08.生きる覚悟で立ち向かう

 ピクシスによって任命された精鋭班は三組。イアン班、ミタビ班、リコ班で、イアンはリーダーとして現場の権限を委任された。
 作戦を整理するために顔合わせで集まって、その中にミカサがいたことに真琴は僅かばかり驚いた。彼女は実力を認められ、エレンのそばに居たいという意向でイアン班に配置されたらしい。作戦の要であるエレンも、もちろんその場にいる。彼は真琴を見て眼を丸くした。

「なんで真琴さんが精鋭班に……」
「役に立たないのになんで、って思ってる?」
 微かな笑みをこぼして真琴は首を傾けた。エレンが怪訝に眉を寄せる。
「だってそうだろ? 俺たちの任務は危ないんだぞ」

 役に立たないという言葉に遠慮もなく同調したのは、エレンが真琴を馬鹿にしたのではなくて、真に命を心配をしてくれているからだろう。
 口許に笑みを滲ませたまま真琴は眼を伏せた。何か言いたげに口を開いたエレンの肩をイアンが叩く。

「リコ、彼は? 調査兵団のようだが」
「ああ。でもイェーガーの言う通りで、立体機動の技術は素人レベルらしいんだ」
「何か理由があるのか?」
「馬がトロスト区内にいるらしくて、それで巨人を惹きつけると言ってる。私も迷ったんだけど、彼の意思を尊重してやってほしい」
 イアンは険しい色の表情で真琴を見据えてくる。
「我々に与えられた任務は過酷なものだ。覚悟はできているんだな」

 見据え返して真琴ははっきりと頷いた。
「はい」
 同時に心の中で自問する。イアンの言っていることは死ぬかもしれない覚悟のことだ。では真琴はどう思っているのかと問いかけて、生きる覚悟で立ち向かうのだと、心臓が強く鼓動を打ったのを感じたのだった。
 真琴は生に対しての執着が強いのだろうか。もちろん死ぬのは絶対に嫌だと思っている。けれどそれだけではない気がする、と考えて、ああ、そうか、と思った。生きていないと自分の帰るべき世界へ帰れないからなのだ、とひどく納得いったのであった。

 エレンとミカサが心配な顔つきをしていた。ぼそりとエレンが言う。
「真琴さん」
「大丈夫。ボクは死なないよ」
 はっきり答えてあげると困り顔でエレンは儚く笑った。
 リコが小さな疑問を投げてくる。
「お前の馬だけど、本当にいるのか? 巨人に踏みつぶされて煎餅になってるんじゃないの?」
「やだな、煎餅って。……想像しちゃったでしょ」
 苦い薬草を食べたような顔で真琴は返した。

 たいして期待していない様相でイアンが口を挟む。
「壁上から呼びかけて馬の応答がなかったら、そのときは後衛に回ればいい。真琴の人となりが分からないから何とも言えないが、基本は当てにしないものとして我々は動こう」

 からい言葉に真琴は手持ちぶたさで首を撫でた。端的に言って、この場に真琴がいること自体、場違いに違いないのだ。
(私のせいで迷惑をかけることだけは避けなくちゃ)
 と改めて心に刻む。

 トロスト区内門側のほうへイアンが視線を向ける。
「巨人を街の角へ集める作戦はもう始まっている。俺たちも岩のある最短ルート地点へと行こう」
 みんなは真剣な顔をして頷き、壁上を走り出したイアンに続いていく。
 走りながら真琴は後ろを振り返った。巨人を引き寄せるために立体機動で飛び交う兵士たちが、遠くで多数視認できた。中には訓練兵たちも応戦していることだろう。無茶をしないで、と祈るような思いで見据えた。

 壁上を走りながらミカサがエレンを窺う。気づかうような瞳だった。
「エレン、身体は大丈夫?」
「ああ。さっきよりか平気だ」
 エレンは前を見据えたまま答えた。

(身体?)
 エレンは体調が悪かったのだろうか。そういえば少し顔色が悪い気がしないでもない。それと、一体どうやって彼は巨人化するのだろう、と真琴の中に純粋な疑問が浮上した。

「具合悪かったの?」
 真琴が尋ねればミカサが口を開いた。
「身体が怠いみたい。あとさっき鼻血も出してた」
「もう平気だって言ったろ! 心配性だな。余計なことを気にしてると命取りになるぞ。作戦のことだけを考えてろよ」
 エレンに邪魔っけに言われてミカサは俯く。

 真琴はエレンを物案じた。
「本当に大丈夫なんだね?」
 ああ。と歯切れ悪く言ってエレンは眼を逸らした。表情に嘘の翳りを見て取ったが、口うるさく言ったところで彼が利かない性格なのを知っている。それに作戦を実行するにはエレンの力が必要不可欠なのだ。心配ではあるが、だからと言って休んでいろなどという言葉を選べるわけもなく、とりあえず真琴は疑問を口にすることにした。

「どうやって巨人に変身するの?」
「こうやって――」
 言いながらエレンは自分の手の甲を噛むフリをする。
「噛みちぎると巨人化できるみたいなんだ」
「いままで隠してたの?」

 心外と言わんばかりにエレンの眼が見開く。
「ちげぇよ!」
 非難するような声を上げてから眼を伏せた。
「俺だって知らなかった。正直いまでも戸惑ってる」
「防衛戦の時、巨人化したエレンに意識はあったの?」
 眉根を寄せてエレンは難しい顔をする。
「よく分からない」額を覆う。「ただ、目の前の巨人を殺せ、って頭の中で声が響いてた気はする」

 走りながら喋っていたせいで真琴は息切れを起こしていた。秋の冷たい酸素を吸い込みながら考える。
 エレンの巨人化は不確かなものに思えた。意思を持って岩を穴の開いた正門へ運ぶことは果たして可能なのだろうか。
 岩の場所から正門までは、ざっと五百メートル強といったところか。距離からしたら、たいしたことはなさそうに思えるけれど。もしも由々しき事態に陥ったときは、どうなってしまうのだろうと不安がもたげる。

 前を走るイアンが肩越しに振り返った。
「極秘兵器とか言ってたが、穴を塞げるのなら何でもいい。最優先でお前を守る。頼んだぞ!」
「は、……はい!」
 言い淀みながらも返事をしたエレン。緊張な表情はしかし、青白くてこめかみから汗を垂らしていた。

 エレンにかかるプレッシャーは真琴には想像もできない。きっと鉄塊のごとく重いのだろう。なんせ彼には人類の希望がかかっているのだ。
 傍らのリコがエレンをちらりと見て舌打ちしそうな顔を背ける。

「みんなどうかしてる。あんな化け物が信用できるか」
「作戦が成功するかはボクも半信半疑だけど。でもいまはエレンを信じて動くしかない」
 自信なく諭す真琴を納得いかなさそうにリコは見やってきた。それから壁下に視線を移す。
「もうすぐ最短ルート地点だ。そろそろ馬を呼び寄せろ」

「うん」
 眼下に広がる無惨な街へ向けて真琴は指笛を吹いた。喧々な中で、果然としてリベルタが真琴に応えてくれるだろうかと不安が過る。五回目の指笛でも眼下に馬の姿は見えてこない。
 リコが街を見渡す。
「やっぱり踏みつぶされたんじゃないの。それとも遠くにいて聞こえてないとか。どちらにせよ馬がないならお前は」

 リコの言葉を遮るように真琴は祈る気持ちで力強く指笛を鳴らした。
(来て! リベルタ!)
 その時だった。六回目の笛の音とともに馬のいななきが聞こえてきたのだ。

「リベルタ!!」
 こちらへ向かって駆けてくるリベルタの姿を眼下で確認し、真琴は表情を輝かせた。
 意外だったのか、リコが驚いたように眼をしばたたかせる。
「生きてたのか」
「勝手に殺さないでよ!」
 真琴は抗議の声を上げた。と、イアンが覚悟の顔つきで振り返る。
「着いたぞ! ここから岩の所まで立体機動だ!」

 了解! と班員は硬い表情で頷いた。次々と街へ向かってアンカーを飛ばしていく。
 真琴は壁下を見降ろす。壁沿いに駆けているリベルタが真琴に近づいてくるところだった。囮が巧くいっているのか、見える限りでは周辺に巨人はいない。
(このまま降りていっても大丈夫かしら。立体機動で降下する際に巨人と鉢合わせしたらどうしよう)
 建物の影などに隠れている可能性はおおいにある。

 ふいに、細めではあるががっちりとした腕が真琴の腰に回された。ミカサだ。
「馬の所まで」
 短く言い、真琴を小脇に抱えた状態でアンカーを眼下の街へと飛ばした。
 礼を言おうと口を開いたのは間違いだった。口を開けば容赦なく空気が入り込んでくるし、恐ろしいほどの重力を受けていて言葉など発せられなかったのだ。

 馬の背の真上でミカサは空中で真琴を手放した。すとん、と尻が鞍に着地する。
 振り向きもせず、ミカサはエレンたちを追って飛び去っていく。背中に向けて真琴は声を張り上げた。
「ありがとー!! ミカサ!!」

 リベルタの首筋を叩いて労う。こんな所でのんびりしている暇などないが、ウエストに引っ掛けてあるポーチから人参を取り出した。長い口許に差し出すと上顎と下顎を擦り合せて咀嚼する。
「お前には頑張ってもらうからね。絶対に生きて帰ろう」
 もう一度、今度は気合いを入れるように首筋を叩く。リベルタはぶるぶると顔を振った。

 心を奮い立たせ、綱を引いて駆け出す。
 岩の方角では建物の上空から白いのろしが上がっている。あれはエレンが巨人化するときに発せられるものらしかった。
 入り組んだ民家の向こうから見覚えのある黒髪の巨人の顔が見えた。しかし様子が可怪しい。巨人と化したエレンは岩を運ぼうともせず、精鋭班に対して攻撃的な態度を示していたのだ。
 予期していた最悪の事態に真琴は唇を噛んだ。とにかく精鋭班のもとへ向かことにする。

 拳を振り上げて建物を破壊していくエレンの近くまで来た時、ミカサが彼を鎮めようと大きな顔に飛び移った。危険だから離れるようにと班員が彼女に向かって叫んでいる。
 落胆と苛つきを隠せないリコが、民家の屋根から頭上高く煙弾を打ち上げた。赤い煙弾は作戦失敗を意味するものである。

 エレンを正気に戻そうとするミカサの懸命な説得が、見上げる真琴の耳にまで届く。
「エレン! 私が分からないの!? 私はミカサ!! あなたの家族!! あなたはこの岩で穴を塞がなくてはならない!!」
 はち切れんばかりの懇願の声。どうすることもできない歯がゆさを真琴は感じていた。息を呑んで見守ることしかできない。

 ミカサの説得は続く。
「エレン!! あなたは人間!! あなたは」
「ミカサ!! 危ない!!」
 上方に向かって真琴は叫んだ。我を失うエレンの拳が顔面に張りつくミカサを狙う。一撃を食らわせようとしていた瞬間だった。

 はっとして振り向いたミカサ。飛んでくる拳から逃れるため、アンカーを建物に放って飛びのく。
 ぎりぎりでミカサが避けたので、エレンは自分の顔面に凄まじい一撃を受ける。岩を背にして崩れるように倒れた。

 不足の事態である。精鋭班は屋根に集まって臨時の作戦を練り始める。顔色はみんな蒼白だった。
「どうどう」
 足踏みするリベルタを真琴は落ち着かせるために宥める。が、動揺している心を落ち着かせてほしいのは真琴に違いなかった。
(どうするのかしら)
 顔面をひどく損傷しているエレンは気を失っているようだ。これでは岩を運ぶことなど期待できないし、目が覚めた時にまた暴挙に出たら班員が危ない。
(作戦を中止するのかしら)
 真琴は屋根にいる班員を見上げた。すべては現場の指揮を委ねられているイアンが決断するのだろうけれど。

 リコが腕を振るって真琴を呼ぶのでリベルタを置いて屋根へ上がったのだが――、
 これからどうするの、と口を挟める雰囲気ではなかった。
「イアン! 撤退しよう!」
 と提案したのはミタビだ。
 イアンは班員に囲まれて指示を促されていた。諦めと恐怖の面で、ほかの班長が彼に詰め寄る。
「あのガキ、扉を塞ぐどころじゃねぇよ!」
 ミタビに同調したリコが頷いて冷たく言う。
「ああ……。仕方ないがここに置いていこう」


 エレンを置いていくという言葉にミカサがぴくりと反応にした。憤怒の顔でイアンを睨み据える。
 イアンは険しい表情で、ただ奥歯を噛み締めているようだ。何と天秤をかけて彼は決断を渋っているのか。仲間を先導する立場にある者が、おそらく一番つらいだろうことを真琴は感じ取りながら、「あの人」も何度も酷な決断をしてきたのかと思うと胸が痛むのだった。

 周囲を見渡せば、ちらほらと巨人が姿を見せはじめていた。後方と前方。囮によって集められた巨人が群れから離れてこちらへやってきている。穴の開いた正門からも巨人が入り込んできていた。
 屋根の上は真琴たちにとって見晴らしが良く、巨人の位置を確認することができる。逆もしかりで、巨人たちからも真琴たちのいる場所は丸見えのはずである。気づかれていると思うと背筋に冷たいものが走る。

「巨人が近づいてきています。こんな所で固まっていたら的になってしまいます」
 強張る唇を開いた真琴に、続くようしてイアン以外の班長が畳みかけに入った。
「なに迷ってんだ! 指揮をしてくれ!」
「イアン!?」
 油汗が浮かぶ難しい面のまま、ただ佇むイアンにミタビは吠える。
「お前のせいじゃない! ハナっから根拠の薄い作戦だった! みんな分かってる!」

 それでも頑なに歯を食いしばるイアンを見て、痺れを切らしたミタビが踵を返そうとした。
「いいか!? 俺たちの班は壁を登るぞ!!」
 ミタビに続いてリコも去っていこうとする。
「私の班も撤退させるよ。真琴も馬を置いて壁を登りな」
 イアンはまだ考えあぐねているようで引き止められずにいるようだ。真琴はリコに手を伸ばす。
「待ってよ、リコ! まだ――」

 怒りを押さえて事の成り行きを見守っていたミカサがぷつんと切れた。静かな怒りを発し、刃を握る手に力を入れているのが分かる。いまにも切りかかろうと言わんばかりの形相でミタビとリコににじり寄っていく。
 慌ててミカサの腰に両腕を回し、真琴は押し止める。
「ミカサ! 人間相手に剣はダメ! 落ち着いて、お願い!」

 まるで縄張りを荒らされた猫だが怒るのも無理はないと思う。彼女の大切な家族であるエレンを見捨てて、自分たちだけ逃げようとするのは許せないのだろう。
「邪魔」
 班長たちを睨み据えるミカサは真琴を振り払おうと身体を捻る。少しの身じろぎでも彼女の力は強くて、反発する磁石のように真琴は振りほどかれて尻もちをついた。
「と、止めてください! 誰かっ」

 イアンがミカサの前に飛び出して腕で制する。
「待て!!」ぴしゃりと言って声量を潜める。「落ち着け……ミカサ」
 一度大きく胸許を上下させたイアンが固唾を呑んだ。覚悟の面構えで命令を下す。
「リコ班! 後方の十二メートル級をやれ! ミタビ班と俺の班で前の二体をやる!」
「なんだって!?」
 眼を見開かせてリコが悲鳴に似た抗議の声を上げた。イアンの取った道が重過ぎて真琴は思わず眼を瞑る。

「指揮権を託されたのは俺だ! 黙って命令に従え! エレンを無防備なまま置いてはいけない!」
 ミタビとリコは憮然としてただ眼を見開く。

 イアンは作戦を切り替えた。エレンが自力で出てくるのを待って、それまで彼を巨人から守る。エレンは人類にとって貴重な可能性だから簡単に放棄できるものではないと、みんなを説き伏せてきた。
 納得のいかないリコは抗議する。

「今回の作戦だけで何百人って数の兵が死んだだろうに! それなのに、またエレンを回収して同じことを繰り返そうっていうの!?」
 リコはまったくといっていいほどエレンには興味がないらしい。むしろ化け物だと嫌ってさえいる。イアンの判断をきっと愚かに思っていることだろう。 

 イアンが重々しく言い切る。
「そうだ。何人死のうと何度だって挑戦すべきだ」
 またもミタビとリコは憮然とした。
 傍らで真琴は痛ましく思って顔を伏せた。
(なんて無慈悲な世界に、この人たちは生きているの)
 イアンは仲間の命と未来を天秤にかけたのだ。苦渋の決断の末、数十人の命を捨てて彼は大勢の未来を取った。

 リコは堪らず反抗する。
「イアン!? 正気なの!?」
 必死な形相のイアンが堰を切ったように声を荒らげる。
「では、どうやって人類は巨人に勝つというのだ!! リコ、教えてくれ!! 他にどうやったらこの状況を打開できるのか!! 人間性を保ったまま、人を死なせずに!! 巨人の圧倒的な力に打ち勝つには、どうすればいいのか!!」
 気圧されたリコが小さく口にした。
「……巨人に勝つ方法なんて、私が知っているわけない」

「ああ。そんな方法を知っていれば、こんなことにはなっていない。だから俺たちがいまやるべきことは、これしかないんだ」
 イアンは拳を握りしめた。
「あのよく分からない人間兵器とやらのために、命を投げ打って健気に尽くすことだ」みんなに強い眼差しを投げる。「さあ、どうする」
 踵を返したリコが言い捨てる。
「そんなの納得できない」

「リコ!!」
「作戦には従うよ。あなたの言っていることは正しいと思う」潔く剣を振るう。「必死に足掻いて人間の恐ろしさを思い知らせてやる。犬死になんて納得できないからね。後ろの十二メートル級は私にまかせて」
 言ってからリコは真琴に視線を寄越してきた。
「死んでたまるか。地に這いつくばってでも醜く生きてやる」
 真琴は瞳を揺らして頷く。
「うん」

 非力な蟻が人間様に楯突くほどの無意味さに思えてならなかった。けれど踏まれても踏まれても、それでも立ち上がるのは生きる意味があるからだ。ちっぽけな存在の蟻だって未来へ向かって必死に走っている。それを諦めさせることなど誰にもできなし、そんな権利もないのだ。

 ぱちん、と頬を叩いた真琴はイアンを向き直った。
「前方の一体、ボクに任せてください」
「――任せた」
 短く言って頷き、イアンはミタビと供に立体機動に移っていった。

 エレンを守るために自由行動を許されたミカサが真琴に言い募ってくる。
「やっぱり戻ったほうがいい。ここから先はどうなるか分からないんだし」
 真琴は緩く首を振った。
「戻れるわけないよ。必死にいまを生きる姿が眩しすぎて、ボクだけ逃げ帰るなんて、そんなのできるわけないじゃない」

 ここまできても真琴には分からなかった。どうして儚く散っていこうとするのか、死に急ぐのか。おそらく残酷な世界がなせる技なのだろうけれど。
 しかしこうも思うのだ。決死の覚悟でみんなが立ち向かう思いを真琴も供に背負いたい。だって踏みつぶされる蟻のままでは悔しくてたまらないじゃないか。
(バカみたいよね。自分の世界でもないのに……死んじゃうかもしれないのに)

 ミカサが心配そうに眉を下げる。
「何かあっても助けられる余裕ないかもしれない。それでも?」
「大丈夫だってば。行ってくるね」
 ミカサを安心させるために笑みをみせて背中を向けた。

(毎度思うけど格好悪いわよね……みんなみたいに立体機動しながら騎乗できたらいいんだけど)
 屋根から降りようと真琴は縁に手をかけてぶら下がる。待っていたかのようにリベルタが駆けてきてくれ、手を放つと鞍に尻がついた。
「ありがとう、さすが相棒だね。ボクのことをよく分かってる」

 手綱を引いて任された巨人に近寄れば、真琴にすぐ興味を示してきた。足を踏み出すのを見届けてから徐々に駆けるスピードを上げて巨人を精鋭班から遠ざけていく。
 問題は引きつけた巨人を今度はどうやって振り切るかだった。腕を振り回し、ふざけた顔で追いかけてくる巨人を尻目に真琴は頭を掘り起こす。

 巨人の弱点はうなじ。だが真琴に倒すことはできない。
 ハンジの熱弁を思い出す。巨人にはスタミナがあって体力を消耗するとガス欠になると言っていた。しかし全力でずっと駆け続けるわけにもいかない。リベルタにもスタミナの限界があるのだ。

(何かないかな)
 駆けながらヒントはないかと辺りを見回す。左道の家と家のあいだに低めの橋渡しがあった。馬に跨がる真琴よりも、ほんの少し高いくらいの橋だ。あれを利用しない手はない。
「リベルタ! 左だよ!」

 リベルタの腹を軽く蹴って左の道へ誘導していく。
(ちゃんとついてきてる?)
 背後から轟く足音が小さくなっているような気がして後ろを振り返ってみた。足の遅い巨人なのか、距離ができているが真琴を目掛けて走ってきている。
 手綱を引いてスピードを少し落とす。捕まらないぎりぎりの距離を保って橋付近まで引き寄せ続け、そのまま橋をくぐった。

 素直に突進してきた巨人は目前の橋渡しに突っ込んできた。重厚な石で作られた橋は崩れて、無様に倒れた巨人の身体に瓦礫が落ちていく。
 瓦礫が山積もりになった下で巨人は目を回していた。しばらくは起き上がれないように見えた。

「ナイス! リベルタ!」
 真琴はリベルタを労った。思いがけず作戦が巧くいき、つい笑顔が零れてしまう。
「この作戦で次々やっつけていこう! さあ、みんなの所へ戻るよ!」

 都合良く橋渡しがあるとは思えないが、入り組んだ街の中で巨人を撃退するために使えるものは、ほかにもあるだろう。
 後方から伸びてくる長い影が真琴の周囲を翳らせながら揺れていた。まさかと振り返って真琴は唖然と口を開いた。
「なんで……巨人がこっちに来てる」

 壁上の囮によって集められている巨人が、どんどんこちらへ向かってきていた。彼らは人間がたくさんいる所に惹きつけられる属性がある。前方など人間の数が少ないのに一体これはどういうことだろう。
 真琴は前方を向き直った。遠くにエレンが視認できたが、まだ巨人の状態で気を失ったままである。

 硬い皮の手綱を握りしめる。
「まさかエレンが引き寄せてる……?」
 ごくりと唾を飲んだ。真琴は前方へは行かずに後方へ向かう。前方は少数精鋭しかいないのだから、巨人をできるだけ足止めしてかなければ、あっという間に窮地に陥ってしまう。

 建物まで巨人を駆けさせ、衝突させて撃退するというのを何度か繰り返した。が、向かってくる巨人がどんどん増えてきており、真琴一人では到底間に合わず、精鋭班のもとへ巨人は歩いていってしまう。
 巨人と数回すれ違ったが真琴がちょっかいを出さなければ襲ってくることはなかった。
「私なんかがよく生き延びてると思うわ」
 エレンが引き寄せているという予想は間違いでもないのかもしれない。

 真琴はリベルタを見つめた。激しい腹の動きを両脚に感じる。駆けっぱなしのリベルタは鼻息を荒くしていた。
「……ここまでかしら、私にできることは」
 リベルタのスタミナがあるうちに壁を登らないといけない。切れてからでは遅いのだ。街のど真ん中で機動力を失ったら、それこそ巨人の餌食になってしまうのだから。
 絶体絶命を想像して、いまさらながら震えがやってきた。背中を小さな虫が這うような寒気が走る。
(みんな命をかけているのに……)
 ここで自分だけ退場してもいいものか、と真琴は葛藤していた。

(エレンはまだなの!?)
 切羽詰まって前方を振り返る。真琴の眼に映じた光景が呼吸を忘れさせた。
 ゆっくりとだけれどエレンが自分の顔の何十倍もある岩を担いでいたのだ。穴の開いた扉へと向かっている瞬間を目にしたのだった。
 身体が震えてきた。恐怖とは違う妙な昂揚感だった。
 ――このまま穴を塞げば人類は勝利するのである。 

 援護するために真琴は前方へリベルタを走らせた。エレンの周囲に巨人を近づけてはならない。
 周辺まで来た真琴は眼を見張った。立体機動ではなく、誰もが地を走って巨人を引き寄せていたのだ。
「真琴!」
 声のほうを振り仰ぐ。丁度巨人のうなじを削いで屋根へ飛び移ったリコから発せられたものであった。屋根まで届くように真琴は声を張り上げる。

「どういうこと!? なんでみんな立体機動を使わないの!?」
「巨人がエレンに引き寄せられてて人間に食いつかないんだ! もう地上戦しかない!」
「そんな、無茶な!」
 真琴の喉から悲鳴が上がった。

 前方を見据える。エレンは頑張って岩を運んでおり、その距離はあと二百メートルちょっとだった。しかしながら否応なく目に入ってくる光景は見るに忍びなく、まるで映画の残虐シーンだった。
 死にもの狂いで地を走りまくり、巨人を引きつける兵士たちは次々と食われていく。骨つき肉を食すように腹から噛みつかれる。夕焼けの空に散る真っ赤な血しぶきは、毒々しいほどにより一層赤く見えた。辺りはいつの間にか、肉片と、どす黒い血によって地獄と化していた。

「ここを耐え凌げば人類は初めて巨人に勝利する! ここさえ凌げば!」
 どこか興奮気味のひび割れた声を上げ、リコは巨人に立ちかかっていこうと果敢にも再びアンカーを飛ばす。

 震える手で手綱を握握る真琴は、目の前の残虐に対してただ眼を見開いていることしかできなかった。冷水を浴びせられたかのように身体が急速に凍えていく。必死になることで置き去りにしてきた身内に淀む恐れが浸食していく。こんなときに発作を起こすわけにはいかないのに呼吸が乱れていくのを感じていた。

「イアン!!」
 リコの悲愴な叫びのほうへ目線を辿らせる。そう離れていない距離でイアンが巨人に鷲掴みにされていた。いまにも邪悪な口で下半身を食いちぎられそうになっている瞬間だった。

 ほんの零コンマのあいだに真琴の頭を思考がぐるぐると渦を巻く。
 リコの悲愴な表情。絶望の瞳でリコを見つめるイアン。臨時の作戦で激しく言い合った二人。もしかすると互いに大事な人なのかもしれなかった。

 凍える身体は不思議と勝手に動いた。収納しっぱなしだったグリップを真琴は脇から引き出し、素早く刃を装填させた。
 そして夕日を浴びて、おどろおどろしく紅く輝く刃を思い切り振り上げる。振り落とす瞬間に強く握って刃をグリップから脱着させた。

 ぎゅるぎゅると空気を切り裂く音。眼に追えない早さで刃は輝きの残像を残していく。高速で弧を描く刃が、イアンを捕食しようとしている巨人の左目に深く突き刺さった。

 イアンを掴む手を離して巨人は自分の眼を覆う。そこをタイミングよく通りかかったミカサが仕留めていった。
 高所から落下するイアンを受け止めようと思ったが間に合わず、彼は地に叩きつけられた。リベルタから飛び降りて真琴は駆け寄る。同時に駆け寄ったリコと、二人して悲痛に顔を歪ませた。

 真琴の放った刃は間に合わなかった。イアンは片脚を根こそぎ失っていたのだ。おびただしい血潮を流しながらも、それでも息をしていたことは幸いだったのだろうか。しかしもう彼は駐屯兵団としてやっていけないかもしれなかった。

 半狂乱のリコはイアンの傍らに膝を突く。苦痛にぎゅっと眼を瞑る彼の両肩を激しく揺さぶる。
「イアン! しっかりして!」
 間近に広がる血の色で真琴の両脚がガクガクと震え出した。またしても呼吸が乱れそうになって口を覆う。無意識に後じさりするとリベルタの温もりに背が当たった。

 赤い海のように無慈悲にもイアンの血液は水溜りを作っていく。止血しなければ出血性ショックで死んでしまうだろう。
 誰かが応急処置をしなければいけないのにリコは頼れそうにない。ここで真琴までパニックになるわけにはいかなかった。
(息を吐くのよ。大丈夫、落ち着いて、大丈夫)
 真琴は深呼吸を何度か繰り返し、息を吐くことに集中した。そうしていると何とか治まってきた。
 過呼吸は二酸化炭素不足で起きると聞いた。吐くことに意識することで二酸化炭素不足を軽減したのと、口許を両手で覆っていたためにペーパーバック法の代わりになったようだった。

 半ば苛立ちながらリベルタに括りつけてある鞄から布を引っ張り出す。
「リコこそしっかりして! 彼を揺らしては駄目よ!」
 長めの布をリコへと投げる。
「止血しないと死んじゃう! それで押さえて、早く!」
 金切り声を上げた真琴は布をもう一枚引き出した。急いでイアンの傍らに膝を突く。

 止めどなく流れていく赤い命。薄手の布でただ圧迫するだけでは不十分かもしれない。動脈が走っている脚の付け根を布できつく縛ってから、真琴は外套を脱ぎ去り、イアンの脚の切断面に当てて強く圧迫した。
「リコ! こういう場合にできることはほかにないの!? 止血剤とか、そういった薬を持ってない!? リコ、聞いてるの!?」
 リコを見やれば彼女は涙を溢れさせてただ頭を振っていた。完全にパニックに陥っている。
 体重をかけて圧迫しつつ、真琴は周囲に目を配った。幸運にも近くに巨人はいなかったため、ほうと息をついた。

 ぐるぐるに丸めた厚手の外套が湿気を帯びていく。
(怖い、やだ、死なないで、お願い)
 真琴は恐怖した。青竹色の調査兵団の外套は血液を吸って緑をさらに濃くしていく。
 イアンの顔は血の気がなかった。危ないかもしれない。医師でもない真琴には応急処置が精一杯だ。出血を止める薬は持ち合わせていないし、ましてや縫合などできない。

 祈るような思いで手許の外套を見つめ続けた。まだ五分くらいしか経っていないのに、すでに一時間過ぎてしまったような感覚だった。まだ血は止まらないのかと焦りが募る。
 じわじわと滲んでいく濃さが緩やかになってきた。眼で確認する限り、広がりは収まったように見えた。

 重くなった外套を放り投げて布で傷口を巻いた。イアンの顔は蝋人形のように白く、下瞼を捲ってみると貧血の症状が出ていた。あれだけ血を失えば当然だが、あとは彼の生命力にかけるしかない。

 いまの現状でイアンを壁上へ運ぶことは無理だろう。真琴は彼の両脇を掴んで引きずる。大柄な彼はとても重くて自然と歯が食いしばる。
「手伝って、リコ! あなたの大事な人なんじゃないの!? こんな所にいたら巨人の的になる!」
 はっとしたリコ。震える手を伸ばしてイアンの無事なほうの脚を支えた。
 背後にある民家の取っ手を回す。思った通り、鍵はかかっていなかった。イアンの身体が収まるまで玄関を入ったところで真琴はリコの瞳を覗き込む。

「私は行くよ。リコはイアンさんのそばにいてあげて」
 立ち上がって去ろうとする真琴の腕をリコが掴んできた。見下ろした彼女の瞳にもう弱さはなかった。
「私も行く」
「でもっ」
「イアンの覚悟、私がまっとうする」
 そう言ってリコは潔く立ち上がり、玄関を出ていった。

 消えそうな命を前にしても大事な人のそばにいてやれない過酷な世界。「どうか無事でいて」とイアンを見降ろして祈るしかできなかった。
 玄関を飛び出して見通せば、穴を塞げる距離まであと僅かであった。いよいよ大詰めな展開である。命のやり取りをしている現状だというのに誰もが昂揚感を隠せずにいるようだ。

 真琴はリベルタに飛び乗った。前方で三体の巨人に追われているミタビ班を援護する。
「巨人を引き受けるのでエレンたちを守ってください!」
 両手のトリガーに刃を差し、イアンの時と同様に真琴は三回刃を投げた。三体それぞれの体に刃は刺さり、気づいた巨人がのろのろとこちらへ向かってくる。

「もう一踏ん張りだよ。頑張って、リベルタ」
 激しい呼吸を繰り返すリベルタに囁いて真琴はまた駆け出す。

 駆け出してから、さすがに三匹同時は調子に乗りすぎたと真琴は後悔していた。リベルタの体力はだいぶ落ちていて、どうみても巨人のほうが元気だった。
 振り返って距離を計った時である。がくん、と身体が跳ねて危うく舌を噛みそうになった。疲労で脚をもつれさせたリベルタが破竹の勢いで横転したからであった。
 良からぬことは続く。咄嗟に強く手綱を握ったのがいけなかった。勢いよく倒れたリベルタに強く引っ張られて、拍子に右肩の関節が抜けたのだ。

 痛みに顔が歪む。
「何でこんな大事なときに肩が抜けるの……。リベルタ、大丈夫?」
 肩を庇いながら真琴は起き上がる。リベルタも立ち上がろうとしていたが、前脚の肘は折ったままで後ろ脚に力が入らないようだった。限界が訪れたのだろう。

 三体はそんな真琴を見逃してくれるはずもなく、どんどん距離を縮めてくる。
 ちらりとリベルタを見やる。ここに留まっていては命はないし、リベルタも踏みつぶされてしまう。真琴は街道を左へ折って走り出した。

 最悪だった。脱臼したのは利き腕で、しかも庇いながらでは平時よりも走るのが遅い。
 何度も振り返りながら遮二無二に走り続けた。
(運が尽きたんだわ。いまのいままで命があったことが奇跡的だったのよ)
 諦めが過る。投げやり気味だったのか分からないが無茶な思考が降ってきた。巨人を倒せないものかと、真琴は一か八かの賭けに出てみることにした。

 足でブレーキをかけて向き直る。動く片腕でトリガーを引き、アンカーを巨人に放った。
 腿に突き刺さったアンカーはワイヤーで巨人と真琴を繋いだ。ワイヤーを巻き取ろうとするよりも早く、巨人が自分に刺さるアンカーに気づく。黒く光るワイヤーを掴まれた。

 不味い、と思った瞬間だった。抗えない力でワイヤーに引っ張られ、途端に真琴の身体が宙を浮く。掴んだワイヤーを巨人は振り回し、振り子のようにぶら下がる真琴を玩具のごとく扱う。

 強い衝撃は瞬く間に訪れた。
 振り回される勢いのまま、真琴の全身は民家の壁に叩きつけられた。伝ってずるりと滑り落ち、壁に凭れて身を縮める。雷に打たれたような激しい痛みが身体全体を駆け巡っており、うめき声すら忘れるほどだった。

 不愉快にニタニタと嗤う三体の巨人は屈み込んで真琴を窺ってきた。なぜさっさと食らわないのだろうか。ひどく腹ただしく思う。
 顰める顔で片眼を上げた。立体機動の兵士が上空で飛び交っているのが見えた。
「助け――」
 本能のおもむくままに助けを呼ぼうとして口を開きかける。
(ダメよ!)
 悪夢を思い出したために真琴は片手で口を塞ぐ。

 壁外遠征の時のベリーが頭を掠ったからであった。自分を助けようとして死んだベリーの、あの一瞬は忘れたくても忘れられず、いまでも時々悪夢にうなされるのだ。自分のせいで人が死ぬという胸が引き裂かれるような苦しみは、もう二度と味わいたくなかった。

 真琴を見つめる巨人は嗤いながらまだ様子を窺っている。悔しくて食いしばる歯の隙間から、恨みを絞り出す。
「……さっさと食らいついてきなさいよっ。……人間の肉が好きなんでしょっ」
 助けを請う悲鳴でも聞きたいのか。そうして泣き叫ぶ人間を無情にも噛み殺すのが彼らの趣味なのか。
 ならば悲鳴など、断末魔など聞かせてなるものか。左手で口許全体を覆って真琴は唇を強く噛み締める。

 すべてを諦めた瞬間、溢れてきた恋しさが落涙させた。

『なあ、真琴。お前の中の俺は、よっぽど薄情者だな』
 あの日、あなたの胸の中で泣いた。

『驚いたな。まるで見てきたふうな口を利く』
 あの日、あなたの隣で大空を見た。

『美化した憶測で無駄に泣くなよ』
 あの日、あなたの内側を触れた気がした。

『そうじゃない! 男と女の関係かって聞いてんだよ!』
 あの日、あなたの想いを知った。

 どれも素敵な思い出となって、映画のフィルムのように一コマ一コマあの人の表情が流れていく。どうして追想させるのか。恐怖に屈したくないのに、もう二度と会えないのだと思うと恐くなってしまうじゃないか。
 ――ああ、リヴァイ……。
 そうして覚悟のうえで真琴は瞳を瞑ったのだった。
 
 瞼の向こうに見えたのは懐かしい街並だった。美味しい空気とはいえない青空の下で、高層ビルが立ち並ぶのは真琴の産まれた場所である。
 死んで目が覚めたら見慣れた自分の部屋にいるのかもしれない。そういえば、そのような物語を読んだことがあった。ある日、異世界へ飛ばされた主人公がそこで命を絶ったとき、自分の世界へ戻っていたというお話だ。

 たいして広くない六畳のフローリング。奮発して購入したアンティーク調の白いベッド。大好きな漫画が収納されている本棚。デスクには開かれたままのノートPC。
 階下から二階にある真琴の部屋へ何やら甘い香りが漂ってくる。母親が得意のパウンドケーキを焼いているのだろうと思った。

「真琴〜! ケーキ焼けたわよ〜! お茶にしましょう〜!」
 階段のところで母親が真琴を呼んでいる。

 ああ、帰りたい。平和な日常へ。

 死んで戻れるのなら、だとしたら別に悪くないかなと、そう思った。


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mokuji
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