短編


 王子不在

 同じクラスのミキちゃんも、隣の家のキョウカちゃんも、皆みんな意地悪だ。
 僕には王子様なんて来るわけないって言うんだ。
 そんなわけないのに、だってどんなお伽噺でもお姫様は最後は王子様と幸せになってるのに。
 僕が男の子だからだってさ、変なの。だから僕には王子様は現れないの?そんなの嘘、だって、そんなのずるいよ。
 僕にだって、僕だけの王子様がきっと――。

 【王子不在】

 オカマ、女男、気持ち悪い、もやし、泣き虫、キチガイ、ホモ野郎。色んなことも言われてきたし、あらゆる嫌がらせは一通り受けてきた。ゴミを食わされたこともあったし殴られることなんて日常茶飯事で、何度死のうと思ったのかもわからない。
 女みたいに伸ばした髪が気持ち悪いと、日に焼けてない肌が癪に触ると、食べても食べても肉のつかない骨と皮だけの体が腹立つと、人の目を見ることのできないこの目が鬱陶しいとあいつらは言っていた。
 けれど、それでも良かった。僕は知っていた、どんなに辛くてもどんなに嫌なことがあってもどんなに殺したくなってもどんなに泣きたくなっても最後には王子様がきて助けてくれるって。
 誰からも好かれない僕にキスして永遠の愛を囁いてくれるんだって。だから、どんなことでも耐えられた。何されてもヘラヘラ笑っていられた。気持ち悪いって言われようが、親からも軽蔑されようとも、僕は待った。待った、ずっと、王子様がやってくるのを。
 そして、見つけた。
 僕だけの、王子様。

 興野安寿――あんじゅ。
 安寿は中学生になったばかりの僕よりも5つ年上で、高校生で、背が高くて、かっこよくて、そこらへんの男と比べ物にならないくらい足だって長くて、顔もちっちゃくて――僕が思い描いていた王子様そのものだった。
 お伽噺の中から出てきたような王子様。
 実際、安寿は僕に優しくしてくれた。いじめてきた奴らに殴られて、蹴られて、いつものようにリンチされて服を燃やされてどうしようかと途方に暮れていたとき、たまたま通りかかった安寿が声をかけてくれたのだ。
 あのときのことは今でも忘れない。安寿は、僕に服を買ってきてくれた。それを着せて、自転車の後ろに乗せて僕を家まで送ってくれた。「またなにかあったら連絡してくれ」って連絡先も教えてくれた。
 僕は、初めて見知らぬ人に優しくされた。嬉しくて嬉しくて泣いて、震える指で何度もお礼のメッセージを打ち直した。
 それがきっかけで、安寿とは仲良くなった。休みの日、僕を誘ってくれた。初めてカラオケに行って、いろんな遊びを教えてくれた。安寿は僕にいろんなことを教えてくれた。

「ヒロ、お前に文句言うやつなんか無視していいんだよ。皆お前が怖いんだよ」
「……僕が?なんで?」
「お前が可愛いから、だから、他の奴がお前に優しくできねーように牽制してんだ。馬鹿な奴らだよな」

 そういって、安寿は僕の頭を抱いて、優しくキスしてくれる。甘い甘い、お菓子みたいな匂い。安寿に触れられるのは好きだった。暖かくて、ドキドキして、今だけは安寿のことを独占してるような気分になれたから……好きだった。

「安寿、ぼく、かわいいの?」
「ああ、可愛いよ。……お前が女の子だったらよかったのにな」

 ああ、と思った。僕が、男の子だから。安寿は男の僕が嫌いなのかと、そう思うと悲しくて、どんなに殴られてもちっとも痛くなかったのに、安寿の一言にぼろぼろと涙が止まらなくなる。

「どうした、ヒロ」
「ごめんなさ、ぼく、僕が……男の子だから……」
「馬鹿、そういう意味じゃねえだろ……ほら、顔上げろ」
「っ、いい……」
「いいじゃなくて、顔上げろって」

 大きな声にびくっとしたとき、安寿にキスをされた。いつもの触れるようなキスじゃなくて、噛み付くような、長いやつだ。舌の先っぽにぬるりとしたのが触れてびっくりした。あんじゅ、やめて。と思うのに、舌同士をねっとり絡ませられると頭の奥がぼんわりと痺れるように熱くなって、気付いたら僕は安寿にしがみついていた。


「っ、ぁ、んじゅ……」

「俺の言い方が悪かった。男でも可愛いよ、お前は。……女の子だったら、結婚できるのにって意味だ」

 世界が一気に色付いていくのがわかった。
 僕は、とっくに安寿のことが大好きだった。けれど、安寿も僕のことが好きだと、結婚したいって思っててくれることが嬉しくて、僕はそれが幸せで幸せでただ嬉しくて。

「なあ、ヒロ。お前、キス以上のことはしたことあるのか?」
「っ、え?それって……えっちなこと?」
「……そ、セックス」
「な、いよ……そんなの……」
「本当か?……お前、こんなに可愛いのに」
「っそれ、安寿だけだよ、言ってるの……」
「ふーん、ならいいや。……なあ、いいか?」
「いいって……なにが?」
「ヒロと繋がりたい」

 その時の僕は、幸せの有頂天だった。安寿の喜ぶことならなんでもしたかったし、嫌われたくなかった。本当は、怖かった。一回エッチな動画を見せられたことがあったから、動画の中の女の人は泣き叫んでいたから、きっと痛いことなのだろうって思ってた。それでも、僕はこくりと頷くことしかできなかった。

「ありがとう、ヒロ。愛してるよ」

 愛してる。……愛してる。ああ、こんなに幸せなことってあっていいんだろうか。やっぱりお伽噺は本当だったんだ。王子様は誰にもやってくるんだ。
 僕はその日、初めてセックスをした。泣くほど痛かったし、血が出たし、けれど、安寿が気持ち良さそうだったから、安寿が「大好きだよ、ヒロ」って僕にキスしてくれるから全部耐えられた。耐えられたんだ。

 それから、僕たちは狂ったようにセックスした。
 安寿の家で、大通り裏で、駅の便所で、色んなところでセックスした。挿入しなくてもフェラとか手コキとか、そんなことばっかり安寿に教え込まれては、安寿にねだられた時僕は言われるがままその願いを聞いた。
 気付いたら学校どころか家に帰ることもなくなって、安寿の友達の家とか、知り合いの店とかそんなところを泊まり歩くようになっていた。
「お揃いのピアスを開けたい」って安寿が言うから耳にも穴を開けた。「ヒロは肌白いから明るい髪色が似合うんじゃないか」って言われたから髪も脱色した。「この服可愛い、絶対ヒロに似合う」っていうからどんなに恥ずかしい格好もした。
 安寿が喜んでくれるから、僕は今までの自分を捨てて、安寿の好みのお姫様になれるように頑張った。
 安寿は常に僕を側に置いてくれていた。少しでも他の男といたら嫉妬するし、僕がいなくなったらバカみたいに電話してくるし、安寿も僕のことを好いてくれてるんだと思うと全部可愛くて可愛くて仕方なくて一人でいる時間がなくなっても楽しかった。

 安寿と実質両思いになってから半年が過ぎようとしたときだった。
 その日は安寿の誕生日だった。安寿の好きなブランドの指輪を用意して、安寿のところへ行ったとき、僕は見てしまったんだ。
 安寿が、他の女の子とセックスしてるのを。


「う゛ぉ゛え゛ッ」

 何度思い出しても吐く。胃が空っぽになっても、全身の水分が蒸発したんじゃないかってくらいからからになっても、止まらなかった。汗も、涙も、胃液も。
 女みたいに伸ばした髪も切った、何度も死のうとして手首も滅茶苦茶に切った、両腕だけじゃ足りなくて太ももも切った、けど死ねなかった。薬を飲んでも体が固形物を受け入れてくれずにすぐに嘔吐。バッドトリップした方がましに思えるほどの嫌悪感。

 安寿の上に裸で跨る女を引き剥がして馬乗りになって首を絞めて殴って何度も殴って殺してやろうかとしたとき、安寿に殴られた。そのあとのことは覚えてない。
 僕は、手足の出血をただ眺めながら道路の上に寝転がっていた。帰る場所もなくなった。安寿に捨てられ、家出した家に帰る足も金もない。もうどうでも良くて、このまま車が轢き殺してくれないか。それは迷惑な話だろうが、そう願わずにはいられなかった。自殺する気力もなかった。

「なんだあれ、女か?」
「よく見ろよ、男だろどう見ても。つか、ガキがこんな時間になにやってんだよ」
「うわ、なにあれ、血?」
「やば、警察呼んだほうがいい?」

 どうだっていい。どうぞ好きに笑ってくれ、それだけで本望だ。
 王子様なんて居ないんだ。そもそも、僕はお姫様なんかじゃない。ボロボロの足に、骨張った手のひら、いくら細くても女の子の丸みを帯びた華奢なラインにはなれない。滑稽だ。枯れていたと思っていた涙が溢れてきて、もうずっと何も口にしてない気がするのにどこから出てきてるのだろうかと思っていたとき、視界が影に遮られる。
 突っ張るような顔面の痛みを無視して眼球だけを動かしてそちらを向けば、そこには見慣れた顔があった。

「……何しにきたんだよ」

 安寿は、いつものようにかっこよかった。もう日付が変わる。あの女とは何回したのだろうか、どんな体位で、何回射精したのか。そう思うと腹立つのに、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、安寿は僕の体を引き上げるのだ。

「脳内お花畑の勘違い野郎のツラを見に来た」
「……っ、離せよ、この」
「あんなにショックだったのか?俺にセフレがいたことが。まじでガキだな。……いや、そうか、お前まだ中学生だっけか」

 笑われて、ムカついた。触るな、と安寿を突き飛ばそうとしたとき、逆に腕を掴まれる。鼻と鼻がぶつかりそうな距離、唇に息が吹き掛かりそうになる。

「……お前まじで馬鹿だよな、おまけにすげーピュア。面白えくらい俺の言うこと聞くのお前だけだよ」
「っ、死ね、殺してやる……っ、お前も、あのブスも」
「いじめっ子の一人や二人も殴り返せなかったお前ができんのかよ」
「……ッ!」

 思いっきり拳を握りしめる。血まみれの腕に激痛が走ったが、そんなの関係なかった。安寿の顔を殴ろうとしたが、力が入らない。そんなへっぴりパンチに、安寿は笑った。

「お前みてえなの、簡単に逃がすかよ」
「……っ、や、めろ」
「――愛してる、あの女は遊びに決まってんだろ。本当はお前だけが一番だ」
「……っ、嘘だ……そんなの……」
「ああ、嘘に決まってんだろ」

 一瞬、ほんの一瞬油断した瞬間だった。顎を掴まれ、唇を重ねられる。路上、それも人のいる道路のど真ん中でキスをされ、見てみぬふりして通り過ぎていく通行人たちの前、僕は何も考えられないほど体が熱くなるのを感じた。それは憤りだとわかった。この男が死ぬほど憎たらしいのに、弄ばれて、好き勝手利用されて、騙されて、悔しいのに、反応してしまう。半年間ほぼ毎日この男に慣らされた体は否応なしに熱を帯び、ぐずぐずになっていくのだ。

 濡れた舌に口の中を舐め回される。耳の、外し忘れていたピアスを撫でられ、下腹部がぎゅっと力が入った。
 スキニーの下、すでに膨れ始めてるそこを潰すように揉まれればそれだけで快感に塗り潰されそうになり、言葉を失った。

「や、めろ、この……っ」
「なあ、ヒロ……[[rb:末広 > まひろ]]、恋人ごっこはもうおしまいにしようぜ。これからお前は、俺の犬だよ」

 濡れた息に、濡れた唇。腹立つほど好きだった顔。けれど、それが今はどうだ。
 王子様なんていなかった。
 ……選択肢など、そもそも存在していないようなものだった。


 僕は、安寿の顔面にあの指輪の入ったケースを投げつけた。何度も捨てようとしてはできなくて、結局持ったまま逃げてきた代物だ。それはごとりと音を立て足元に落ちる。

「……勘違いしないでよ。犬はアンタだ」

 夢見がちなお姫様は死んだ。
 今いるのは死に損ないのクソガキと、王子様の皮を被った浮気ヤリチン野郎だけだ。そんなお伽噺なんて僕は絶対に認めない。
 引きつった安寿の顔を見た瞬間、胸の奥に味わったことのない悦楽が広がった。

 ◆ ◆ ◆

「なぁーんて、懐かしいよねえ安寿。覚えてる?この指輪のこと。僕はずーっと覚えてるよ、安寿の誕生日が近づくにつれ腸が煮えくり返りそうになる」
「っ、ん゛、は……それ、人のちんぽ舐めながら言う?……すげー萎えてきたし……」
「嘘つき、勃起してんじゃん」

 指輪は首輪になって、そんでいつの間にかにコックリングになって。体の相性だけは最高だった僕たちの関係は僕があの頃の安寿と同じ年になってもなんやかんや続いていた。
 ただ、あの頃と違うのは。

「なぁ、もういいだろ、ヒロ……挿れたい……っ」
「だぁーめ、まだ十分も経ってないじゃん。それに、今日は僕がいいって言うまでお預けって言ったでしょ」

 開いた尿道から露みたいに溢れる透明な液体に舌を絡めれば、安寿は声にならない声を上げた。勃起すればするほど根本をトゲが締め付けるそのコックリングはさぞかし苦しいことだろう。
 僕以外の女と寝た罰だ。本当はこの我慢を知らないチンポを去勢してやりたかったが、そんなことしたら僕まで痛手を負うのでやめてやったのだ。だから、その代わりだ。
 ふふん、と舌なめずりをしようとしたとき、下半身、下腹部を膝で押され、思わず仰け反りそうになる。ぐりぐりとイタズラに下腹部を刺激され、こら、と安寿を止めようとするが、駄目だ。僕自身、安寿に弱いのだ。

「ぁ、やめ、そこ……舐めちゃ……っ」
「ヒロ、頼むから手錠外してくれよ、じゃないと、お前のこと気持ちよくしてやれない」
「ん、で、も……ぉ……っ、だめ、今日は、僕が……ぁ……っんんぅ……っ」

 乳首を舐められ、舌でほじられ、軽く吸われる。今はもうぽってりと腫れたそこはそれだけでも恐ろしく気持ちよくて、下着の中既に濡れているのを感じながら僕は安寿に胸を押し付けた。

「このまま、して……」
「っ、ん、は……エロガキが……ッ」

 誰のせいだと思ってんだよ、という言葉は喘ぎになって消えていく。気付けば僕は下着を脱いでいて、すでに慣らしてたそこを自分の指で慰めようとすれば、安寿の目の色が変わるのだ。脚で器用に抱き込まれ、座らせられた安寿の膝の上。露出したお尻の下、跨るように谷間に嵌め込まれるチンポに口から熱い息が漏れる。

「まだ、駄目だって言ってるだろ……っ」
「……言いながら、腰動いてんぞヒロ」
「ぁ、ん、だって、これは……っ」
「っ、は、ヒロ……ッ」
「ん、ぅ……っ」

 入りそうなギリギリで腰を引き、よだれを垂らす安寿にキスをする。焦らしに焦らしたせいで焦点が合わさっていない目も、苛ついたように手錠を壊そうとする腕も、全部……愛しい。
 これは、復讐だ。僕のことをお姫様にしてくれなかった世界への復讐だ。
 手始めは、この男からだ。僕以外を愛せないように、僕以外を抱けないようにしてやるんだ。
 僕抜きのハッピーエンドなんて許さないんだから。

 【eND】

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