏やかではない部分もあった。
 違反者を相手にするということは、それなりに危険を伴う。
 被害を出す前に違反者を即刻始末する。
 それが、組織のモットーだった。

「上坂。君は本物の刀を触れたことはあるか?」
「……ないです」
「そうか、なら、実戦に出る前に慣らしておくといい。いくら君が剣士とはいえど、木刀とは重さも勝手も違うだろうからな」

「これが、君の相棒となる刀だ。……追々自分にあった武器を見つければそちらに乗り換えてもいいが、今回は間に合わせでこいつを用意した」鞘に納められた棒状のそれを久崎から受け取る。
 竹刀とは比にならない重量感、けれど、試しに鞘から抜いて振れば、空気を切るような軽さに驚く。

「……すげえ」
「はは、喜んでくれたなら何よりだ。ここに、剣術トレーニングに必要な用具も用意した。……あとは好きにしてくれて構わない。本当はコーチしてやりたかったんだが、悪い、今ここにいる連中で刀が使えるのは君だけなんだ」
「いえ、これだけあれば十分です。……ありがとうございます、久崎さん」

 血が湧き上がる。この刀で一刀両断することができればとてつもなく快感となるだろう。
 握りしめた柄に血脈が繋がるような一体感に、バクバクと心臓は脈打つ。
 それから、俺は暇さえあれば鍛錬を行った。勿論人形相手だ、たまに他の人間に鍛錬に付き合ってもらうこともあった。
 けれど、やはり基本は一人だった。
 一度本気で殺しそうになったことがあったのだ。溢れ出すドーパミンを抑えることができず、頭に血が昇り、本気で刺し違えそうになった。
 それ以来、俺の方からトレーニングは断るようになった。

 それから程なくして、初めての任務を任された。
 違反者の眼球に刃を突き立て、脳を傷つければいい。そこには心臓となる部分があり、そこを損傷させることができれば活動停止させることができる。そのあとは回収班が回収し、解体する。
 それが大まかな流れだった。
 俺は、はじめての任務のプレッシャーに恐ろしいほど自分が猛っていることに気付いた。

 そして任務当日。
 敵を前に、恐ろしいほど頭はクリアだった。柄を握り締め、敵に向かって一直線上に走り抜ける。
 襲い掛かってくる違反者に向かって俺は刀を持ち替えた。殴られる直前、違反者が俺の行動範囲内に入ってきたのを確認したと同時に眼球の縁、横殴りの抉るように刃を突き立てる。機械だろうが関係ない、それは切るというよりも鉛で叩き潰すと言ったほうが正しい感触だった。
 それからはあとは一瞬のことだった。柄まで一気に押し込めば、耳の裏から刃が突き出る。
 しかしやはり相手は機械。血もでなければ、悲鳴もない。ただ、時が停まったかのように生命活動を停止させるのだ。
 思ったよりも悲しみもショックもなかった。ただ、世の中に貢献することができた。役に立てた。俺の刀で、終わらせたのだ。その事実にひどく興奮したことだけは鮮明に覚えている。
 その日、初めて違反者を殺したその晩、俺は寮の部屋に帰って初めてアジトで自慰行為に耽った。

 それからは、違反者を始末する日々が続く。
 初めての任務がトリガーになったのか、俺は刀を振るうことに、獲物を殺すことが次第に快感へとなっていくのだ。
 毎晩外に出ては違反者の機体を回収する。
 入ってからもずっと俺の面倒を見てくれた久崎さんはその度に俺のことを褒めてくれるのだ。
 それが嬉しくて、いつの間にか街の平穏のためから違反者を始末して久崎さんに褒めてもらうために刀を振るうことになっていた。

「いやーお前の刀の腕はすごいな、幸隆! 見込んだ通りだ!」
「いえ、俺なんて全然……」
「謙遜すんなよ、違反者達の中でも話題になってるらしいじゃねえか、すげー強いガキがいるって」
「俺らはそろそろ歳だからなぁ、若えのに頑張ってもらねえとな」
「なにを言ってるんですか、皆さんまだ現役でしょう」

 地下にあるアジト、その食堂。 
 酒を片手に盛り上がる隊員たちになんだか居た堪れなくなるが悪い気はしなかった。
 実際、思っていたよりも違反者たちの手応えは薄い。
 努力せず不相応の力を得たものに負ける気など欠片もしないが、それでも呆気なく感じるくらいだ。
 それはお前が強いからだと久崎さんは言っていたが、そうだとしたらますます機械化計画には拍子抜けだ。

「ほら、飲め飲め、今日の主役はお前だ、上坂!」
「い、いや、あの……俺まだ未成年なんで」
「なんだ、まだ未成年だったのか?!」
「気にすんな気にすんな! 俺らが上坂ぐらいのときはガンガン飲んでたぞ!」

 それはそれでどうなのだろうか。
 隊員たちの熱気に気圧されそうになっていた時だった。
 食堂の扉が開き、数名の部下を引き連れた司令官が現れる。
 瞬間、水を打ったように静まり返る食堂内。
 無理もない。司令官がこうして自ら出向くときは大抵、非常時しかないのだ。

「久崎隊長、緊急任務だ」

 そして、どうやら目的は久崎さんのようだ。
 そんないきなりの司令官の言葉に狼狽えるわけでもなく、先程まで騒いでいた久崎さんは表情を固くした。

「悪いが……今すぐ出れるか」
「俺はいつでも構いませんよ。けれど、珍しいじゃありませんか。貴方がわざわざここまで来るなんて」
「――月見が出現した」

 その単語に、周囲の空気が一瞬にして変わるのがわかった。水を打ったように冷える空気。そして、ざわめく血。
 月見嘉音。それは人名だというのを俺は知ってる。
 そして、かわいらしい響きとは正反対で、違反チップ利用者の中でも凶悪でその未知数の能力の持ち主なことからブラックリスト入りしている人物だった。そして、何人もの隊員を殺している殺人鬼でもある。
 そんな月見嘉音の討伐に、久崎さんが。

「……わかりました、場所は?」
「今不浦に探らせている。すぐに出られるように待機していろ」

 それだけを言い残し、司令官は食堂を後にする。
 緊張の糸が切れたように一斉に隊員たちは口を開いた。

「よりによって月見か……」
「しかしまあ、久崎なら大丈夫だろ」

 先ほどの沈黙が嘘みたいに各々好き勝手言い出す隊員たちに久崎さんは「持ち上げすぎだ」と笑う。
 けれど、お世辞でも何でもない。
 久崎さんの実力は俺の非にならない。
 肉弾戦は勿論だが、彼は狙撃の名手でもあった。
 何十メートルも離れた場所から確実に頭を吹き飛ばし、一瞬で違反者たちの集団を全滅させたのを間近で見てからそれは肌で実感した。
 それでも、相手はシリアルキラーの月見嘉音だ。それに、何をしてくるかわからない違反者でもある。

「ま、そういうわけだ。ちょっと席を外す」
「……俺も行きます」

 気がついたら、口が勝手に動いていた。
 久崎さんが弱いとは思わない。けれど、月見に挑んで死んだ他の隊員たちを見てきたせいか、黙って見送ることは出来なかった。

「幸隆、お前」
「お願いします、ご一緒させて下さい。足手まといにならないようにしますから、お願いします」

 そう、土下座する勢いで頭を下げれば、久崎さんはぎょっと目を丸くした。「おい、頭をあげろ」と困ったように笑い、そして。

「……誰が置いていくなんて言ったよ」
「……え?」
「上司命令だ。これも社会勉強だ。……着いてこい、幸隆」

 ぽん、と頭に置かれる大きな手の感触に俺は目を見開く。
 恐る恐る顔を上げれば、微笑む久崎さんがそこにいて。

「……っはい!」

 一気に全身に神経が通ったような、そんな感覚だった。
 久崎さんの助けになりたい。
 久崎さんの力になりたい。
 久崎さんに、認めてもらいたい。
 込み上がる欲望を抑えるよう、俺は常に腰に携えている日本刀の鞘を握る。
 月見嘉音は一筋縄ではいかないだろう。
 けれど、もしそんな相手を倒すことができたら?
 ……いや、殺してやる。そして褒めてもらうんだ、久崎さんに。
 そう心に決め、俺は数人の隊員たちとともに月見が現れたという夜の街へ繰り出した。

 俺と他隊員が囮になり、月見嘉音を惹き付ける。その間に久崎さんのスナイパーライフルで月見の脳天に銃弾を打ち込み活動停止させるという作戦だったのだ。俺たちはやつを見誤っていた。
 月見嘉音は明るい髪の細っひょろい男という。
 黒いコートを羽織り、戯れに夜の街に出現してはアンドロイドも人間も無差別に殺していく。
 目的も動機も不明。けれど、襲った相手がアンドロイドだった場合は必ずチップをすべて抜き取っていくのだ。
 違法チップは裏で高値で取引されることが多い。
 月見はそれで金を得ろうとしているのではないか、そういう話は聞いたことがあるが俺にしてはどちらでも良かった。
 同族殺しの殺人鬼の考えなんて理解したくもない。
 とにかく、見つけ次第殺す。
 そのつもりで、月見を探した。

 そして、見つけた。
 雑居ビルの隙間、倒れる人間とその側にはひょろりとした細いシルエット。
 月に照らされた髪は金に光り、そして、コートのポケットに何かを隠したその男――月見は俺たちの姿を見ると奥へと走り出した。

「っ、待て……この……っ!」

 こんな隙間じゃ視界が悪すぎる。
 せめて、久崎さんが狙いやすいように拓けた場所へと追い込もう。
 そう、先を征く月見を逃さないように加速する。相手の足はやはり早い、けれど、動きや体の傾きを予測して行き先を予測することは可能だ。
 人間の体力は機械とは違い底がある。このまま消耗戦に持ち込まれると厄介だった。
 次に角を曲がろうとするのを予測し、俺は、腰に掛けていた銃を手にした。刀だけでは不利なときのため、銃の撃ち方も習ったのだ。
 そして、月見の数メートル先に発砲した瞬間。

 ビンゴ。
 見事、月見の腿に弾が的中する。破損する脚部に、バランスを崩す月見。その体に続けて弾を打ち込めば、そのまま月見は倒れた。
 そして、それに駆け寄った俺は月見を捕らえようとして気付いた。

 月見だと思いこんで追いかけていたそれは、ダミーだった。
 いくら銃とはいえど耐久性がおかしいと思ったが、あの男、安物の機械を囮に使ったのか。
 頭に血が上りそうになったが、だとすると今気がかりなのは本物の月見だ。
 咄嗟に、久崎さんに連絡を取ろうとするが応答はない。
 久崎さんは周りが見渡させるようにと一番高い建物の屋上にいるはずだ。
 ――まさか。
 厭な想像が脳裏を横切る。
 考えるよりも先に体が動いていた。
 俺は、久崎さんが待機しているビルへと向かって駆け出した。

 高層ビル、その屋上。
 そこに一つの影が佇んでいた。
 満月に照らされたその黒い影に、咄嗟に俺は「久崎さんッ!」とその人の名前を呼ぶ。
 そのときだった、その人影はゆっくりとこちらを振り返った。明らかに久崎さんではない、細く、ひょろ長いシルエット。そして。

「ん? 久崎さんってもしかしてこの人のこと?」

 無造作に伸びた髪を夜風に靡かせ、笑うその男は間違いない、本物の月見嘉音だ。月見嘉音は足元に転がる何かを思いっ切り踏み付ける。
 瞬間。

「ゴボッ」

 聞こえてきた声に、やつの踏みつけたそれが久崎さんだと厭でも理解した。大きな穴が開いたその腹部からは夥しい血が辺りに飛び散っている。既に絶命してるであろうほどの致命傷。それでも、信じたくなかった。

「やめろっ! 久崎さんから離れろ!」
「どうして? もうこの人死んでるよ? ……それとも、死体だけ回収して機械にしてもらうの?」
「っ、いいから離れろ! この……ッ」

 キチガイが、と刀を構えるよりも先に、月見が落ちていたスナイパーを拾う方が早かった。
 スコープを覗きもせずその引き金を引いた瞬間、腕が焼けるように熱くなる。手首、その先の感覚がない。離れた場所で、刀が落ちる音がした。血の気が引く。体に流れる血が、どんどんと外へ流れ出すようだった。

「……え」

 刀を持つはずの手があった場所には、なにもない。
 吹き飛んだそこからは骨と肉が剥き出しになり、それを視覚で認知した瞬間、理解した。
 痛みはなかった。恐らく、脳が処理しきれていないのだ。

 殺される、この男に、殺される。
 本能で理解した。愛用の刀を振るう暇すら与えられなかった。絶望を前にして、俺は、腰のホルスターから銃を引き抜いた。
 どうせ殺されるのなら、少しでも傷跡を残してやる。
 やつのこめかみに銃口を突きつけ、トリガーを引く。
 瞬間、目の前にいたはずの月見の姿が霧散する。

「……いいよ、威勢がいい子は好みなんだ」

 すぐ耳元で月見の声がしたと思った瞬間、どこからともなく湧き出した黒い霧は急速に広がり、やがて屋上全体を包み込む。
 辺りは暗闇に包まれる。月の光が頼りになっていたというのに、その月すら奪われてしまえばなにも見えるはずがない。
 ドクドクと血が流れる感覚だけがより鮮明に伝わってくる。どこだ、あいつは。どこにいる。
 つま先で刀を探す。そして、つま先に当たる硬質な感覚に慌てて手を伸ばした時。
 刀を握ろうとしたその手を踏み付けられる。

「ぐ……ッ!!」
「君もやつらの仲間ってことはさぁ……生身なんだっけ? 不便だろうに馬鹿だよねえ。けど、生身のがいいよね。切ったら血が出るし反応もなかなかいい。機械よりはよっぽど感度はいい方がいいしね」

「君はどうなのかな」と、下衆な笑いを浮かべる月見に、踏み躙られる手の甲に、熱に、止まらない血に、目眩を覚えた。
 月見嘉音は幻術使いだと言う。実際には怪音波での脳へ直接攻撃して神経を掻き回し、作為的に幻覚を見せるものらしいが、実際に食らった人間はことごとく死んでいるので全て憶測の域を出ない。

「く、そ……ッ!!」

 やけくそだった。
 傾く重心。倒れる前に、この男を破壊したくて、ただ月見に向かって発砲する。
 けれど、当たってるのかどうかもわからない。纏わりつくような黒い霧を振り払うことできない。
 まさに八方塞がり。

「ああ、弾が勿体無いよ」

「それに」と、月見の唇が動いた次の瞬間、瞬きをしたその間に、月見嘉音はすぐ俺の背後に立っていた。
 虚空に突きつけた銃ごと、手を握り締められ、ぎょっとする。

「手が震えてるね」

 冷たいその指先が銃を握る手を包み込んだとき。
 月見の手が、蛇へと姿を変え、指に、手首へと這い上がってくる。

「っ、う……ッ!」

 幻覚だ。そうわかっていても、手首から袖口へと潜り込み、制服の下を這い上がってくるその冷たく湿った体は本物に等しい。
 銃を握り直し、思いっきり蛇を引き剥がそうとするが、服の下へと潜り込むそれを片手で振り払うことはできなかった。それどころか、腕だけではなく足元に無数の蛇が近付いてくるのを見て、血の気が引いた。

「っ、消えろ、この」

 靴の爪先で追い払い、その場を後退りする。敵意を持ってこちらを見る目に、締め付けられる腕に、汗が溢れる。
 ゆっくりと地面の上を滑るように向かってくるたくさんの蛇に俺は、逃げようとして、そして何かにぶつかった。

「大丈夫? すごく具合が悪そうだけど……」

 抱き竦めるように背後から体を抱き止められる。
 そして、息を飲んだ。首筋に突き付けられる刀に、酷い自分の顔と、その背後、微笑む月見が反射して映る。

「頑張る君を見るのは楽しかったけど、もうおしまいだ」

 次の瞬間、銃を手にしていた腕が飛ぶ。
 遠くでなにかが落ちる音がして、俺は、目の前が真っ暗になって膝から崩れ落ちた。
 溢れ出す血の匂い。群がる蛇を振り払う術すらなく、ただ、死に損ないとしてそこにいた。

「……は、まだ意識あるんだ。流石あいつらの期待の新星ってところかな」

「上坂君」と名前を呼ばれ、ドクンと心臓が脈を打つ。
 なんで、名前を知ってるんだ。
 視線を上げれば、優雅な笑みを携えた男が俺を見下ろしていた。刀の血を指で拭い、それを俺の顔に塗りつけるように指を這わせてくるのだ。
 それを振り払いたいのに、腕がこの状態の今、されるがままになるしかなくて。

「普通ならもうとっくに壊れてるはずなんだけど」
「っ、黙れ、卑怯者が……!」
「卑怯者? もしかして……俺のこと? だとしたら酷い言い草だ」
「こんな幻で惑わすしか能ないクズが……!」
「ははっ! いいねえ、威勢がい子は好きだよ」

「もう二度とそんなことが言えないくらいぐちゃぐちゃにしてやりたくなる」柔らかな声とは裏腹に、やつの目は笑っていない。
 冷たい指先に唇をなぞられ、俺は不快さのあまりにそれから顔を逸した。そのとき。

「……流石上坂、本当にお前は強いな……」

 聞き覚えのある声が、聞こえた。
 血の気が引く。
 なんで、どうして、あの人が……動いてるのだ。

「……え……?」

 有り得ない。体に風穴を開けた久崎さんではなく、まるで何事もなかったかのように変わらず座り込む久崎さんがそこにいた。

「流石、俺が見込んだだけのことがある」
「……ッ」
「しかしまあ、そこまで元気がありゃ手助けは要らなさそうだな」

 顔をくしゃくしゃにして笑うところから仕草までもが全て、久崎さんにそっくりなのだ。
 あり得ないとわかっていても、混乱する。
 あまりにも悪趣味。これが、月見の幻術か。

「やめろ……ッ! ……ッこれ以上先輩を貶めるような真似は許さないッ!」

「男なら正々堂々勝負しろ! 月見!」いつの間にか姿を消した月見嘉音に向って吠えれば、先程までなにもなかったその空間に月見は姿を表した。

「悪いけど俺は男らしくないらしいからね。……こんなことも出来ちゃうわけだよ」

 パチンと指を鳴らす月見に、どういう意味だと凍り付いたときだった。

「上坂」

 そう、耳元で名前を呼ばれ、全身が硬直した。
 肩に伸し掛かるその重さに、濃厚な血の匂いに、血が絡んだようなその声に、血の気が引いた。

「ごめんな、最期まで……先輩らしいことできなくて……」
「や、やめろ……っ! やめろ!」

 そう口にする度に久崎さんの唇から夥しい量の血が溢れ出し、腹部に開いた大きな穴からは血がとめどなく溢れ出している。
 元気だった頃の久崎さんは影の欠片もない。
 最期に、挨拶らしい挨拶も言えなかった。お礼も言えなければ、助けることもできなかった。
 それを、こうして月見に侮辱され、好き勝手踏み躙られるのが余計悔しくて。
 視界が滲む。いっそのこと殺された方がましだった。

「へえ、君は随分とこの先輩のことが好きみたいだね」

「そりゃ、悪いことしたかな」なんて、悪びれた様子もなくこの男はいけしゃあしゃあと口にするのだ。
 腕がなくても、足はある。思いっきり蹴り飛ばしてやろうかと振り返った瞬間、腰を掴まれ、抱き締められた。場違いなほど優しく、甘い匂いが鼻孔を侵す。

「俺なら君を幸せに出来るよ」
「……ッ!」
「先輩のことが好きだったんだろう」

 心臓が、大きく跳ね上がる。違う、月見嘉音に惑わされるな。言葉を聞くな、ただ殺すことだけを考えろ。
 頭の中で鳴り響く警報。それなのに、体は呪縛に掛かったかのように硬く、動かなくなる。
 数センチ先、鼻先がぶつかる。月見の顔が歪み、そこには生前と変わらぬ久崎さんがいて。

「上坂」

 久崎さんの手が頬に触れる。
 体温を感じさせない冷たい手、それなのに、優しく輪郭をなぞるように撫でられれば全身から力が抜け落ちそうになる。

「こんな風に触られたかったんじゃないのか?」
「……ッ」
「味方の居場所を吐け。……そうしたら、君を永遠に夢の中に閉じ込めてあげるよ」

 どこからどう見ても久崎さんそのものなのに、言葉は月見のものだった。あべこべの世界の中、それでも辛うじて俺を現実へと繋ぎ止めていたのは失った両腕の焼けるような痛みだ。

「……嫌だ」
「辛いだろう、君みたいに若い子がこんな血腥い戦場に駆り出すなんて俺はあいつらを同じ人間とは思えないよ」
「やめろ……っ」

 月見嘉音の甘く柔らかい声は精神を蝕んでいくように全身に染み込んでいく。
 久崎さんはそんなこと言わない、わかってるからこそ余計、不愉快だった。
 いつからだろうか、俺の世界の中心が久崎さんになったのは。
 最初は、少し歳の離れた兄みたいだと思った。
 けれど、褒められる度に、優しく頭を撫でられる度に、久崎さんの隣に並びたい。そんな思いが強くなっていた。
 この人の役に立ちたい。その一心で刀を振るってきた。
 そんな久崎さんは、もう、この世にはいない。そう理解した瞬間、壊れたみたいに涙が溢れてきて。

「……上坂」

 優しい、久崎さんの声。
 筋肉質な太い腕が、俺の体を優しく抱き締めてくれる。硝煙とヤニが混ざったような匂い。厚い手のひら。

「お前はもう、無理して刀を振る必要はないんだ」

 有り得ない。
 有り得ない、有り得ない、有り得ない。
 わかってるのに、月見の観せている幻覚だとわかってるのに、それでも、久崎さんともう会えない。
 そして、俺も程なくして死ぬことになるだろう。徐々に冷たくなっていく末端に、それなのに焼けるような痛みという矛盾を抱えた体。
 どうせ、死ぬ。この男に、死体すら玩具のように弄ばれるのだろう。
 それならば、いっそのこと。

「久崎さん……っ」

 溢れる涙を掬われ、無骨な指先で顎を持ち上げられる。
 夢でもいい、俺は、久崎さんと少しでもいられるのなら。悔しかったし吐き気がした。けれど、どうせ死ぬのだ。それならば。
 重ねられる唇に、他人の唇がこうも柔らかいものだと言うことを初めて知る。それでも、よかった。もうどうだっていい。久崎さんが、ここで生きてるのなら。
 そっと唇が離れたとき、目の前の久崎さんは微笑んだ。

「……捕まえた」

 久崎さんの唇が、確かにそう動いた。


 ◆ ◆ ◆


 夢を見ているようだった。
 五体がふわふわしていて、脳味噌が真綿に包まれるようなそんな夢心地の中、股間に突き刺さる長物の感触をぼんやり感じていた。

「っ、は、あ、ぁ、あぁ……ッ」

 皮っぽい表面の握りやすい太さのその感触には覚えがあったが、それがなんなのか思い出せない。
 肛門の中をその棒状のもので円を描くように掻き回されれば全身から力が抜け落ちるようで、下半身が焼けるように熱くなる。

「上坂君、君は中をこうして掻き混ぜられるのが好きなのかい?」
「っしゅ、好き、です、好きですっ、俺、久崎さんのことが……っずっと……!」
「それはいけないなぁ……全く話が噛み合ってないよ、上坂君」

 久崎さんの手が胸元を弄られ、引き千切られた制服の下、剥き出しになった乳首を抓られれば背筋に電流が走る。

「あっ、ひ、ィ」

 痛いとか、擽ったいとかもわからない。
 ただ、久崎さんに体を触られている。その事実で頭の中が焼けるように熱くなり、ショートした思考回路では考えられなかった。
 平らな胸ごと乳首を揉まれれば、脳髄が蕩けそうなくらいの快感が走り、声が漏れる。
 強い快感を覚える都度、自分の中の何かが音を立てて軋むのがわかった。

「ぁっ、だ、め……です、久崎さん……ッ!」
「そう? 俺にはよがってるようにしか見えないんだけどな」
「ぁっ、く、ぅあッ」

 引っ張って、捏ねられて、弄られる度に硬く凝る乳首を玩具か何かみたいに弄ばれている。
 その度に体が震え、脳髄をどろどろに溶かすような熱が全身を巡るのだ。
 久崎さんとこういうことがしたいとは思ったことはなかった。それでも、久崎さんがしたいというのなら別にいいと思ったし抵抗もない。女のように愛撫され、恥ずかしくないといえば嘘になるがそれでも久崎さんの手に抱かれるという事実に酷く興奮するのだ。
 音を立て赤く腫れたそこにキスをされ、丹念に舌で嬲られる。濡れた音が響く。仰け反る上半身を抱き締められ、空いた胸すらも執拗に揉みしだかれれば何も考えられなかった。

「本当、可愛い乳首だね。久崎さんとやらとは本当になんにもなかったみたいだ。……勿体無いなぁ、俺なら君みたいな部下、毎晩犯してやるのに」

 久崎さんの言葉の意味は分からなかったが、それでも可愛いという単語だけ耳に入り、顔が熱くなる。
 可愛いと言われて嬉しいと思ったことなどない。寧ろ侮辱だと思っていたのに、それなのに、その単語に酷く胸の奥が熱くなるのだ。
 ぷっくりと腫れたそこを舌で転がされ、尖った先っぽを甘く吸われれば恐ろしいほどの刺激が走った。

「ぁ、ひ……ッ! ぁ、あぁ……っや、あ……っ!」

 濡れた舌の表面が乳首全体を包み込み、その冷たい感触に腰が大きく震えた。
 じゅぶ、と音を立て、異物で腹の中をごりごりと掻き回されればそれだけで体は大きく跳ね上がる。

「あ、っや、め、奥、奥に……ッ!」
「ほーら、君の相棒だよ。根本まで味わいなよ」
「ぁ、あ゛ッあぁあ゛!!」

 ずぶすぶと何度も内壁を擦り上げるように出し入れされるそれに麻痺し、ぐずぐずになった体内は恐ろしいほどの刺激だけを感じるようになっていた。
 熱い、焼ける、溶かされてしまう。混濁した意識の中、与えられる快感だけが俺の現実だった。

「あぁ……可愛い声だね、上坂君。……もっと聞かせてよ」
「ダメ、動かしちゃ、だ、ァ、やッ、嘘、ダメ、無理ですっ」
「そんなことないよ。……あれから散々慣らしてやったんだから君のここなら簡単に飲み込めるさ」

「ほら」と、いう言葉とともに腹の奥深くにまで突き刺さるその異物の感触に頭の中が真っ白になる。

「ぁあ、ああぁ……ッ!」

 膨らんだ腹の中、本来ならば届くはずのないそこを執拗に刺激され、自分のものとは思えない声が喉の奥から溢れ出した。
 同時に競り上がってきた熱は止まることをしらないまま、勢い良く吐き出され久崎さんの服を汚す。

「……本当刀好きなんだねぇ。なら、今度はもっと君が大好きなのを入れてあげるよ」

 ……刀?……好きなもの?
 射精後のハッキリしない頭の中、相変わらず靄がかかったような思考ではなにも考えることが出来なかった。
 朧気な思考でぼんやりと久崎さんを見つめていたとき、瞬間、ずぷりと音を立て引き抜かれる異物に背筋が震える。

「う、ぁ……っ」
「ほーら、もう、そうやって残念そうな顔しないの」

「大丈夫、すぐ入れてあげるから」と笑う久崎さん。
 その言葉は嘘ではなかったようで、空いたそこに充てがわれる硬い感触は先ほどよりも複雑な形をしていた。

「な、え、なに……これ……っ」
「んー? なんだと思う? ……ヒント、君の好きなもの」

 皮膚に刺さる、複数の硬い感触。
 好きなものって、なんだろうか。靄がかった視界の中、奇妙な臭いが鼻をつく。
 なんだろうかこの匂いは。濃厚で……嗅いでるだけで頭がクラクラするようなこれは。

「死後硬直始まってると入り難いなぁ。……あ、そうだ、こうしたらいいんだ」

 何やら閃いた様子の久崎さん。
 そして何かが折れるような音とともに周囲に広がる錆びた鉄のような薫りは更に濃厚になる。

「ほら、上坂君、自分で脚、拡げてみせて」

 ぐちゃぐちゃと音を立て、何かを捨てた久崎さんはようやく俺の方を見てくれた。
 甘い声で強請られ、優しく腹の上を撫でられればそれだけで体内がきゅっと反応するのがわかった。
 拒めるはずもなかった。
 既に掻き回れていたそこは俺の意思では閉じることすらできないほど拡がっており、俺は、言われるがまま脚を大きく広げれば、久崎さんの視線が晒された下腹部に向けられる。
 死ぬほど恥ずかしい学校だが、それでも。

「くざき、さん……っ」
「ああ……そうそう、いい子だね」

 頭を撫でられ、頬に唇を押し当てられる。
 その言葉に、キスに、胸の奥がじんわりと暖かくなって、もっと、と久崎さんに擦り寄ったときだった。
 次の瞬間、ぬるりとしたなにかが肛門に充てがわれる。
 さっきと同じものなのだろうか。分からなかったが、先ほどの引っ掛かりがなくなったそれは今度は中に入りやすくなってきて。

「ぅ、ん、んん……っ」

 ぬるぬると表面を滑るように入り込んでくるそれは深くなればなるほど太くなっていき、少し、怖かったけど久崎さんがしたいというのなら俺はそれを受け容れるまでで。
 それに、確かに息が苦しかったが散々中を押し広げられた肛門にとっては太いその感触は酷く、気持ちがいいのも事実だった。

「っは、あ、なんかこれ、冷たくて……っ」
「気持ちいい?」
「はいっ! 気持ちいいです……ッ!」
「だよねえ! それはよかったよ!」

「久崎さんも喜んでるよ。天国で」と笑う久崎さん。
 どういう意味なのだろうか、何か大切なことを忘れているような気がしたが激しく中を擦られればそんな疑問もどっかに吹き飛んでしまう。

「あっ、あっ、奥で、すごい、ぬるぬるして」
「ほら、自分で挿れてみなよ。出し入れして」

 言われるがまま、入っているそれを握らされる。
 ぬるぬるした表面の下の無骨な感触。それがなんなのか分からなかったが、それでもどこか懐かしい感覚を覚えた。

「んっ、んん……ッ!」

 激しくすると息が苦しくなるのでゆっくりと出し入れをすればぬるぬるしたそれが内壁を擦り上げる度に言葉にし難い感覚に襲われる。
 恥も理性もなくなった今、中を、もっと中を擦るよう深く挿入されればこちらを見下ろしていた久崎さんは可笑しそうに肩を揺らして笑った。

「アハハハハ! 本当にしてる!」
「っ、あ、っ久崎さ、ぁっ、気持ちいいっ!」
「ひぃ……ふふっ、腹、痛いなぁ……もう……」
「久崎さんっ、俺、イキます、イッちゃいます……!」
「いいよ。君の精液なら俺が全部飲んであげるから」

「たくさん出していいよ」と、勃起した性器を握り締めてくる久崎さんにぎょっとする。
 そして、躊躇いもなく俺の性器を口に含む久崎さんに戸惑ったのも束の間、亀頭部分から裏筋まで舌を絡ませられれた。
 感じたことのない他人の舌の感覚に、敏感な部分を刺激されるという恐怖と興奮でどうにかなりそうだった。

「あっ、ぁ、や、だ、め……です……っ」

 久崎さんが、俺のものをしゃぶってる。
 それだけでどうにかなりそうなのに、尿道口を中心に垂らされた唾液を全体に絡めるように満遍なく舌を這わされれば恐ろしいほど気持ちよくて。
 久崎さんの口の中が柔らかくて、ひんやりして、気持ちいい。
 馬鹿みたいに熱くなった下半身、亀頭ごと滴る先走り吸い上げられれば挿入を繰り返していた手が思わず止まってしまう。

「ん、っ、んん……ぅ、く……!」
「っ、は……君のここ、熱いね……それに、もうトロトロだ」
「っ、ぁ、ん、や、め……っ」

 気持ちいいを通り越して、下手したら魂ごと引っ張られるのではないだろうか。それほどまでに強すぎる刺激は最早苦痛に等しくて。
 いけないのに、抑えることができなかった。
 ガクガクと痙攣する下腹部、俺は堪らず大きく仰け反る。

「っ、ぁ、ああぁッ!」

 既に限界近くまで張り詰めていた性器は、呆気なく久崎さんの口の中で出してしまう。
 そして、咽るわけでもなく吐き出したばかりのそれを当たり前のように啜る久崎さんに慄いた。
 イッたばかりの下半身はガクガクと震え「久崎さんっ」と人の下半身に埋まる久崎さんにすがりついた時。

「ふっ、ぁああ……っ」

 じゅるるっと品のない音を立て、中に残ったものまで全て吸い出した久崎さんに、悲鳴のような声が漏れた。
 量はない、残りカスみたいな精液までも飲み干した久崎さんは笑う。

「……は……っやっぱ若い子のは美味しいね」

 次第に、靄が晴れるように鮮明になっていく視界の中。

「は、ぁ……っえ?!」

 息を整えながら何気なく久崎さんに目を向けた俺は、そのまま凍り付いた。
 顔を埋めいたはずの久崎さんは、久崎さんじゃなくて、濡れた唇に舌を這わせたその男は「気が変わったよ」と色っぽく笑う。

「君の骨の髄まで……責任をもって俺が食べさせてもらうよ」

 色素の薄い肌、無造作な長めの前髪から覗く、淡い瞳。
 萎えた俺の性器にキスをするそいつはどこからどう見ても月見嘉音で。

「つき、み……!」

 まだどこかぼんやりとした頭の中、こんがらがって、パンクしそうになる俺にトドメを刺したのは自分の姿だった。

「っ、な、に……!」

 刃物で裂かれたように切り刻まれた制服の下腹部。
 脱がされた下半身に突き刺さる赤黒く濡れた青白く太いそれは人の腕のような形をしていて。
 それを認識した途端、全身から血の気が引く。
 その代わり、込み上げてくる恐怖心に後退ろうと地面に手をついた時だった。

「あぐッ!」

 肩に突き立てられる日本刀。
 深く、骨を掻い潜って皮膚を突き破り、地面に磔にされる。

「う、ぐぁ、あぁ……!」

 焼けるように熱くなった肩から血がドクドクと溢れるのを感じながら、俺はゆっくりと顔を上げる。
 そこには、悠然と微笑む月見嘉音が優しい目でこちらを見下ろしていて。
 その鈍く光る瞳に、全身が震え上がる。

「……それじゃあ、頂きます」


 ◇ ◇ ◇


 某日、都心にある廃墟ビルの地下にて。

「月見、まぁた引き篭もりかぁ?」
「引き篭もり扱いとは酷いな。……俺はただペットと遊んでるだけだよ」
「へーペットなぁ」
「この前連れてきていた人間か」
「えっ?! まじ?! プロトタイプ?! まだいんのかよ! すげー! 俺にも貸してよ!」
「嫌だね、君は扱い方が雑だから」
「馬鹿、殺すに雑も丁寧もねーだろ」
「殺さないでもらえるかな」
「え? まだ生きてんの?」
「そりゃあね、生きるか死ぬくらいのギリギリの状態を保ってるから」
「……悪趣味だぞ、月見」
「君達には言われたくないな。……それじゃ、上坂君の餌の時間だから」
「……エサ? なあ、あいつエサなんて持ってたか?」
「……いや、持ってない」
「まさか自分の肉やってたりしてなー」
「……有り得る」
「だな」

 違反者月見嘉音の住処は都心の繁華街、その地下にあった。
 違反者たちが集まるその地下街は勿論一般人には知られていない。寿命にも縛られない機械の体となってからは全員が全員、暇を潰すことに勤しんでいた。
 己の体を強化して違法の闘技場で戦う者もいれば、それを観戦し、金を掛けるもの。肉体という制約がなくなった今、命は軽くなる。
 違法チップは力を強化させるものだけではない、その用途も効能も無限大である。
 それにも関わらず、力だけを強化しては殺し合ってる脳筋を見てると変わらないなと思った。
 二十四時間数多の違反者で賑わうその地下を通り抜け、月見嘉音は人混みを避けるように裏路地へと回る。
 そして、なにもなかった壁に触れた瞬間、月見嘉音の生体認証を感知したその壁に扉が現れた。それに吸い込まれるように踏み入れる。

 月見嘉音は幼い頃から他人の干渉を嫌っていた。
 だからこそ、自分だけの世界を、居場所を持つことが出来る能力を手に入れる事ができるチップがあると聞いた時、売人を殺してそれを奪うことにした。
 その能力は期待以上のもので、誰も邪魔できない、邪魔させることない絶対的な世界が月見嘉音にとっての唯一の拠り所になっていた。
 扉を開けば、広い空間が広がっている。
 その部屋の中央、大きなベッドの上。
 転がる少年の姿を見つけ、月見は頬を緩ませる。
 先日拾った、対立組織に所属する少年。
 忌々しい制服はすぐに捨て、今では刀どころか服すらも纏っていない。
 確か、名前は。

「上坂君、ほらご飯の時間だよ」

 声を掛ければ、猫のように丸まっていた上坂はゆっくりと上半身を起こした。
 初めて会った頃よりも痩せこけたその体には昨夜の傷が生々しく浮かんでいるがそこがまた、月見の加虐心を煽るのだ。
 ジッパーを緩め、上坂の目前に性器を取り出せば上坂は躊躇いもなく性器にしゃぶりついてきた。

「ん、んん、ん……っ」
「ふふ、そうがっつくなよ。……ほら、口を開けてごらん」

 一瞬、上坂の瞳が揺れる。それも束の間のことで、すぐに言う通りに口を開いた。

「あーん」

 そう、上坂の唇に亀頭を押し当てた月見は息を吐いた。
 そして、

「ぅ、がッ!」

 喉の奥へと直接尿を流し込む。
 尿と言っても本来のそれとは違う、口からの摂取による体内に蓄積された不要な物質を液状化したものなのだが、生身の上坂にとっては尿以上に受け入れがたいもので。
 頭を動かし、逃げようとする上坂の後頭部を無理矢理抑え付け、細い喉の奥まで性器を捩じ込んだ月見はそのまま直接喉奥へと尿を流し込む。

「んぶっ」
「全部飲み干すんだよ」

「一滴でも溢したらお仕置きだよ」と笑う月見に、涙を滲ませた上坂は眉間を寄せる。
 止めどなく注がれるそれに焼けるように喉が熱くなり、飲み切れずに喉から溢れ出すそれに見る見るうちに青褪める上坂。

「……ッ」

 そして、ぎゅっと目を瞑った上坂はそのまま月見の尿を飲み込んだ。
 釣り目がちなその目を潤ませ、何かを求めるように見上げてくる少年に月見は息を吐いた。

「……良い子だね」

 あのとき、自分に刀を向けた少年と同一人物とは思えないほどの従順さ。
 だからこそ余計愛しく思えるのかもしれない。
 傷だらけの頬に手を伸ばせば、とろんと目を細めた少年が自ら頬を擦り寄せてくる。

「上坂君、食べ終わったあとはどうするんだっけ?」

 上坂は、もじもじと目を伏せ、そして、その小さな口を開いた。

「ごち……そうさまでした……」

 退屈な世界、退屈な日常。
 けれど、時たまにこのようにイレギュラーは現れる。
 だからこそ、やめられない。
 人を殺すことに抵抗はない。それでも人間かと何度も言われた。どうでもよかった。
 殺した機械からチップを奪い、改造し、それを他人を使って実験する。
 成功すればそれを売り捌いて新たな実験道具を購入することもあったし、自分で使うこともあった。
 この少年は、どうしようか。機械化することは安易だが、それでは詰まらないと思った。機械の心は壊れない。けれど、プロトタイプは不完全だ。
 だからこそ、愛しく思えるのかもしれない。
 そんなことを思いながら、機械の男は少年に口付けた。

【END】


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