09.底気味悪く燃えるような斜陽

 遠征を中止して調査兵団は急遽街へ退却することになった。まっすぐ北を目指して駆けてきたので平時より兵員の被害は顕著だった。

 シガンシナ区付近まで来ていた一行が、遠眼鏡で確認できるまでの距離へ戻ってきたときには、底気味悪く燃えるような斜陽の空が広がっていた。灼然たる血糊を連想させる緋色が不吉さを匂わせており、秋風とともに一抹の不安がリヴァイの胸を突き抜けていった。

 旧市街地へ入った。建物が入り組んでおり、壁の様子まで視認できない。狼煙があちこち上がっているのが遠目に見える。
 並走するペトラが遠眼鏡で北を確認した。
「兵長! 異変はトロスト区かと思われます! 正門の状況までは確認できませんでした!」

 周囲を彷徨く巨人は北へ向かって歩いている。やはり五年前のように壁が破られた可能性が高いようだ。巨人はなぜか南からやってくるという説がある。襲撃がまたあるようならば、次はトロスト区が危ないと常々言われていたことだった。

 正門の状況を確認できるところまで、やっとの思いで辿り着いたリヴァイたち調査兵団は仰天した。
「……これは一体」
 思い及ばず息漏れが出た。周囲からも喫驚の声が上がっている。
 てっきり穴が開いていると思っていた壁は、周囲に亀裂が走っていて確かに破壊された跡があった。にも関わらず街の向こう側が見通せなかったのだ。闇の出口は何かで塞いであるらしい。防護網であったなら網の隙間から先が見えると思うのだけれど。

 いずれにしても騎乗したままではトロスト区へ入れないだろうことは明白だった。
 駆けながらリヴァイは後方にいるエルヴィンを振り返った。「先に行く」という意志表示を瞳に込める。眼が合って、鋭い碧眼と固い表情で彼が頷いてみせた。
 並走する自分の班員にリヴァイは声を張り上げた。

「二班は俺についてこい! 馬を捨てて壁を登る!」
「了解!」
 ペトラを含む二班の四人が緊張の顔で頷いたが、確認もしないでリヴァイは立体機動に移った。

 後方を駆けるエルヴィンが、いくつかの分隊に煙弾で指示を出している。熟練の兵士がいる班を若干名ほどリヴァイに残して、西のカラネス区へ方向転換していった。
 トロスト区で門もリフトも使えないとあらば、馬や荷馬車の収容はカラネス区からするしかない。ルート開拓をしていない道程は困難なのは言うに及ばないだろう。人類の領域である壁内の状況も心配だが、調査兵団も命がけである。

 知能などないくせにふいを突こうとしたのか、巨人が建物の影から飛び出してきた。相手にする時間が惜しいとばかりに、リヴァイは寸分の狂いもなくうなじを狙って撃破した。
 風を切って立体機動の速度を上げていく。常時よりも身体がきびきびと動いている感じがした。怒りが精神に変調をきたして箍(たが)が外れたのかもしれなかった。

 自分の居ないあいだに、またしても巨人を街へ侵入させてしまったことで、リヴァイはひどく憤りを覚えていたのだ。まだ目にしたことのない超大型巨人と鎧の巨人。自分がいれば決して侵入を許しはしなかった。ましてや街中の惨状を思えば、リヴァイは自分が居さえすればと強く思量せずにはおれなかったのである。

 正門間近までやってくると穴の暗闇の正体が朧げに浮かび上がった。塞いでいたのは表面がごつごつしている灰色の岩だった。
 近場の民家の屋根から壁に向かってアンカーを飛ばす。全貌が見渡せる壁上近くまで猛スピードでガスを噴かした。ふと秋風に混じって錆びた鉄の臭いがしたので顔を顰めた。頭上高くに消えかかっている黄色の煙弾が確認できる。普段ならば作戦遂行が不可能であることを知らせる煙弾だが。

 壁上に降り立ったリヴァイは愕然とした。予想していたけれど認めたくはなかった現実が目先に広がっていたのである。建物は無様に破壊されていて所々で火が上がっている――まさに戦場だった。

 眼下を見降ろして状況を整理する暇は与えてもらえなかった。真下にすぐさま飛び降りなければならなかったのだ。
 巨大な岩を背にして激しい蒸気を発しているのは巨人の亡骸。その上には少年少女と女兵士の姿がある。目前には二体の巨人が迫っており、いまにも襲われそうな事態だ。
 箍が外れているリヴァイに恐れるものなどない。刃を逆手持ちにして、二体の巨人のうなじを鮮やかな身のこなしで削ぎ落とした。蒸発していく肉の塊の上で、やにわに後ろを振り返る。

「おい、ガキども。これはどういう状況だ」
 冷然と問われた少年少女は、ただ呆然とリヴァイを見つめているだけだった。ぼろを纏う憔悴した少年を、少女が抱き支えている。着ている服からして兵士であり、交差された剣の紋章は訓練兵団を表していた。

 後部に見えるのは、破壊された入り口を塞いでいる密度の高い巨岩だった。ここからおよそ五百メートル先にあったものだが、頑丈過ぎて爆薬で破壊することもできずにずっと放置されていたのものである。どうしてここに移動しているのか、とリヴァイは怪訝に眼を細めた。

「おい、そこの太眉!」
 少年少女の傍らにいる眉毛の太い女兵士にリヴァイは声をかけた。駐屯兵団の紋章が胸許に見て取れる。しばらく呆然としていた女兵士は我に返ったのか表情を引き締めた。

「ちょ、調査兵団か! 戻ってきたのか!?」
「巨人の動向が可怪しかったからな。少数精鋭を引き連れて戻ってきた。残りの兵はカラネス区から戻ってくる」
「そ、そうか。とりあえず作戦は成功したっ。いますぐ壁を登らないとっ」
「――作戦?」

 訝しく呟いたリヴァイを女兵士は構わない。脱出しようと、少女と一緒にどこか虚ろな少年を支えた。腕を肩に回して立ち上がらせる。
「この作戦はピクシス司令が全権を指揮している。詳しいことは報告のあとで聞いてくれ。こんなところにいたらまた巨人がやってくる」

 わけのわからない状況に納得いかないが、女兵士の言い分はもっともだった。ピクシスとは酔狂人で有名な南区を束ねる権力者だ。その人物がこの場を仕切っているのならば、兵士長を名乗っているリヴァイであろうとも口を出すわけにはいかない。

 女兵士に続いて壁を登ろうとトリガーに手を掛けた時だった。近づいてくる爪音を警戒して振り返る。
「なんだ馬か。驚かせやがって」

 主を乗せていない一頭の茶色い馬だった。どこにでもいるような馬だ。どこぞの馬主のものがどさくさに紛れて逃げ出したのだろうと思った。
 歯牙にもかけず壁に向き直ろうとした。ふと視野に入ってきたふざけた色が、銃で打ち抜かれたかのようにリヴァイの両眼を見開かせた。
「――っ!」

 馬を凝視したまま背後に向かって焦燥の声を荒らげる。
「おい、太眉!!」
「ふ、太っ!?」失礼なあだ名にいまさら気づいた女兵士が気分の悪さを面に出して振り返った。「なんだ!」
「まさかと思うが、調査兵が作戦とやらに参戦していたか!」
(そうであってくれるな!)
 と祈りながら言葉を絞り出した。飛び出そうなほどに見開いた眼球に映る腹帯の明るい色が、焦りを浸食していって両手を震わせてくる。

 駆けてくる馬に気づいた女兵士が、カラフルな布で継ぎ接ぎされた腹帯を見やって顔を青ざめさせた。その顔色だけで嫌な予感が的中したことを示してきたが、
(頼む! 違うと言え!)
 と祈らずにはおれなかった。
 打ち上げられた魚のように女兵士は喘ぐ。
「なんで馬だけ――あいつはどこに」
「おい! 質問にさっさと答えろ!」
 苛立つリヴァイを見て、女兵士は憂惧で震えている唇を開いた。
「――真琴が、調査兵団の真琴という奴がこの作戦に参戦している」

(馬鹿が!)
 両手に持つグリップを粉砕するかと思うほどに握り締めた。奥歯を噛み締めしている顎の力は歯を砕いてしまいそうである。耳鳴りがして胸がざわざわしてきた。

 女兵士が緊張感のある語調で何か言っている。自分に言い含めているようだった。
「ま、まだ分からない。作戦成功の煙弾をピクシス司令は視認してくれたはずだ。すぐに救助部隊を寄越してくれる」
 助けを求めてくる。
「調査兵なんだからあんたも真琴と顔見知りだろ。た、頼む。探しに――」

 時が静止していたのはおそらく数秒だったろう。声など耳に入っていなかったリヴァイは舌打ち混じりで吐き捨てた。
「クソ!!」
 馬が駆けてきた方角に向かって民家にアンカーを放った。即刻立体機動に移って馬に大喝を飛ばす。
「俺の前を行け、リベルタ!! 主人を二度とと失いたくないなら死ぬ気で駆けろ!!」
 生きていることが前提の言い方だった。すでに死んでいるだなんて、そんな不吉なことは露ほど思わなかった。思いたくなかったのである。

 どこか痛めたのか、前脚を庇ってばらばらと速歩で駆けていたリベルタ。リヴァイの喝で襲歩に切り替え、蹄の音を響かせて来た道を戻っていく。頭のいい馬だ。人間の指示をしっかり理解してくれた。ここまでやってきたのも、おそらく助けを呼びにきたのだろう。

 もどかしくて歯を食いしばる。
(遅いっ)
 リベルタは一生懸命駆けているが、高速でガスを噴かすリヴァイには追いつけない。背後を振り返りながら空中で何度も停留を余儀なくされる。
 が、迷路のような街中で目的の人物を無駄なく探し当てるには、リベルタに案内してもらわないといけなかった。下手に探し回って時間を取られ、最悪な結末を向かえたならば――そこまで思案して、不吉な推量を追い払うようにリヴァイは頭を振った。

 四叉路でリベルタは立ち往生してしまった。きょろきょろしながら迷っているように足踏みをしている。
 ここで真琴とはぐれたのかもしれない。一番見晴らしが良さそうな近場の建物へ移って周囲にまんべんなく眼を凝らす。

(どこだ! どこにいる!)
 心臓が熱い。脈が早い。いつもならこのぐらいで息切れなど起こさないのに酸素がひどく恋しかった。焦慮を露わに、リヴァイは頭を振り回しながら件の人物を探し続ける。
(どこだ! どこにいるんだ! 悲鳴でもなんでもいい、声を上げろ!)

 震える息を鋭く呑んだのは道辻の右を注視したときだった。吸引するように眼に飛び込んできた映像が、リヴァイの肝を一瞬にして冷やした。瞬く間に全身から冷たい汗が吹き出る。
 三体の巨人に囲われるようにして、民家の壁に凭れている真琴を見つけた。生きているのか、死んでいるのか、身動き一つしていない。巨人との距離は僅かばかりで、真琴に向かって憎たらしい手を伸ばそうとしている。

 一瞬にも満たない間で喪失感が思考を支配してきた。これまで経験したことのない大きな恐怖も伴っていた。
(だから嫌だったんだ。だから大事なものなどいらなかったんだ)
 失うことが恐ろしいだなんてそんな思いは味わいたくないから、かけがえのないものはを作らずにここまで生きてきたのだ。一人の人間に心髄を左右されて足が一時でも竦んでしまうなど、調査兵団でトップを走り続けるリヴァイにはあってはならないことなのである。

 焦燥感に囚われつつも脳内は逆に冴えていった。これまで培ってきた戦士の血が、「闘え! 動け!」と竦みそうになっている全身を煽ぎ立ててくるのだ。
 大小様々な歯車が組み合わさって機械的な音を立てながら回転していった。リミッターが解除された感覚に相違なかった。視力が何倍もよくなった気さえしてくる。

 巨人に向けてアンカーを放ち、ポケットから煙弾銃を取り出した。引き金を引けば詰めっぱなしの赤い煙弾が巨人と真琴の狭間を突き抜けていく。

「豚どもが!! 俺の部下から離れろ――!!」

 気づいた巨人がぬっと立ち上がった。三体揃ってこちらを振り向き、面白くもない顔でにやりと嗤ってみせた。標的を変えたようで、のそのそと向かってくる。
 リヴァイは片方の刃を空中で逆手持ちに変えた。伸ばしてきた腕を細かく切り込みながら顔面を目指す。
 手前にいる巨人に二本の刃を突き出した。鞭打つような声を短く上げて、つるつるした抵抗を感じる両目に深く突き刺す。同時にグリップから脱着させた。

 視力を失った巨人は両目を押さえて低いうめき声を上げている。目に刃を置いてきたので、しばらく時間を稼げるだろう。
 小山のような額に張りついているリヴァイを狙って、もう一体の巨人から張り手が飛んできた。アンカーを外してすぐさま飛び立つ。計画性のない頭の弱い巨人は仲間の顔面を張り飛ばしてしまう。のけぞっていく巨人の顔から舞った血飛沫が、リヴァイのジャケットやシャツに点々と付着した。

 地面に着く寸前にアンカーを頭の弱い巨人へと放った。地上すれすれでガスを噴かし、地を滑るようにして新しい刃を装填した。徐々に浮上していき、大きく旋回して背後を取る。怖いほどに鋭利な眼差しをうなじに集中させて顎をぐっと引いた。そうして身体を回転させて勢いをつけていく。高速で回る視野の中、うなじを見逃すことなく的確に削ぎ取った。

 刃の逆手持ちも回転切りもリヴァイが編み出した技だった。熟練した兵士だけがこの技を繰り出すことができるのだ。高速回転する中で、的をしっかり認識できないといけないので難易度は高い。動体視力が並以上だからこそ為せる技だった。

 残る巨人は二体である。いまだ両目を押さえて悶え続けている巨人は無視をして、もう一体に取りかかった。
 屋根へ飛び移ったリヴァイに、女顔の巨人が両腕をがむしゃらに振り回してきた。
「どいつもこいつも馬鹿ばかり。考えなし過ぎて反吐が出る」
 とリヴァイは言い捨てた。
 巨人が振り抜く直前で飛びのく。拳は屋根に突っ込み、強烈な破壊力でレンガが雪崩ていった。飛びのきざまに巨人の脳天に移ったリヴァイは、標的を見失ってきょろきょろしている巨人のがら空きのうなじに刃を刻んだ。

 顔面に跳ね返ってきた返り血をリヴァイは顰め面をして拭った。が、その手にも血糊がべったりと付着しており、顔半分がさらに熱を伴う血液で汚れてしまった。

 最後の一体は負傷している小さめの巨人だ。潰された両目と殴られた顔面の回復が追いついておらず、子供のように踞って頭を抱えていた。
(なんとも愚鈍な生き物だ。こんな豚に俺たちは飼われてるってのかよ)
 倦み疲れてきてしまい、辟易してうなじにアンカーを飛ばした。とどめを刺すのも馬鹿らしいと思ってしまう。
 普段の思考が緩やかに戻りつつあるのはリミッターが施錠されていってるからだろう。ワイヤーを巻き取り、空中で半身を捻ってうなじに刃を振り落とした。三日月に削ぎ取られた肉片が鈍い音を立てて地面に落ち、蒸気を発して溶けていった。

 辺りに蒸気を散らす三体の残骸を避けて、リヴァイは真琴に駆け寄っていく。傍らに膝を突いた。
 頭を隠すようにして身を丸めている真琴は身じろぎ一つしない。右肩が歪に下がっており、投げ出すように地面に垂れている。見た限りでは脱臼しているようだった。

「……真琴」
 触れるのを恐れた。死んでいたらどうしようという憂惧が巡っていた。
 そんな思いのリヴァイは無意識に震える手を真琴へと伸ばした。恐る恐る掴んだ肩から伝わってきたのは生身の人間の温かさだった。恐怖から解放されて、あからさまに息をつく。
「人騒がせをやりやがる」

 生きていると分かれば早々に退避しなければならない。掴んだ左肩を揺らしてみる。
「真琴。おいっ」
 反応がない。力の入っていない身体は、ゆらゆらとただ揺れただけだった。
 気絶しているのだろうか。凭れかかっている壁から引き剥がして少し引き寄せた。拍子に、垂れていた真琴の頭がガクンと後方に反る。

 真琴は目頭と目尻に皺が寄るほど両眼を強く瞑っていた。左手で口許を覆ってもいる。
「びびって吐きそうになったとかじゃねぇだろう、どうした」
 手を剥がそうと肘を軽めに引いてみたが、思ったよりもしっかりと押さえているようである。意識がないというのに頑なに口を覆う手を訝しく思った。何度か真琴の身体を揺さぶる。

「脱出しないといけない。目を覚ませ、真琴」
 何度揺さぶろうと反応はなく、そしてどうしてか真琴の顔色がだんだんと血の気を失ってゆくのである。リヴァイは焦ってきた。
「なんでだ、外傷はないだろう」
 真琴の全身に目を配ってはみたが、顔色を悪くさせる原因は見つからなかった。幾度も見送ってきた死人さながら、みるみる白くなっていく顔。ますます焦ってしまう。
「……冗談だろ、ふざけるな」

 外傷がないのだから心臓麻痺を起こしているのだろうか。片腕で抱き寄せた真琴の胸許に耳を当ててみた。少し弱い気がするが、しかと鼓動の音が聞こえた。
 そうこうする間にも真琴の身体は冷えていった。為す術がなく困惑に眉間の皺を深めたリヴァイは、口許を押さえつける真琴の手を無理矢理引き剥がしてみた。

 真琴は唇を堅く結んでいたのだ。唇の端から、鮮明な血液が顎にかけてつうと一筋流れていった。
「自害しようとしたのか」
 巨人に殺されるのならばと、自分で命を絶つために舌を噛んで自殺でも図ったのだろうか。が、よくよく観察してみれば違った。血液は唇の傷から流れてきているようだ。真琴は前歯で下唇を噛み締めていたらしい。

「何してんだ、お前は。ったく自分で傷つけやがって」
 心配ばかりさせるので、つい咎め口調になってしまった。緊張を解いてやらないといけないだろう。下唇に前歯が深く刺さっており、見ているこちらが痛くなる。が、真琴の口許に近づけたリヴァイの手は、はたと動きが止まってしまう。
「……どういうことだ」
 真琴の口許に手を翳した。吹きかかるはずの温かいものがかからないのである。
「……なんでだ」

 真琴の鼻周りに自分の顔を寄せて愕然とした。
「なんで息をしていない! クソ!」

 だからだった。だから死人のように身体が冷たくなっていたのだ。どうして唇を噛み締めているのかは分からないが、そのせいで呼吸を忘れているのかもしれない。
「馬鹿だろ、お前!」
 リヴァイは指で唇をこじ開けようとした。が、真琴は歯をきつく食いしばっている。じわじわと唇に紫がかかっていく。

「死ぬぞ! 口を開けて息をしろ、真琴! 鼻からでもいい、息をするんだ!」
 揺らしながら真琴の頬を強めに叩く。痛がる素振りを見せなければ反応もしてくれなかった。
「……真琴」
 リヴァイの唇が震えた。絶望感が膨張していって体内を腐食し始める。信頼にたる仲間をリヴァイは幾多も喪ってきたが、これほどまでに恐怖心を煽られたことは初めてだった。
 力の限り叫ぶ。
「死ぬな!! 真琴!!」

 がっちりと合わさる真琴の前歯を指を突っ込んで力任せに割る。鋭い八重歯に指が掠って痛みが走ったが気にしている場合ではなかった。顔を寄せて、割った口許にリヴァイの唇を合わせた。鉄っぽい血の味がした。
 再び噛み締めてこようとする歯を阻止するために舌をねじ込む。そうして、
(帰ってこい!! 帰ってくるんだ、真琴!!)
 と切に願って熱い息を吹き込んだ。

「――――ッ」
 腕に抱いている真琴が、一瞬の痙攣と微かな悲鳴を上げて細く息を吸い込む。眉根を寄せて激しくむせてから、力が抜けたようにリヴァイの肩に凭れかかってきた。
 自分へと凭れかかる柔らかい感触と、温かみを帯びた重みは生きている証である。泣けてきそうな顔を歪めたリヴァイは、ただ強く抱きしめたのだった。


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