10.凱旋門を通り抜けたら

 凱旋門を通り抜けたら、やっと安全な場所へ戻って来たのだと実感して真琴は力が抜けた。
 ――帰って来れた。
 行きよりも少なくなった隊列を組んで、調査兵団は大勢の市民に囲まれながら本部を目指す。過酷な遠征にどの兵も憔悴しきっていた。
 市民から向けられる冷ややかな視線に兵士たちは顔を上げることができないでいたが、先をいくエルヴィンとリヴァイだけはまっすぐ前を見据えていた。
 そんな中で真琴は違和感を感じていた。
 悪戦苦闘の末生き延びて戻ってきた調査兵に対して、市民からは労いの言葉もない。それどころか白い眼で睨んでいる者もいれば、罵声を浴びせる者もいる。

「税金泥棒! 私の息子をかえせー!」
 自分の息子が任務中に亡くなったことを知った女が泣きながら訴えた。
「巨人の腹をいっぱいにさせただけで帰ってきやがった!」
 嘲笑う者。
「調査兵団なんか辞めちまえ! 無駄だ無駄!」
 無意味だと罵る者。
「何人殺せばあなたたち、気がすむの!」
 責める者。

 ただでさえ憔悴しきっているのに、胸に鋭く突き刺さるような言葉を浴びせられる。
「っ!」
 額に何か固いものが当たって真琴は痛さに眉を顰めた。手で触れると粘つく感触。無惨に潰れた黄身が白身とともにどろりと手のひらから垂れていった。
 ――生卵……。
  真琴は唖然とした。
 殻を伴ったどろどろが目頭の間をぬるりと滑り、鼻を伝って落ちていく。それは腿に落ちるとズボンに染み込む前に内側に垂れて、馬の鞍を汚した。
 周りに目をやれば何人かが同じ被害を受けていた。
 咎める者はなく全員されるがまま。どうして誰も言い返さないのか、と真琴は信じられない思いでいた。大変な思いをして帰ってきたというのに、こんな仕打ちはない。
 二個目の卵が肩に当たって割れたとき、真琴の我慢も脳裏で音を立てて割れた気がした。
「どうしてこんなことができる!? みんな仲間を失って憔悴しているんだぞ!」
 前方にいるリヴァイが、真琴の行動に気づいて周りの兵に制するよう指示をする。
「クソっ、馬鹿が。誰かあいつを止めろ!」

「何が憔悴だ! 自分らの選択の結果だろうが!」
「壁の外へ出ようだなんて罰当たりなことをするからだよ!」
「毎回あんたたちには裏切られる! もう沢山さ!」

 火に油を注いだ真琴は非難の的になっていた。たくさんの誹謗中傷に怯みそうになるが、無念で死んでいった仲間を思うと黙っていられなかった。
「みんな死ぬ思いで……! それでも人類の未来のためにと、頑張っているんだ!」
「真琴! もうやめて!」
 隣にいるペトラに肩を押さえられた。彼女は平気なのだろうか。
 真琴は勢いのままにペトラを怒鳴る。
「どうして黙っていられる!? 何とも思わないの!?」
「真琴……。お願いだから」
 逆に喰ってかかられてペトラは萎縮した。周りの兵士からもやめるよう声がかかるが、そんなの真琴の耳には入らなかった。

「パパもママも未来のために天国に行っちゃったの?」
 喧騒のただ中、甲高いたどたどしい声がどうしてか真琴の耳にクリアに聴こえた。
 水色のワンピースを着たおさげの少女だった。まだ呂律も回らない少女に突然問いかけられて真琴は動揺し口籠った。
 少女の発言からは、まるで親が調査兵団に所属していたような言い回しだった。
 背後から群衆を押し退けて老婆が前へ出る。

「この子の両親は調査兵団だった。去年の遠征で二人とも死んだよ。遺体もなく、墓の中はからっぽさっ! それでもあんた、私に、……この子に、……責めるなって言うのかい!?」
 少女の祖母であろうその人は、目に涙を浮かべて真琴に訴えてきた。少女はまだ純真無垢で、どうして祖母が泣くのか分からないといった様子でキョトンとしている。

 少女を見て真琴の顔が悲痛に歪んだ。
 ベリーと一緒だ。少女の境遇はベリーと似ている――と。
 まだ幼いのに両親を一遍に喪うなんて、そんなことが許されるのかと、真琴の心が惑う。調査兵団なんかに入らなければ、今頃この子は両親の胸に暖かく包まれていたはずだ。
 そこまで考えて、違うと真琴は頭を振った。それは違う。そんな考えはこの子の両親を侮辱することだ。あの男が言っていたではないか。

 真琴は馬から降りて少女の前に立つと、ゆっくり膝を突いて視線を合わせる。そして震える唇を開いた。
「そう、だよ。未来のため……。君に、この広い世界を見せてあげたくて。君や、君が大人になって結婚して、産まれてくる赤ちゃんが自由に羽ばたけるように。だから、パパとママのしたことは、無駄じゃないんだよ。君の未来に、繋がっているんだから」

 絶対に涙を見せてはいけないと真琴は自分に言い聞かせていた。本当に悲しいのはこの人たちだ。肉親を喪った哀情を知らない真琴には涙を見せる資格なんてない。
 少女から身につまされた真琴は、火の消えたように項垂れてその場から動けないでいた。
 誰かが真琴の腕を掴んで立ち上がらせた。
 顔を確認しなくても、その手の形状を体が覚えていた。神出鬼没。真琴が助けて欲しいときにその人は必ず現れた。
 誹謗中傷の嵐の中で真琴を引くその人に大人しく従う。腕を伝う温もりに堪えていた涙がひと筋落ちていった。

 真琴は机の上に置かれた一枚の紙と睨めっこしていた。
 始末書だ。就職して以来真面目に仕事をしてきた真琴は始末書など初めてで戸惑っていた。
 民衆と一悶着した真琴はその咎で上から始末書を求められていた。上とはエルヴィンではない。さらにトップの三兵団を纏める総統へ提出しなければならないらしい。
 少し揉めたくらいで大事になるとは思わなかった。大袈裟すぎやしないか、と真琴は思う。会社でヘマしたって上司に始末書を提出するのみで社長までは行き渡らないものだ。
 そういえば憲兵団から突つかれたらしい、とペトラが言っていた。真琴ひとりのせいで調査兵団の足を引っ張る、美味しい材料を与えてしまったということになる。
 だけれど――
 ――書く意味なんてない。だって悪いことはしていないもの。
 納得いかない真琴は白紙で提出することに決めて、始末書をむんずと掴むと自室を出て上司の元へ向かった。

 潔癖性なリヴァイの書机周りは、いまや書類の束で溢れていた。遠征明けは指示書の作成等で仕事が溜まっており、彼は忙しなくペンを走らせている。
 綺麗好きなリヴァイはこの状況を仕方ないと理解はしているだろう。だが散らかっている書机を一瞥して、憎々しげについ溜息をついたようだ。それに伴い、眼の前に立つ部下の頑迷さが疲れを膨張させていることは言うまでもない。

「なんだこれは。名前しか書いてねぇぞ」
 机の前に置かれた用紙を見て、リヴァイは舌打ちをすると指の先でとんっと叩いた。
 真琴はリヴァイと眼を合わせず、視線はずっと床の板目を数えている。
「字が書けねぇとか抜かすんじゃねぇよな。笑えない冗談だ」
 真琴は眼を泳がす。
 リヴァイの発言は遠からず当たっていたからだ。この世界の文字で真琴が書くには一行分が限界であった。
 リヴァイは単純に嫌味で言ったのだろう。しかし書かない理由はそれだけではない。" ごめんなさい "くらいは真琴でも書ける。
「書きたく、ありません」

「それで?」
 喉を詰まらせながら答えた真琴に、リヴァイは理由を言えと先を促す。
 眼の前の男に逆らうのはやはり怖い。真琴は汗ばむ拳を握り直す。
「間違ったことは、していません……」
「やり直しだ。ちゃんと書いて提出しろ。いいな」
 勇気を振り絞って言った真琴に、リヴァイは聞く耳を持たずに吐き捨てて、始末書を突き返してきた。
「悔しくないんですか!? あんな、言われ放題で!」
「仕方ねぇだろ。結果を残せなかったのは事実だ」
 感情的な真琴に対してリヴァイは無感情に述べた。

 書机で報告書の確認をするリヴァイの目元には、疲労の翳りがあった。彼も疲れているのだ。肉体だけではなく精神的にも。
 そんなリヴァイをあまり困らせたくはないが、納得できないものは仕方ない。あの仕打ちはいくらなんでもない。
「でも卵まで投げられて黙ってるなんて――」
 悔しそうに唇を噛む真琴。リヴァイは手のひらを眺めて順に指を折る仕草をしていく。
「お前は二個目か。俺はもう何個目か、覚えてねぇな」
 そう言って横目でちらと真琴を見る。
「無駄な労力など使うな。相手にするだけお前が傷つくだけだろう。いちいち泣いていたら、この先身がもたねぇぞ」

 リヴァイは椅子から立ち上がり、壁に掛けてある外套を手に取るとそれを羽織る。
「俺は少し出てくる。始末書、しっかり書いておけ」
「どこに……」
 リヴァイは真琴を見て口を開くが、一瞬躊躇して目線を落とす。
「……。殉職者の家だ。死亡届けが必要だろ」
 吐息をはきだすようにリヴァイは言った。真琴は喉を詰まらせる。

 ――死亡届け……。
 ベリーに家族はいるのだろうか。両親は亡くなったと言っていたけれど。思い出して、真琴の顔が悲痛に歪む。
 そうして少し俯き加減のリヴァイを見て真琴は思う。兵員の死を告げなければならない彼のほうが、真琴より辛い立場にいるに違いない。彼は遺族になんと伝えるのだろう。仲間の最後を。
「そんなツラするぐらいなら、俺の仕事をこれ以上増やすな」
 疲れたように言ってから、リヴァイは真琴を残して出ていった。

 溜息をついてから退出しようと踵を返して、すぐ側にあったチェストに肘をぶつけた。
「痛っ」
 肘というのは弁慶の泣きどころと似ていて、とても痛い箇所だった。骨が疼く痛さに真琴は片目を瞑って耐える、そして強めに摩って、ふとチェストを見やる。
 猫脚のチェストは不安定なのか、がたつきながら左右に揺れていた。それに加えてチェストの天板に空高く積まれた書類や箱がずれて崩れそうになっている。

「えっ。うそ、待って!」
 咄嗟に手を伸ばすが間に合わなかった。それらは様様な音を混ぜて、ばらばらと床に滑り落ちた。
「ああ!」
 真琴は慌ててその場に屈み込んで書類を掻き集める。折り重なる書類に埋もれるように箱があった。A4ほどの大きさの箱は無地の紙製で薄灰色をしている。落ちたときの衝撃で蓋が外れたのか逆さまのまま中身をばら撒いていた。
「もう!こんなに高く積むから」
 ぼやきながら散らばる書類を掻き分けていると、箱の中身が姿を現した。
 眼に飛び込んできたそれに、拾おうとした真琴の手が止まる。

「自由の、翼……」
 沢山の紋章がそこにはあった。真琴が着用しているジャケットの胸のそれと同じ物。違うのは、どれも引き千切った跡があり、ほとんどが赤黒く汚れていること。
 ――これって、血?
 真琴は思い返していた。
 あの夜、遺体収容の荷車の近くにリヴァイがいたのは、このためだったのだろう。亡くなった仲間の生きた証を取りにきたのだ。
 真琴は思った。もしかするとリヴァイほど仲間を喪って悲しんでいる人はいないんじゃないか。誰よりも泣きたいのは彼なのかもしれないと。

 真夜中になっても隣の部屋の主は帰って来なかった。
 真琴はリヴァイが気になって眠れずにいる。死亡届けを渡してくると言っていた彼が気にかかっていたから。 何となしに寝返りをしたときだった。廊下で何かぶつかった音がして真琴は弾けるように部屋を飛び出した。
 薄暗い廊下の先にリヴァイの姿があった。彼は足元をふらつかせて壁を伝いながら歩いている。
 駆け寄って、その理由がわかった真琴は片手で鼻を覆う。

「お酒、飲んできたんですか」
 リヴァイからツンとしたアルコールの刺激臭がした。
「真琴、か」
 薄目でこちらを凝らすリヴァイは、相当お酒がまわっているように見えた。表情には表れていないが、彼は気怠そうな雰囲気を醸し出していた。
 普段のリヴァイからは想像もつかなくて困惑したが、真琴は彼の腕を取って自分の首に回した。
「部屋まで付き添います」
「いらねぇ」
 身を捩って真琴を払うおうとするリヴァイを無視して、支えながら廊下を歩く。

 吐息が聴こえるかと思うほど顔が近かった。アルコールの匂いを吸い込むだけで、真琴まで酔ってしまいそうだ。
 ちらりと盗み見ればリヴァイは眼を伏せている。
 ――睫毛、長いんだ……。
 真琴が掴むリヴァイの手首はがっしりと筋肉質だった。密着している身体からも彼が小柄の割りに骨密度が高いことが窺われる。
 全体重がかかれば、真琴は潰されてしまうだろう。支えているのにあまり重くないのは、リヴァイが体重をかけていないからだろうと思った。
 かなりお酒臭く、足取りも覚束ないが意識はしっかりしているのだろう。リヴァイはほとんど自分の足で歩いていた。
 リヴァイの部屋のドアノブを掴んで真琴は一瞬考える。
 鍵は、と訊こうとして鍵などかかっていないことに気づいた。リヴァイの部屋を最後に出たのは真琴だったのだから。
 思えば不用心ではないか。リヴァイほどの役職ともなれば機密書類のひとつやふたつあってもおかしくない。大丈夫だったかな、と真琴は気になった。

 ドアノブを捻って扉を開けた。暗い闇のただ中で天窓から洩れる月明かりを頼りにベッドまで進む。
 リヴァイが、床板を進む真琴の足元を見つめて小さく呟く。
「離れろ」
 吐息がかかって頬にくすぐったさを感じながらも、真琴は呆れ顏で返す。
「強情ですね。ベッドまで手伝いますよ」
 酔っ払いの人ほど強がりを言う。ふらふらのくせに手はいらないと突っぱねる。
 くすりと真琴の唇から笑みが洩れた。
 友人が大いに酔っ払ったときのことを思い出す。あのときも、確か介抱はいらないと真琴を困らせのであった。

 ふと支えているリヴァイの腕に力が込められる感触があった。
 それは不意打ちだった。
 ベッドの傍に辿り着いたとき、真琴の首に回した腕に強く引かれて、気づけば視界が反転していた。

 群青色の瞳は、暗闇では漆黒に見える。月明かりに照らされて少し光る眼がちょっと怖い、そんなことを思っていた。
 近くで見ると端正な顔つきは女性を虜にするには充分だろう。ただ薄い唇と三白眼がちょっと損している。酷薄に見えるから。
 背中に肌触りのよい柔らかい感触がある。それは真琴のとは違う他人の匂いで溢れていた。けれど少しも嫌ではなかった。むしろ安心するほどだった。
 脚と脚の狭間には真琴のではない脚が入り込んでいて、触れている部分が熱かった。
 遅れて、目の前の男に両腕をベッドに固定されて組み敷かれていると、ようやく認識した。

「ぁ……」
 眼を細めてリヴァイは真琴を執拗に見つめてくる。真琴は顏に熱があつまるのを感じていた。
 掴まれた両手首をぐっと強く握られる感触に戸惑う。
 軽く身動ぎをするとリヴァイの瞳が少し揺れて、そうしてベッドと真琴の狭間に腕が差し込まれる。
 背に差し込む熱にやっと真琴は我に返った。
 リヴァイの胸元を解放された左手で突いて、そうして真琴は動揺を誤魔化すかのように声を張り上げる。
「り、リヴァイ兵士長って! そ、そーゆー趣味があるんですか!?」
「趣味?」
 怪訝そうに眉を寄せたリヴァイは軽く首をかしげた。
 真琴は必死な形相で吠える。
「い、いわゆる! 男が好きって――」
 真琴の言葉を遮るようにリヴァイは冷ややかな眼で拳を振り上げる。
「痛い!!」
 唐突に額を拳骨されて真琴は痛みに体を海老のように丸くした。
 痛がる真琴を尻目にリヴァイは呆れ口調で言う。
「馬鹿か」
 そうして真琴から離れると、リヴァイはベッドに浅く腰を降ろした。

 真琴はベッドから飛び降りてすぐに逃げられるよう、扉を背にする。
 リヴァイは背を丸めて疲れたように溜息をついた。
「女でも抱いてくるんだったな」
 リヴァイは気怠そうに片腕で前髪を掻き上げる。呟く彼は珍しく憔悴の翳りがあった。
 ついさっきの心騒ぎを収めるために真琴は胸に手を当てながら、
「殉職の、報告してきたんですか?」
「散々罵られた」
 ふっと嘲笑してリヴァイは続ける。
「毎度のことだがな」
 見ていられなくて真琴は悲痛に俯く。
 リヴァイの、その肩が傷ついている、そう思った。けれど慰めの言葉などかけられない。背負っている物が重過ぎて、どの言葉もきっと安っぽく聞こえてしまう。
 重苦しい空気に居た堪れなさを憶えていると、やにわに視線を感じて真琴は顔を上げる。
 リヴァイが真琴をまっすぐ見据えていた。
「お前には見えるか? 俺と同じものが」
 言っている意味は分からなかった。ただ、漠然と思う。
 助けを、求めている? 肩が、重くて重くて潰されてしまうほどに、悲鳴を上げているのではないかと。

「何を言ってるんだかな」
 息をはくと、リヴァイは立ち上がりチェストの戸を開けて琥珀色の瓶を取り出す。
 グラスに注ぎ口元に近づけたところで、真琴は慌てて駆け寄りグラスを取り上げた。
「何をする」
 真琴が取り上げたグラスを取り返そうとリヴァイは手を伸ばす。
 真琴は隠すようにグラスを胸に抱いて庇う。
「今夜はもう、やめたほうが!」
「俺に近づいていいのか、真琴よ」
「はい?」

 呆けているとリヴァイが真琴の顎を掴んで引き上げる。
 真琴の頬に熱が灯る。
 さっきからこの男は真琴にちょっかいを出すけれど、リヴァイは実を云うと男色なのでは、と疑問が湧く。正確に云うと両刀なのかもしれない。
 そんな馬鹿なことを考えていたから、グラスを庇う胸に手を差し込まれたのにも気づかなかった。
 グラスは呆気なくリヴァイの手に渡る。

「あ」
 まんまとしてやられて、真琴の口から間抜けな声が出た。
 リヴァイは琥珀色の液体を飲む。連動して上下する喉仏を真琴は心配そうに見守った。
 一気に飲み干すとリヴァイはふぅと息をはく。
「冗談だ。男になんぞ興味ねぇよ」
 言って、顎を伝った酒の雫を乱雑に手の甲で拭う。
 飲み方に不安を覚える。その酒はごくごく飲めるほど軽いものじゃない。水で割ったり、ロックにしたりして少しずつ流すものだ。
 リヴァイがどれほど酒に強いかは知らないが、浴びるように飲む姿は痛々しくて見ていられなかった。

「ヤケ酒は、体によくないですよ……」
「ヤケ酒……?」
 気に入らなそうに片眉を上げたリヴァイ。真琴は続ける。
「だって、飲まないと気が安まらないんでしょう。苦しいんじゃ、ないんですか?」
「何に」
 リヴァイは飲み干したグラスを無表情に見つめる。そうして、真琴が泣きそうな表情でこちらを見ているのに気づいたようだ。
「苦しい? 違う。罵られてむしゃくしゃしているだけだ」
「違う」

 間髪入れずに否定したから、リヴァイは気分を害したみたいだ。
「何が言いたい」
「苦しんでる。だって、肩が泣いてる」
 リヴァイは弾かれたように眼を見開いて、そしてすぐさま真琴を睨めつけてくる。
「分かったような口を訊くな。泣いている? 馬鹿かっ」
 吐き捨てるように言うとリヴァイは酒を注いで椅子に腰掛ける。
「出ていけ。酒が不味くなる」
 真琴は項垂れて踵を返す。無性にその背中を撫でて上げたい衝動に駆られたが、リヴァイがそんなの許すはずもないと、部屋をあとにしたのだった。


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