透きとおっていく日々に



 眩しい程の光が空から降り注いでいる。当たり前だが僕は外に出て上を向くことなど出来なくて、けれど隣にいるあの子も今日ばかりはどれだけ体調が良かろうと外に出ようとはしなかった。

「暑いねぇ」

 蝉の鳴く声が響く。季節は夏を迎え、噎せ返るような暑い日が続いていた。気温の変化はそれほど苦痛では無いが、今日は一段と暑く、少しだけ居心地の悪さを感じる。
 呟いたあの子に視線を向けてみれば、薄らと頬は赤らみ、首筋には少しばかりの雫が浮かび上がっていた。やはり人間にはこの暑さは少々厳しいようで、縁側には居るものの、陽の当たらない場所に座っている。何故だかそれが少しだけ嬉しくて、触れられそうで届かないこの距離感がもどかしく感じた。

「陽が落ちれば少しは涼しいのだけどね」

「君はすぐ寝ちゃうからね」

「あらあら拗ねてるの?」

 拗ねてなんか。と、振り向こうした瞬間、ふわりと風が頬を撫で、縁側に吊るしてある鉄製の風鈴がチリン、と音を立てる。この長閑で心地の良い空間を壊したくなくて、思わず開きかけた口を噤んだ。

「今日は何か用事でもあるの?」

「……無いよ」

「じゃあ、今日は夜まで此処に居たらいいじゃない」

 そうしたらもっと沢山お話出来るでしょう?と、あの子が優しく微笑んだなら、僕はあっという間に気分が良くなった。
 しかし、そんな簡単な自分が何だか面白くなくて、思ってもいないのに「随分と危機感の無い」と呟けば、それさえも分かっているような顔をして微笑むのだから、暫くはあの子には勝てそうに無いな、と諦めた。
 気分は良いままであった。







 この陽差しだけは変わらないものだなと、笑ってしまいたくなったのは決して自傷では無い。
 茹だるような暑さが続き、夏休みに入ると、校内は普段とは打って変わってしんと静まり返っている。
 生徒がいない間はクーラーが付いてないので随分と校内は暑い。さっさと応接室に戻ろうと思ったが、気が付けば僕はあの子によく似たみょうじなまえと会話をした図書室へと向かっていた。
 職員室で来校時間を記入すれば、夏休み中にも校内に入ることが出来る。最も、補習などもあるので校内には毎日先生も居れば、見回りのために僕も数日に一度は此処を訪れている。図書室は勉強する場にもうってつけであるので、常にクーラーが付いており、ちらほら生徒も訪れているようだった。
 今日もまた、誰かが図書室にいるらしい。別人であると分かっているのにみょうじであることを願いながら扉を開けてみる。
 僕は少しだけ驚いた。

「こんにちわ」

 願いが届いたのだろうか、図書室に訪れていたその一人の生徒はみょうじであった。少しだけ驚いた様子で目を見開いた後すぐに、笑顔を浮かべながら挨拶をする。
 それに返すことなく、あの時と同じように目の前に立つ。彼女は今日も本を読んでいるようで、少しだけ沈黙が続いたあと、おずおずと背表紙を見せてきた。

「……借りますか?」

「いらないよ」

「雲雀先輩、ですよね」

「そうだけど」

「……先輩は夏休みでも毎日学校に来ているんですか?」

 物怖じしない性格だなと思った。大抵の者は僕のことを知っていれば近付くこともしなければ、話しかけることなどまず無い。そういえばあの子と初めて会った時も似たようなことを思ったなと、遠い昔のことをぼんやりと思い返した。

「たまに見回りに来てる」

「へえ、大変ですね」

「……大変だと思うかい?」

 問うた後、みょうじはゆっくりと一度瞬きをしてから申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさい。勝手に決めつけて言いました」

「別に怒っていないよ」

 その言葉に彼女は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。

「本を読みに来たの?」

「はい。ここは沢山あるので」

「ふうん……帰る時は必ず職員室に寄りなよ」

 思えばこんなに長く会話を続けたことも久々だったが、不思議と嫌な気持ちにはならなくて、寧ろ心地良さまで感じられたような気がした。
 踵を返し、図書室から出ようとした瞬間、背後から「見回り、ありがとうございます」と、言葉を投げかけられ歩みを止めてしまったが、振り返ることなく図書室から退出した。
 満更でもなかったのはあの子と同じ声だったからだ。


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