『試合の結果』

 ホイッスルの音が試合終了を告げ、梟谷の部員が対戦相手と握手を交わす。その様子を得点板の近くで見つめ、拍手を送る。

「よっしゃあ! 3回戦突破! ベスト8だな! もうこれって最強って事じゃね?」
「最も強くなる為には後3回勝たないと駄目ですよ」
「わーってるっての! 赤葦たまにはノってきてくれー!」

 コートからそんな事を言い合いながら戻って来る木兎さんと赤葦くん。そんな2人をまたか、という表情を浮かべてスルーしている他の部員。その光景がいつも通り過ぎて、安心する。どんな状況でもいつも通りを出せる事は実は凄い事や。そんで、梟谷はもし木兎さんが崩れてしまったとしても、周りの皆がカバーする。そんで、カバーしとう間に赤葦くんが木兎さんの事を立て直してみせる。プレースタイルがしっかりしとう。木兎さんの言葉を借りるならば、“最強”の布陣や。そやけど、ここは全国の強者が集まる場所。ホンマに最強を決めるには赤葦くんが言うた通り、後3回。そんで、その中には稲荷崎も含まれる。

「E-2コートも勝敗着きました!」

 偵察に行っとった部員が戻って来るなり声を張り上げる。

「どっち?」

 部員の言葉にいち早く反応したんは赤葦くん。

「2−1で稲荷崎が勝ちました!」
「……分かった、ありがとう」

 対戦相手の名前を聞くと自分の中に落とし込んで深く吸い込んだ息を吐き出す様にお礼を言う赤葦くん。……遂に、遂に来てしもうたんや。

「稲荷崎! やっぱ宮ンズかぁ! っしゃ! 敵に不足なぁぁし! 60分後に笑うのは俺達だ!」

 60分後に迫った4回戦。私は、梟谷を心から応援出来るか? その問いにハッキリとした答えは結局出せてへんままや。



「すんません。……って、なまえやないの」
「治!」

 試合前の練習を行っていると、スパイク練習を行っていた稲荷崎側からボールが転がってくる。それを拾うと、ボールと共にやってきたのは幼馴染の片割れ、治で。お互いにビックリしたような声が出てしまう。

「そら、そういう事もあるか」
「そやな。私ら今から対戦すんねやもん。逆に、こういう場面やないと転校した人間と鉢合う事ないか」
「そやな。あん時以来ぶりやけど、なんか、あれやな。なまえ、妙にスッキリしとるな」

 顔を覗かせる治と見つめ合って「そうか?」なんて返す。

「まぁ、あの後侑ともっぺん会うてちゃんと向き合う事出来たしな。北さんと、赤葦くんのおかげで」
「そうか。そら、良かったわ。ツムも一時はインハイ使い物にならんとちゃうかってくらいに落ちてもうてたけど、今喧しいくらいに気合入ってるし」

 治が見つめた視線の先で侑がふわりと綺麗にボールを浮かしている。その指先は今日も相変わらず10本で、しっかりとボールを支えとう。

「なまえ。梟谷に居るなまえにこんなん言うの、ズルイんかもしれへんけど。ツムにとって、なまえはバレーと同じくらいの価値があるんやと思う。あの、ツムがバレーと対等に感じるなんて、正直考えられんくらいや。でもその例外がなまえなんや。せやから、なまえ。稲荷崎の事は応援せんでええ。けど、ツムの事は応援したって欲しい」
「……、っ、」

 “うん”とか“分かった”とか、そんな事をとりあえず返しとけばこの会話は終わる。それは分かっとうんやけど、それが出来ん。まだ、迷っとうから。

「ごめん、こんな時に。混乱させたな。悪い」
「ううん、私こそごめん。応援したいて気持ちはちゃんとあんねやけど……」
「なんでなまえが謝るん。なまえはなんも悪い事してへんよ」
「ありがとう、治。“頑張れ”とは言えへんけど……。“頑張ろう”な」
「せやな。ええ試合、しよな」



 公式ウォームアップを終え、エンドラインに並んでホイッスルと共に「シアッス!」と張り上げながら挨拶を交わす。ベンチに戻り、監督の話を聞く皆。皆の表情は引き締まっとう。木兎さんも3回戦からええ集中力で来とるし、正に万全の状態といえる。
 そんで、ウォームアップを見っとた限りそれは稲荷崎も一緒。今日も相変わらずエグい応援やなぁ。この応援を何度頼もしく感じた事か。それが今は対岸に居るんやから、恐ろしい。
 せやけど、こっちだって東京から駆けつけてくれた吹奏楽部やチアの応援がある。どこにでも背中を押す声ていうのは溢れとう。その1つに私も加わらんと。

「梟谷ファイト!」

 梟谷の生徒やから、今は梟谷側に居るから、周りの声に合わせてそう声を発する。心の中にまだ迷いがあるのを感じながら。



 1セット目は侑のサーブで乱されて、梟谷は波に乗れへんまま落とした。そんで、2セット目は木兎さんの力強いスパイクで押した梟谷が奪い返して、3セット目。このセットを取った方が勝者。絶対に落とせへんセット。その思いが強ければ強いだけ、お互いが点を取り合う。その点の取り合いが重なる度に私の体は強張っていく。いつの間にか通行証の紐を両手で握るような格好で試合に見入ってた。ワクワクするように見入る試合は何度もあった。でも、こんなに心臓を殴られるような試合は初めてや。

――ピッ!

 そのホイッスルと同時に騒がしくなったのは稲荷崎側の応援。

 24−23で稲荷崎がマッチポイントを握ったから。もうタイムアウトも使い切った。梟谷としてはここを乗り切らんと明日は無い。しかも、次のサーブは侑。……侑が歩く6歩がえらい長く感じる。

 現実に流れる時間はほんの数秒。そやけど、その数秒間に私の脳内に夥しい量の思い出が流れ込んできた。

 10年以上ずっと一緒に居った侑。バレーにのめりこんでいく侑が放っとけんくて、気が付いたら侑自身から離れられんくなっとった私の人生。侑と分かりあえんまま来た東京。侑を思い出すから、稲荷崎の事自体思い出すんを封じこめて過ごしよった私に、優しさでその苦しみを溶かそうとしてくれた赤葦くん。離れ離れになった私に真っ直ぐに“好き”と言ってくれた侑。侑が好きな私をも受け入れて、隣に居ろうとしてくれる赤葦くん。

 “応援するのは稲荷崎か?梟谷か?”

 その答えはもう、ハッキリとなんて出せへん。白黒付けろて誰かが言うんやったら、私は“両方や!”て大声で言うたる。それが私の答えや。

 “応援するのは宮侑か?赤葦か?”

 でも、この問いに関しては違う。今、ハッキリとした。私が応援したい人。それは1人。頭に強く、焼き付く様に居るその人物の名前を私は強く叫んだ。

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