29.夜空を彩る星は遥か遠く

 馬に飼い葉を与えた真琴は古城へ戻ろうと外を歩いていた。夜のしじま。城からは暖かみを感じられる明かりが僅かに漏れて見える。ふいに香る胃を刺激する匂いは、きっとペトラが遅い夕飯の支度をしているのだろうなと思った。

 一人では大変だろうと厨房へ向かう。数人が談笑している食堂を通りすぎた。
 緊張の顔のまま塗り固めてしまったのではないかと思うほどに表情がなくなってしまっていたエレンは、いまや何とか笑顔が垣間見れた。エルドたちも穏やかな面持ちで、先輩として何やら助言や調査兵団にまつわる七不思議などを訊かせてあげているらしかった。

 食堂を抜けて廊下を少し進んだところまで来ると匂いが強くなってきていた。真琴はマスクをしながら角を曲がっていく。
 厨房の入り口付近でオルオが突っ立っているのが見えた。そわそわと立ち往生しているようだ。
「どうしたの? オルオ」
 近づきながら声を掛けたらオルオがぱっと振り向いた。わたわたと両手を振って囁き声で叫んでいるが、よく聞こえない。
「なに? 聞こえないよ。入らないの? ペトラを手伝いにきたんじゃないの?」
 と話しかけるとオルオはさらにわたわたとする。自分の口許に人差し指を添えた。

 首をかしげながらオルオのそばまで辿り着いた。彼は厨房に入ろうとする真琴をなぜか阻止してくる。声を出してほしくないようだからただ首を傾けてみせた。厨房入り口脇の壁にオルオは張りついたままだ。
 わけのわからない態度に不信さが湧いてくる。そんなおり男女の声が微かに聞こえてきた。

「兵長。昨日はずっとこちらにいらしたんですね」
 扉の取り外された厨房。中からクリアでないやや籠った女の声がした。ペトラのもので、彼女の言葉からは一人でないことが窺える。一緒にいるのはリヴァイのようだ。

 そういうことかと真琴はオルオを見た。元気がなさそうに頭を垂れている彼はペトラを手伝いに厨房へ来たのだろう。が、リヴァイに先を越されてしまって入るに入れない状態なのかもしれない。
 厨房は手が充分なようだ。だというのに動けずにいた。隣のオルオもそうなのかもしれない。盗み聞きする気はないのに足が動かないのだ。

 中からリヴァイの声が聞こえてくる。
「俺はずっとここにいるだろ」
「知ってるんですよ。夜一人でどこかに行かれてるの」
 それに対してリヴァイは答えない。
「心配なんです。ただでさえ問題が山積みで兵長は忙しくされてるのに、夜まで身体を酷使されてたら」
「酷使。何に酷使しているか分かってんのか」

 そう言ったリヴァイの口調の節にはからかいが含まれているように思えた。いまどういう表情をしているか真琴には情景が浮かぶ。
 黙りこくるペトラは顔を真っ赤にしているに違いない。軽い悲鳴と一緒に金属が床に落ちる音が聞こえたからだ。

「危ねぇな、包丁を落とすな」
「す、すみませんっ」
「俺に謝ったって意味ないだろ。――怪我はなかったか」
「だ、大丈夫ですっ。ありがとうございます」

 壁に寄りかかる真琴は、眼を伏せてするともなく床に突いた爪先を揺らしていた。オルオも頭を垂れたままだ。
 何かが煮立つ音がするのに妙に静かな気がする。そんな感覚に陥っている中でリヴァイの声が空気を揺らした。

「余計な心配をしなくていい。俺は大丈夫だ」
「その言葉はありのままに受け取れません。もうずっとそばでお供してるんです。兵長が疲れを見せないよう振る舞っていても私には分かります」
 包丁を叩く音がしばし続き、
「ペトラも疲れてるだろ。人のことなど構って神経すり減らすな。お前は気を回しすぎだ」
「平気です、これぐらい全然。私はただ兵長が」
「大丈夫だ。今夜もいる」
「そ、そうですか。よかったっ」
 ほんのり嬉しそうな声がして、リズミカルな包丁の音が響いてきた。

 息を潜めている真琴とオルオは、悪戯が露見しそうになって母親から身を隠している子供のようだ。ちょっと身じろぎした彼が小声で言う。
「も、戻らないのかよ。食堂に」
「オルオだって」
 オルオの垂れた頭が厨房の入り口を見る。
「やっぱりペトラのやつ……兵長のこと」

 そこまで言って口を閉ざしてしまった。先を言うのが憚られたのかもしれない。彼のまとう雰囲気は明らかに気落ちしていた。
 その気分はこちらにまで伝染してくる。
(ううん、違うわ)
 そうやってオルオのせいにしているだけだ。胸にわだかまる何とも言えない虚無感は、真琴自信が生み出しているものだとしっかり認知していた。

「ペトラが憧れるのは仕方ないよ。リヴァイ兵士長はそれだけカリスマ性があるんだし。オルオだってそうじゃん」
「俺が兵長を尊敬してるのと、ペトラのそれとはどう見たって違うだろ」
「……妬いてるの?」
「……そんなのはねぇよ」
「どうして? 好きなんでしょ」
「……敵わなすぎて何にも思わねぇ」

 ぼそぼそと吐露するオルオがひどく不憫に見えた。
 口許に微かな笑みを乗せ、
「弱気でどうするの。俺に振り向かせてやるとか思わないわけ?」
 と言った真琴は、汚泥が浸食していく気分の悪さを伴っていた。

 発した言葉は明らかにけしかけたものである。オルオの恋路に肩入れすることは何ら悪くないと思う。が、その中には真琴の私情が多く含まれていた。リヴァイからペトラを遠ざけてほしいという思いが。
 と省察しているとひどく嫌な女に思えてくる。これ以上嫌な自分を見つける前に立ち去ったほうがいい、そう思うのにやはり足が動いてくれないのだ。

「さすがに兵長相手じゃな」
 呟き声は諦めたような寂しい笑みを見せたオルオのものだった。

 厨房からは楽しげな声が聞こえてくる。
「なんだこりゃあ」
 リヴァイの平淡な口調がして、ペトラの恥ずかしそうな声がした。
「やだ、変な人参っ」
「先っちょが二股に分かれてる。女のように見えてこないか?」
「言われるとそれにしか見えないですねっ」
 控えめなペトラらしい笑いが聞こえてきた。どういう人参なのだろうと想像するよりも侘しい溜息が先に出てしまった。

「もっと変なのがある」
 とリヴァイが言ったあとで、ペトラの照れ笑いみたいな声がした。
「やだぁ、兵長ったら」
「俺はまだ何も言ってない。お前、どういったものを想像して笑った?」
 平淡な声色だが、やはりどこか揶揄が含まれていそうに聞こえた。

 オルオが力ない笑みを見せてくる。
「楽しそうだな。一体どんな人参なんだか」
 俯いて答えない真琴を、オルオが控えめに覗き込んできた。
「何で真琴まで落ち込んでんだよ」
 え? と真琴はのろく顔を上げて、「そう見える?」と答えた。

「まさかお前ペトラのこと……?」
 とリヴァイに対してとは違う、少々勝気な視線を寄越してきた。(くだらないこと言って)と思いながら真琴は緩く首を振ってみせる。
「そんなわけない」
「それならどうしてだよ?」
 伏せた視線を彷徨わせ、「オルオの気持ちに同調しちゃったんだよ」と曖昧に応じた。

 リヴァイと同じ世界で生きるペトラが真琴には羨ましかった。しかしペトラから見れば真琴のほうが羨ましく見えるのだろう。正確にはマコのほうだけれど。
 どちらが贅沢な羨望なのか思議するまでもないのかもしれない。それなのにペトラが羨ましく思えてしかたなかったのだ。

 気ままな声が廊下に響き渡ったのはそんなときだった。
「腹減ったなぁ」と腹をさすり、「お前らそんなところで何突っ立てんだ?」と不思議そうに首をかしげたグンタだった。
 そこそこ大きな声だったのでオルオが張りついていた壁から身を離した。
「せ、先輩っ」
 と囁き声で叫んで慌てた様子で口許に指を当てるが、

「何してる、お前ら」

 扉の枠からひょっこりとリヴァイが顔を見せた。
 オルオはあからさまに挙動不審なさまで、
「あ、あの、ぬ、盗み聞きしようと思ったわけじゃなくてっ」
 と顔の前で手を振った。
「なるほど。盗み聞きしていたのか」
 緩急のない口調でリヴァイがそう返してきた。

 さらに動揺するオルオを尻目にリヴァイが視線を注いできた。瞬きを忘れている真琴を彼はまじまじと見てくる。
 オルオほど狼狽えてはいないが真琴の胸の内は渦潮で荒れ狂っていた。それが嫉妬という渦潮なのだと気づかされたのはリヴァイの顔を見た瞬間であった。
 奇妙なものを見るかのようにリヴァイは眼を細めてきた。逸らせない視線が外れたのは、リヴァイの背後からペトラが顔を出したからだった。

「どうしたんですか?」
 おお、とグンタが快活に口を開けた。
「飯はできたか? みんな腹を空かせてるぞ」
「みんなって」ペトラはくすっと笑い、「一番お腹を空かせてるのは、グンタ先輩なんじゃないんですか?」しきりにさすっているグンタの腹部を見る。
 まぁな、とグンタは照れくさそうに後頭部を掻いてみせた。
「もう用意できたんで運ぶの手伝ってもらえますか?」
 とペトラは言い、
「ちょっとっ。ぼけっとしてないでオルオも手伝ってよねっ」
 上から物を言う感じでやや怒ってみせた。

 オルオとグンタが厨房へ入っていこうとする。けれど真琴は作り笑いをして一歩ずつ退行していく。
「ぼ、ボク……そうだっ、馬に餌上げてきますっ」
 そう言って方向転換した直前に、「さっきやったって言ってなかったか?」とグンタの妙ちくりんな声が後ろから聞こえてきた。だから真琴は心の中で、「バカっ」と羞恥やら不体裁さ混じりに悲鳴を上げたのだった。

 ※ ※ ※

 静まり返った廊下を足音を控えながら歩き、真琴は屋上へと向かっていた。墨色の寝袋を両手で抱き込んでいる。
 屋上へと続く螺旋階段の手前まで来たときだった。

「どこへ行く」
 声の主はリヴァイだった。真琴は向き直る。
「屋上へ行ってきます」
「そんなもん持って何をしようっていうんだ」
 リヴァイの視線が抱き込んでいる寝袋に下がった。
「夜空を見ながら寝ようかと思って」

 今夜は雲もない。ひっそりとした空間に一人でいるのは息が詰まる。だから星に囲まれながら寝ようと思った。寝袋があれば秋風も寒くないだろう。
 松明などない、やや不気味さを感じさせる石壁の廊下。リヴァイの足許の影が動く。ブーツの音が慎ましく響いた。
 真琴の持つオイルランプと、リヴァイの持つオイルランプの明かりが重なる。

「一人でか」
「可笑しな質問ですね。食堂にいたって一人ですし」
 肩を竦めて頬を緩めてみせた。
 リヴァイが視線を落とす。影が映り込む表情は端正さを際立たせ、いやに色気が帯びて見えた。
「もう行っていいですか? 心配しなくても悪さなんてしませんよ」
 首を傾けて真琴は両の口端をしならせた。頬が自分のものと思えないくらい、糊の張ったように突っ張った感じがした。
(悪さね……)
 何を言い開きしているのかと悲しくなった。リヴァイが危惧しているようなことなど微塵も考えていない。

「別段思っちゃいねぇが」
 静かな声に、「うそ」と心の中ではっきりと言い返した。
 真琴が反応しなければ会話も続かないので何も言わずに背中を見せた。階段を登っていく背中に声が掛かることはなかった。

 石畳が割れて、粉々になった小石があちこちに散らばっていた。寝袋を敷いたときに背中に当たって痛くならぬよう、そのスペース分だけ邪魔な石をどけた。
 寝袋にすっぽり覆われている真琴は、からっぽな思念でただ空を仰いでいた。
 風はない。凛とした冷気が頬から熱を奪っていく。それでも身体はしっかりと防寒されているから寒いとは思わなかった。

 小石の転がる音がして眼だけをそちらへ動かした。黒い靴がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。視線を上げて確認した人物に真琴は眼を丸くした。
「どうして」
「星を眺めながら寝るなどと、乙なことを思いつくじゃねぇか」
 そう言って持参してきた寝袋を真琴のそばに敷く。寝袋に潜り込むのをただ見つめていた。
 不快そうにリヴァイが身じろぎする。
「クソ、背中に違和感がある」
「ちゃんと小石を払わないと」
 小さく笑って夜空に視線を戻した。

 さっきまで真琴の瞳に何も映さなかった空は、幾千もの星が散っていた。瞬く星々を見て素直に綺麗だと思えるのは、きっと感動を分かち合う人間が傍らにいるからだろう。

「秋の夜空は綺麗ですね。夏に」
 見たときよりも、そううっかり言いそうになった口を噤んだ。
 カラネス区の壁上でリヴァイと一緒に眺めた夜空と比べてしまった。あのときはマコだったのだからこんなことを言っては混乱させてしまう。――わけの分からないことを口走っていると。
「ああ……」
 隣で頷いた気配がした。夜空が綺麗だと真琴の言葉に返してくれたのだと思った。

 寝袋に収めていた肩を出し、空に向かって手を伸ばしてみた。手のひらに乗ったように見える星を、包もうと指を曲げたときだった。
「星は掴めそうか」

 思わず細く息を吸い込んだ真琴の鼓動は激しく波打っていた。
 いつかを思い出してつい動揺してしまったのと、入り混じるように胸の高鳴りを覚えていた。考えてみればこの行為に対してそう思うのは特別不可解ではない。そう自分に納得させる。
 握った手はあのときと同じようにやはり宙を掴んだ。

「だめでした」
 苦く笑い、
「だって掴めるはずがありません。ずっと遠い遠いところに星はあるんですから」
 腕を降ろしてリヴァイに顔を向けた。次の瞬間真琴は眼を見開いて、瞬く星のように瞳を揺らめかせることになる。
「一つぐらい、捕まえられてもよさそうなもんだが」
 腕を伸ばしているリヴァイが手を開いたり結んだりしていた。それが星を掴もうとしている動作だったから意外で驚いてしまったのだ。

 子供のような行為を一緒にしてくれていることがとても嬉しかった。諦めた手をもう一度空へ向かって掲げる。何度も宙を掴むけれど、届かない星をどうにか捉えられないかと何度も掴んだ。
「似ている」そう思った。近いのに遠い星と、届きそうで届かない真琴の燃ゆる想いと似ている。だから何度も試みたのだけれど。

「逃げちゃいますね」
「ああ。すばしっこい奴らだ」

 夜空に二つの手が浮かんで見えるようだった。
(近づきたい……あなたに)
 ふとそんな思いが過って、真琴の手が自然とリヴァイのほうへ流れていった。
 温かさが指を掠ったと思ったら強く手を取られた。胸が締めつけられるような甘い感覚が身体を突き抜けていく。(ずっとこうしていたい)
 そんな恋しい気持ちが全身に溢れる。

「それ……星じゃありません」
「間違えたようだ」
 リヴァイはそう言ったが結んだ手を離すことはしなかった。そうして並ぶ寝袋のあいだに降ろした。

 どうしてこの男を愛してしまったのだろうと真琴はひどく後悔した。どうして生きる世界が違うのだとひどく切なくなった。
 自分の世界へ帰ればいつもの日常に戻れるのだろうかと思い、そうはなり得ないだろうと思った。ではこの男を忘れてまた新しい恋と出会えるだろうか。いいや、きっと出会えない。この男ほど素敵な人なんていない。別れたらもう一生恋などできないほどに惹かれてしまったのだから。

 それでも帰ることを諦めるなんてできなかった。家族や友人や自分の世界を捨てることなんてできなかった。
 ならばと、音もなく瞬いている星を見つめて真琴はこう願うのだった。どうかここが異世界ではありませんように、平行世界などではありませんように。
 天の川のどれか。せめて同じ宇宙にあり、過去か未来であってほしい。流れ星が願いを聞き入れてくれるのなら、できれば未来であってほしい――と。

 繋いだ手に力を込めた。いまから話そうとしていることは、リヴァイを驚愕させてしまうかもしれない。でも覚えておいてほしいからと、真琴は微笑を浮かべたのだ。

「夜空を彩る星は、遥か遠くにあるんです」
「そうだろうな」
「想像もつかないくらいですよ」
「例えばどのくらいだ」
「百年千年一万年。一億年よりもっと果てにある星も」
 空を見上げたまま喋る真琴をリヴァイが見てきた。突拍子もなく何の話だと言いたげだ。
「それだけ遠いところにあるんです」
「なぜ年数なんだ、意味が分からないんだが。使う単位は長さだろう。それとも何かの比喩か」

 真琴は緩く首を振った。星の距離を測るのは光の速さであって単位は光年なのだ。
 そばに置いてあるオイルランプに目線を合わせる。
「一番白く光っているあの一番星に、このランプの光が届くまで例えば一年かかるんです」
 リヴァイは意味が分からないというふうな様子だ。
「だから、あの一番星からこの星が光って見えるのは、一年経ってからじゃないとこの灯火は見えないんです」
「俺たちがいま見ている星の輝きは、過去に光ったものとそう言いたいのか」

 天文学が進歩していないのに、リヴァイが取り分けて驚いた素振りを見せることはなかった。真琴は頷いて、
「そう、過去に光ったものがいま見えてるんです。不思議ですよね。まるで未来と過去が繋がったような、そんな気がしてきませんか」
「百年千年。……そんな昔の輝きか」

「百年前にその星が光を放った瞬間ここには誰かがいて、夜空に向かって微笑みかけてた人がいたかもしれませんね」
 瞳が揺らめいて真琴の視界が滲んでいく。
「百年後のいま、ボクたちが眺めている星の一つにその誰かが微笑んだ一瞬がある。そう思うと……不思議と出会えたような気になってきませんか。百光年も離れているのに、年老いてもうこの世にいないだろうその誰かと時を共有できるんです」

 だからここが未来であってほしいのだ。真琴が自分の世界へ帰ったあとに星を眺めることがあったら思い出してほしいのだ。
 いま見ている星が瞬くのは、何百年何千年、もしかするともっと遥か過去の輝きなのかもしれないけれど。そのときその空の下では、同じように真琴も空を仰いで微笑んでいるのだろうと思ってほしい。
 そう思ってくれていると真琴も信じて、かなたの空からいまだ瞬かぬ星へ、想いと一緒に光を届けてみせる。――遠く離れた貴方のもとへ。

「――っ」
 眉を寄せ、瞼を伏せて顔を逸らした。嗚咽が洩れたのだ。こめかみに向かって真琴の涙が流れていく。告げたい言葉は声が詰まって震えた。

「もう一度会えたと思いたいから、空を見上げることを忘れないでください」
「死ぬかもしれないと案じているのか。だとしたら取り越し苦労だ、俺はお前を」
「違う、そうじゃない」
 リヴァイの言葉に覆いかぶせるようにして言い、眼を瞑って頭を振った。
「そうじゃないんです」

 一向に泣き止まない真琴を見て、リヴァイが困ったように短く息を吐いた。
「どうしたって言うんだ。ならば泣くほどのことじゃないだろう」
「どこでだっていいんです、外でも部屋の窓からでも。少しでも時間を作って空を見上げてほしいんです」
「分かった、分かったから泣くな」

 困り果てたような声音がしたと思ったら、大好きな匂いでいっぱいになった。顔を覆っていた手を離すと、リヴァイの胸の中に収まっているのだと気づいた。
 真琴は寝袋の上から強く抱きしめられていて、優しく頭を撫でられている。

「ボク……男です」
「泣いてる奴を慰めるのに男も女もない」

 喉が詰まって苦しかった。こんなにも真琴の胸を焦がす人は、目の前の男以外にいないと改めてそう思った。


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