『抜いてくれた人』

「頑張れ! 赤葦くん!」

その言葉を生きてきた中で1番出したといえるくらいの大きな声で赤葦くんに向けて放つ。
その一瞬、赤葦くんの体がピクリと動いたのが分かった。でも、赤葦くんの瞳はコートの中から揺らがない。それでええ。やって、ちゃんと届いたて分かる。赤葦くんやもん。今までずっと見てきてくれたんやもん。私の声を聞き逃すハズがない。自惚れやろか。でも、違うって直ぐに自信持って否定出来る。それくらい、赤葦くんは私に愛情をくれたから。

侑のボールはそこにいく事が決まっていたかのように、鋭い放物線を描いて赤葦くんの下へ放たれる。そのボールを受けた赤葦くんの腕が何とか上げようと鈍い音を鳴らして受け止めるが、勢いは止まらず、そのままコートの外へと軌道を変えて、地面に落ちて行く。

主審の人が長く吹いた笛と共に試合が終わりを告げる。

「ええ試合やったでー!」
「優勝もこの勢いで掻っ攫うで!」

稲荷崎の応援団から聞きなれたヤジが飛んでいる。昔は良くそのヤジに混ざっていたもんやと、そのヤジを聞いてまた懐かしい気持ちが流れ込んでくる。

そんな稲荷崎の応援席に負けへんくらい、梟谷の応援席も梟谷の部員に賞賛の声を送っとう。そんな賞賛の声を送られとう皆の顔もやりきったて顔してるから、この試合はええ試合やったて思える。例え、負けてしもうたとしても、清々しい気持ちになれるんやったら、それは間違いなくええ試合なんや。

皆、お疲れ様。ええ試合をありがとうな。

そんな気持ちを私も拍手に変えて送りだす。応援席に一礼し終えた後、ベンチに向かって歩いて行く皆。私も皆の下に行きたくて、得点板の下から駆け出す。そんな私に気が付いた赤葦くんが1人だけ群から抜けて、私の下へと進路変更し、真っ直ぐ突き進んでくる。

「赤葦くっ……!」

 そんでそんまま止まる事なく、私の下に来てくれた赤葦くんは私の事を抱きしめる。強く、壊れ物を扱うかのように、優しく。
 その腕の中が私には温かすぎて、試合に負けた事に対しての涙は出んやったのに、今、赤葦くんの優しさに触れた途端、涙が止まらんくなってしまった。

 何度、この優しさに救われたんやろう。何度、苦しさを受け止めてくれたやろう。棘である侑とちゃんと向き合わせてくれて、前を向かせてくれたんは赤葦くんや。そんな赤葦くんとずっと一緒に居って、見えた新しい道。私は赤葦くんと、これから続く道を隣で一緒に歩きたいて思う。

「赤葦くんが好き」

 赤葦くんにしか聞こえんくらいの声でそう囁くと更に強まる抱擁。抱き締められるくらいに強いハズなのに、優しさで包まれとうような感覚。ああ、赤葦くんがここに居る。

「赤葦くん、そろそろ戻ったが……」
「そうだね。ごめん、みょうじさん」
「ううん、ありがとう。また、後でな」

 腕の中に居る私を解放し、私を見つめた後駆け足でベンチに向かって戻って行く赤葦くん。そんな赤葦くんの事を監督は少しだけ怒っていたものの、他の皆はどこかニヤついた表情で迎えいれる。私と赤葦くんを交互に見つめて目を白黒させている木兎さんを除いて。



「なまえ」

 クールダウンを行う選手を待っている間に用具の片付けを行っていると、侑がやって来て私に声をかけてくる。

「準決勝、進出おめでとう」
「ありがとう。……なぁ、なまえ」

 何度も聞いた、侑が私を呼ぶ声。楽しそうに呼ぶ声も、怒ったように呼ぶ声も、苦しそうに呼ぶ声も。色んな侑の声で私を呼ぶ声が再生出来る。でも、今私を呼ぶ侑の声は今まで聞いてきたソレとは違う。優しいような、寂しいような、そんなノスタルジーな声。その声は、私達の未来を予想しとうみたいや。

「私、ちゃんと侑の事も考えた。侑の事は今でも好きや。……けどな、私それ以上に赤葦くんの事が好きになってた。私は、赤葦くんの事が好きってハッキリ言える。……侑は私以外は考えられんって言うてくれたけど、私もずっとそうやった。侑以外の人を好きになれへんって思うてた。……でもな、侑。人生分からんモンやで? 私がそうやったみたいに、侑には侑の幸せが絶対にあるハズや。一生独身は無いんやろ? その意味の分からん自信持って、これからも前見て進んでや。私、侑が魅せるバレーには惚れてるし。これからも幼馴染として、侑の事を応援させて。……侑、私の事好きでおってくれて、ありがとうな」

 侑は私の話す言葉を耳に落としこむように、瞳を閉じて、私の声だけを拾っていた。そして、全ての言葉を脳内に届け終えると、私が大好きで堪らんやった瞳に私を映し出す。


「絶っっ対に後悔させたるからな。……逃した魚は大きいんやで」

 その表情は自信に満ち溢れとう。その顔、私は好きや。侑にはずっとその自信を持って突き進んでいって欲しい。私の事をも糧に変えてみせてや。侑やったらそれが出来ると思う。

「はは、そうかもなぁ」
「……なまえ」
「ん?」
「幸せにならんかったら、許さへんから」
「……ん。そこは心配せんで。赤葦くんやから、大丈夫」
「せやな。なまえが選んだ男やもん。間違いあらへん」



「みょうじさん」

 侑と別れた後、クールダウンを終えた赤葦くんがやってくる。他の部員のフォローのおかげもあって、私達はホテルに帰るまでの少し空いた時間を2人きりで過ごさせて貰う事になった。

「ごめん、木兎さんがしつこくて。巻くのに苦労しちゃった」
「あはは、あん時の木兎さん表情面白かったもんな」
「逆にあれだけ一緒に居て、気付かれてなかった事に驚きだけど」
「それが木兎さんやん」

 それもそうだね、と呆れた様に笑ってみせる赤葦くん。そんでその表情を少しだけ真顔に戻して、私へと向ける。

「試合中、みょうじさんの声が聞こえた」
「うん。せやろうなって思うた」
「みょうじさんから応援して貰えた時、今なら5セットくらい取れるって思えたよ。……実際は上手くいかないものだけどね」
「5セットて! それ何セットマッチなん?」
「みょうじさんの言葉はそれくらいパワーがあるんだよ。俺にとって。そんなみょうじさんが俺の事を名指しで応援してくれたら、そう思うに決まってるでしょ。君は俺にとってズルイくらい特別な存在なんだから」

 赤葦くんの表情はとても甘い。心臓をキュンとさせる。

「そら、私にとっての赤葦くんも一緒やで? 赤葦くんやって、ズルイわ。私の心に刺さってた棘を抜いて、ちゃんと手当てしてくれて、優しさで治してくれたん、赤葦くんなんやもん。そら、好きになってまうわ」

 多分私の顔も赤葦くんと同じように甘いんやろうな。でも、仕方ないよな。好きで仕方ないんやもん。


「もう1回抱き締めて良い?」
「そんなん、言われんくてもこっちから抱き締められに行くわ」

 そう言って思い切り赤葦くんの腕の中に飛び込む。好き。堪らん好き。


「侑が後悔させてやるて言うてた」
「……そう。でもそこは安心して。俺を選んでくれた事を後悔なんてさせないから」
「ふふ、楽しみ。赤葦くん。好きやで」
「もっと言って欲しい」
「好き。……好きや。赤葦くん」
「もっと」
「……ちょっと私のが言い過ぎとちゃう? 赤葦くんの気持ち、全然聞けてへんのやけど」
「俺も。好きやで」
「あはは! なんで関西弁やねん! イントネーションおかしいわ!」

 赤葦くんに抱き締められると、凄い落ち着く。何も怖いことなんてないと思わせてくれる。もし、怖いって思う事があっても、赤葦くんが側に居ってくれるんなら大丈夫やって思える。……そんな人、この世で1人しか居らん。

「あの時、キス出来なかったの、今リベンジして良い?」
「うん。ええよ」

 即答した私に微笑みを向けた後、柔らかくて温かい赤葦くんの唇が落ちてくる。一瞬だけ触れたそれは直ぐに離れて、目と鼻の先へと戻って行く。……正直、そんなんじゃ足りひん。

「……そんだけ?」
「……ズルイ人だ」
「知らんやったんか?」
「……知ってる。好きだよ、みょうじさん」

 赤葦くんの隣に居れるこの瞬間がほんまに幸せ。赤葦くん。私と出会ってくれて、ほんまにありがとう。私を好きになってくれて、ありがとう。大好き。


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