I want to bite you to death! | ナノ
あの惨状を、もう二度と(雲雀)
・「子ども組の前夜」と関連性あり







赤い鮮血、うずくまる姿、
がくりとうなだれた、黒い後頭部ー。


『……り、逃げ、ろ…』


フラッシュバック。

かろうじて走り出さなかったのは、ぎりぎりで残っていた理性が、コレはあの時と違うと告げたからだった。




「…いっ、た……」

微かに漏れ聞こえた声に、我に返る。
はっと視線を動かせば、トレーニングルームの白い床に座り込み、腕を強く握りこんでいる少年の姿が目に映った。

小柄。細く、脆い。そして、幼い顔付き。
だがその顔は苦痛をあらわにせず、わずかに眉をひそめている程度だ。
この歳ですでに、彼は苦痛を抑える方法を知っている。知ってしまっている。
炎を消し、トンファーを匣にしまう。

「ははっ、大丈夫だってロール……んな泣くなよ。って、うわっ、やめろよケル!腕舐めようとすんな、痛いっての!」

腕を押さえる雛香の周り、通常サイズに戻ったロールがキュウキュウと半泣き状態で駆け回っている。
その横、主人に怪我を負わせたショックからか、大型犬サイズに縮んだケルベロスも、雛香の体にすり寄り3つの舌で腕を舐めようとしていた。

その姿を見ながら、足を踏み出す。
一見、和やかに見えるその光景の中でー唯一、異質なほどにくっきり浮かび上がる、赤い血の色。
雛香の白い腕をつたい落ちていく、鮮血の色だ。


ー雲雀、早く、俺を置いて…

困ったように笑んだ、苦痛に満ちた瞳。



「…君、どいて」
「え?ちょっ、」
無理やりケルベロスをどかし(この怪物はどんなサイズになろうとかなり重いのだ)、いきなり腕を取った雲雀に雛香が困惑した声をあげる。
だが雲雀にかまってやる義理はなく、そのまま無遠慮に雛香の手首をむんずと掴んだ。

「った!おま、加減ってものをな、」
「…深い」
「は?」
「傷が深い」
「あ、そう…て、そりゃそうだろ。お前自分の匣兵器の威力、知らねえのか」

知っている。
だからこそ、彼の匣兵器だけを狙ったのだ。
まさか、そこに雛香自身が飛び込んでくるだなんて、そんなこと。


『…怪我は、ない、か?』


ーまただ。
また、彼を。自分のせいで。
球針態に閉じ込めてしまった時、もう二度と、と決意したはずだったのに。


「……雲雀?」


不思議そうに、不可解そうに雛香が下から見上げてくる。
その瞳はいつだってまっすぐで、そして澄んでいて。
最期の時ですら変わらずに、いつだって強く、切り裂くように見据えるのだ。

この、自分を。



「……手当て、するよ」
「え?え、そりゃ、ドウモ」
「今日、宴会なんでしょ、君」
飛んだ破片でもかすったのか、雛香の頬にはうっすら切り傷ができていた。
そっと、指先で触れる。
「あ、うん。て、うわ!」
「…何」
「時間がヤバイ」
雲雀の手首、はめられた腕時計を指さし雛香が青ざめる。

「あーあ、どっかの誰かさんがいつまでもやめないから…」
「何それ?だいたい、君はいつまで経っても僕に傷ひとつ付けられないじゃない」
「はあ?言ったな、このやろ」

むっと眉を寄せる雛香に、己の本当の内心は告げられない。

ー宴会なんて、行かなければいいのに。

告げられる、はずがない。
だって、彼は。

「…ちょっ、お前な、雑だっての巻き方!」
「宴会遅れるんでしょ?早くしてあげてるんだよ」
「その上から目線は何なんだよ!誰のせいだとおもってやがる!」


噛み付く、その顔も瞳も仕草も目つきも、
いつまでも変わらない、そして変わらないのに。



『……愛して、るから』


変わらないこそー踏み切れないのだと思う。
あの惨状がもう一度起こったその時、


きっと、自分は正気を保つことができないから。




「…マジで遅刻確定なんですけどこの戦闘狂。どーしてくれんだよ、雛乃達と騒げんの楽しみにしてたのに」
「あっそ。せいぜい群れてれば」
「いった!おまえっ、わざとだろ!んだよこれ!」
「遅れるんでしょ?早く行きなよ」







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