ハロウィーン

 旧暦神無月である十月。その末日にあるイベントといえばハロウィーンだ。仮装をした子ども達が近所の家を訪ねて「トリック・オア・トリート――お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ――」と言うのだ。元はヨーロッパの民族行事で様々な所から文化を取り入れている日本でもそのイベントは行われている。しかし、俺は全くハロウィーンなんて行事を楽しんだことがない。世間がハロウィーン一色になっても、俺としてはもう十一月か、寒くなるなとしか思わなかった。近所の餓鬼共が訪ねて来たことはあったが、面倒で出たことは無い。そんなこんなでハロウィーンを一度も経験したことがなかった俺だが……。

「おはよ〜! トリック・オア・トリート!」

 ……まさか杷木千尋になってから経験することになろうとは露程も思わなかった。
 事は十月三十一日の早朝。いつも通りの時間に起床し、いつも通りの朝食を摂って、いつも通り食後にテレビを点けて馴染みのニュースを見る。そう、いつも通りだったそれを邪魔するようにチャイムが鳴ったのだ。一は猫の様子を見に行っていていないから俺が出るしかない。そもそも、ここを訪ねてくるのは殆ど俺の客だから俺が出ないといけないんだけど。ドアスコープ覗いて王道桜木だったら無視しようかなと思いながら玄関へ足を運ぶ。ドアスコープを覗くと、ニコニコと笑みを浮かべている了の姿があった。俺はチェーンを外して扉を開く。――そして開口一番に言われた言葉があれだ。
 そういえばニュースでハロウィーンだと言っていた。俺には関係ない行事として認識していたから目を見開くと、了は不思議そうにして、その後ニヤリと笑った。

「あれれー、若しかしてお菓子持ってない? ……ってことは俺、悪戯しちゃってもいい!?」
「いや、探したらあるかも…」
「ええー…」

 酷く残念そうに眉を下げた了。今度は俺が不思議そうにする番だ。了ってもしかして俺に悪戯したいほど鬱憤でも溜まってんのか…? あ、若しかしたら王道桜木にストレス溜められたのかもな。それで俺に矛先向けられても困るけど。
 取り敢えず了を部屋に入れてソファに座らせて台所を探した。確かあった筈だけどなあ、と思い出しているとドアの開く音がした。あ、一が帰ってきたのか? そこでしまったと舌打ちする。何故か一、御手洗の二人を了は良く思っていないのだ。一も了をあまり好いてはいないらしい。御手洗は腐男子だという趣味を除けば普通でいい奴だから了のことは嫌っていないみたいだけど。

「…何でここにいるん」
「別にいいでしょ、俺がここにいたって。俺と千尋は仲良しだもんねー」
「良くないっちゃ、ここは俺の部屋でもあるんやけん。それに俺と杷木だって仲良しちゃ」
「おいおい、何張り合ってんだよお前。あ、でも俺も杷木とは仲良いからな!」

 いや、結局お前も張り合ってるんじゃないか、それ…。つか、悪いタイミングで御手洗が来たよなあ…。和解してから何度と無く部屋には遊びに来たが、了が居るときに来たのは初めてだ。

「何で不良くんもここにいるのさー! っていうか、千尋と一番最初に友達になったの俺なんだから!」
「時間なんて関係ないばい。餓鬼かテメェ。しかもテメェは杷木のこと虐めっとったんやろ」
「う、そ、それは昔の話だし…」
「耳が痛いっす…」

 前科がある了と御手洗は何とも言えない表情になる。俺はもうお菓子とか探している場合ではないと思い、睨み合う一と了の間に入った。

「ストップ、取り敢えず皆座って」
「お、杷木。はよ」
「はよ、御手洗。お前傍観してないで止めてくれよ」
「や、それはすまん。ちょっと萌えをだな」
「あっ、千尋ー。お菓子見つかったー?」
「いや…」

 まだあんまり探してないっていうかこっちが気になって仕方なかったから戻ってきたんだけど…。そう言おうとすると、一が首を傾げる。

「菓子? 菓子探しとん?」
「ああ、まあね。あったっけ?」
「いや、ない」

 そうか、ないのか……えっ、ない!?

「へえ〜、ないんだぁー。じゃあ千尋、悪戯決定だね」

 チェシャ猫のようににんまりと笑った了に、自然と足が後退りする。そんな俺と了を交互に見て、一が首を傾げる。

「何なん、菓子がどうしたんちゃ」
「ハロウィーンだから、今日」

 ああ、と一が呟く。俺と同じで興味ないみたいだ。
 さて、どうしよう。


→1.悪戯される
→2.一を見る
→3.御手洗に話しかける

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