05.豪然たる強さに魅せられ
――彼女は知らなかった。
辺りを薄霧が漂う遥か頭上から、ぼたぼたと滴り落ちてくる液体は、はたして雨なのか。へたりこむ彼女の頭に降ってくる液体は雨なのか。それとも、雨であってくれと、両手を震わせて願っているから雨に見えるだけなのか。
全身に染み込んでいく液体は生ぬるく、鉄錆のような嫌な匂いは鼻に強く、見開く双眼で見つめる両手は恐ろしく艶やかで赤い。
小刻みに震える両手から、滑った一滴がぽたりと地面に落ちた。王冠のようにぴちゃんと跳ねたそこは、おびただしい真っ赤な水溜まりができていた。
――彼女はただ知らなかっただけなのだ。この世界の真のありさまを。
※ ※ ※
隊列を組んだ約半数の調査兵が本部からトロスト区正門へ向かうさまは、異様な物々しさがあった。民衆の激励を受ける調査兵の表情は、新兵はもとより、経験のある兵士までもが緊張で顔を強張らせている。
「人間様の怖さを、巨人に思いしらせてやっとくれよ!」
見送りの群衆から放たれた女の濁声を浴びて、唯一、爽やかな笑顔で応じたのはハンジだった。常歩の馬上から大きく手を振る。
「ほ〜い! お行儀よくするよう、厳しく躾けてくるね〜!」
後方のほうで投げキスまでしているサービス精神旺盛なハンジを振り返り、リヴァイが溜息をついた。
「いつものことだが、不真面目な奴だ」
「あえて明るく振る舞って、士気を上げようとしてくれてるんじゃないでしょうか。この重苦しい空気はボクも耐えられませんし」
リヴァイの横で馬を歩かせている真琴に彼は辛辣に言った。
「重苦しい空気が耐えられない? 馬鹿言ってんじゃねぇ。まだ甘っちょろい気でいるなら、池に頭を突っ込んで冷やしてこい」
「……すみません」
隊列を組む調査兵が重苦しい雰囲気に満たされているのは必然なのだ。真琴にとって初の壁外調査に、これから繰り出すからである。まだ巨人を目にしたことのない真琴でも恐怖は感じている。が、経験している者の恐怖とは概して違うものなのだろう。お化け屋敷で次の部屋へ向かうために、何が飛び出てくるか分からないドアノブをじっと握って、中の気配に神経を尖らせているようなドキドキ感に近いかもしれない。
「リヴァイ兵士長! ウォールマリアを奪還してください!」
正門前に辿り着き、開門を待っているリヴァイに民衆から声援がかかった。積み重なったブロックで作られている引き上げ式の扉を見据える彼の眼が、民衆のほうへ動くことはなかったけれど。
(調査兵団が壁外遠征に出るのは、ウォールマリアの奪還が目的なのよね)
本来の目的は壁外の調査であり、巨人の生態を把握し、いずれは世界を取り戻すことだった。ウォールマリアを取られたいま、人類の領域を取り戻すことが最優先課題になっているのだ。そのため、ウォーローゼ南のトロスト区から、ウォールマリアのシガンシナ区までルート作りをしなくてはならないのだが、これが二十年以上かかると言われているのだから、気の遠くなる作業である。
いつ開門するのか詳細な時刻が決まっていないので、それが周囲の緊張をまだかまだかとより煽っていた。門の外では、いまごろ兵士が周辺の巨人を片付けていることだろう。
壁上に豆粒大の兵士が見える。拡声器で膨張された声が降りかかる。
「トロスト区門前の、巨人の掃討が終わりました!」
合図を聞いてエルヴィンが片腕を挙げた。
「開門!!」
金切り声のような金属の擦れる音が響き渡り、つい両耳を塞ぎたくなる。鎖によって、頑丈な石の扉が徐徐に引き上げられていく。
(いよいよだわ)
向こう側にあるウォールローゼの一班が見え始め、胸から飛び出そうとしている真琴の心臓が脈打ち出す。人前で発表するときの緊張状態と似ている。
エルヴィンが号令をかける。「まずは補給場を目指す!!」
前方に向けてまっすぐ腕を伸ばした。
「出立!!」
まだ馬上の高さほどしか吊り上げられていない正門から、低い天井をくぐるようにして調査兵は次々と駆けていく。
「真琴」
リヴァイに呼びかけられて、つい肩を痙攣させた。
「は、はいっ」
「生き残ることだけを考えていればいい。余計な真似はするな。分かったな」
「それはつまり――」
言いかけた真琴と視線を合わせることなく、リヴァイが馬を駆けさせた。
(何もしないで逃げ回ってろ、ってことでいいの?)
と思いながら、遅れを取らないよう、真琴もリベルタの腹を蹴ってリヴァイのあとに続いた。
正門を抜けて、放棄された無人の市街地を駆け抜ける。トロスト区の正門よりの街は民家が密集していて迷路のようだ。リベルタに揺さぶられながら、流れていく街並を真琴は振り返る。
(きっと五年前までは賑わっていたのよね)
宿主を失えば、あとは朽ちていくばかりだ。やむなく故郷を捨てた人たちを思うと胸が痛んだ。
「よそ見をするな」
感傷に浸っていた真琴の横からリヴァイの鋭い声がした。
「四方に神経を張り巡らせておけ。ここらは建物の死角だらけだ。どこに巨人が潜んでるか知れん。市街を抜けるまでは特に要注意だ」
「はいっ」
前傾姿勢で手綱を握るリヴァイの表情はいつになく固い。少しの油断が命を脅かすからだろう。
しばらく駆けて、民家が入り組んでいる箇所を抜けた。多少田舎の風景が眼前に広がってきたとき、前を駆けるエルヴィンが横顔を見せて片腕を横に伸ばした。
「長距離索敵陣形、展開!!」
号令とともに隊列が扇状に広がっていく。リヴァイが加速させて前へ出ていくのに合わせて真琴も続く。減速して後ろへ下がってきたエルヴィンとすれ違う。
「リヴァイ、頼んだぞ」
「ああ」
そうして陣形の先頭に出たリヴァイと真琴は、今回の遠征では初列索敵を任されていた。眼に流れていく古びた民家。その途切れた合間にちらりと見えたのは、おのおのが視認できるギリギリの距離のところで、ペトラとオルオ、エルドとグンタが両隣を駆けている姿だった。
広げた扇子のような陣形は、巨人を逸早く発見するのに適しており、なるだけ戦闘を回避できるように考案されたらしい。
陣形が展開してからまもなく、遠く右翼のほうから信煙弾が上がった。空高く打ち上げられた赤い煙を見て、真琴は他人事のように呟いた。
「赤い煙弾が上がってます」
「初列七辺りか」
並走しているリヴァイは両眼を細めて煙の方角を確認している。緊張感のない真琴と比べて謹厳だ。
次列中央で指揮を取るエルヴィンが、間をおかずに緑の信煙弾を西の空に向かって撃った。すると、全体が大きな生き物であるかのように陣形の進路が西へ変わっていく。
赤い煙弾は巨人と遭遇したときで、緑の煙弾は陣形の進路方向を示すのに撃つ。伝達手段はおもに信煙弾を使い、緊急の場合は口頭伝達になる。
(伝言ゲームと同じよね。なんて原始的なの)
スマートフォンがあれば一瞬で連絡が取れるのに、とつい思ってしまう。基地局がないのだから、開発されていない壁の外では使えないのだろうけれど。スマートフォンがないのなら、無線機を使うのはどうか。これなら壁の外でも有用そうだし、伝言ゲームよりも信頼性があって確実だ。
(って、そんなのどこにあるっていうのよ)
ないものねだりをした真琴はかぶりを振った。この世界には真琴が思い浮かべたような便利な代物は一つもないのである。
それぞれの煙弾の意味を黙考していた真琴は遅れを取った。手綱で指示をしていないのに、利口なリベルタは多少迷いを見せつつもリヴァイの方向に合わせて駆けてくれているけれど。
「なに頭を振ってんだ。ほうけてないでしっかりついてこい」
リヴァイが叱り飛ばすのも無理はないのだが、だんだんと、夢かうつつか判断がつきにくくなってきてしまうのだ。どうしてこんなところで馬を駆けさせているのだろう、と本気で不思議に思えてくるほどだった。
薄れてきた現実が瞬時に戻ってきたのは、黒の信煙弾がすぐ近くで上がったからだった。
「前方に十五メートル級が一体! 目標との距離、五百!」
少し離れた位置から上がったペトラの張りつめた声が一瞬止まる。
「奇行種です!」
「戦闘を避けられねぇな」
舌打ち混じりのリヴァイの呟きだった。真琴は呆然としてしまい、手綱を握る手が弛緩する。
(……なにあれ)
斜め前から突進してくる巨大な生き物は、轟音を地に轟かせながら走ってくる。大きな体には四肢があり、締まりのない顔で口から涎を散らしていた。途方もなく巨大なことを除けば人間に見えなくもないが、羞恥心がないのか裸だった。
「……あれも人間?」
想像を遥か超越した生物を前にして、真琴は唖然とした。
「真琴!」さらに謹厳にさせた面容のリヴァイが口を開いて叫んでいる。「――真琴っ!!」
はっと我に返ったのは、リヴァイが真琴の名前を怒鳴って三回目のときだった。慌てて彼に向き直る。
「あれって」
「初列三に奇行種だ。俺は援護に行く」
「あれって人間?」
荒唐なことを口ずさんだ真琴をリヴァイは怒らなかった。真剣な瞳に哀れな色が微かに帯びる。
「あれは人間じゃない。化け物だ。人間を食らう敵だ」
「人間じゃ――ない」
リヴァイは頷いた。「そうだ。いいか、俺は少し離れる。出立前に言ったことを覚えてるな?」
「生き残ることを考えていればいい」
「余計なことはしなくていい。真琴は絶対に馬から降りるな」リベルタのほうに視線を下げた。「何があってもこいつを降ろすな」
そう言ってリヴァイは近づいてくる奇行種へと駆けていった。真琴はいまさら実感しているのだった。巨人の巣の真っ只中に足を踏み入れてしまったのだ、と。
巨人が暴れる地響きがリベルタを通して真琴の全身に伝ってくる。近くまで来たとき、すでにペトラとオルオが応戦していた。
前傾で前を駆けるリヴァイの背筋がすっと伸びる。手にしたグリップですらりと刃を引き抜き、建屋にアンカーを放って馬上から立体機動に移っていく。
恐怖というよりも真琴は半ば混乱しかけており、どうしたらいいか分からずに馬上でおろおろしていた。
「夢でも見てるのかしら。あんなのが現実に存在するなんて」
石造りの民家がケーキでも潰すように巨人の足で崩されていく。巨人の周りを立体機動で飛び交う人間がとても小さく見えた。巨人の瞳には索敵支援班の彼らが煩わしい蠅のように映るのだろう。次々といとも簡単にはたき落とされていく兵士が地面で悶えている。巻き込まれないよう距離を取りつつ、真琴はただ呆然と眺めるしかできなかった。
※ ※ ※
討伐にあたっているペトラとオルオは、不規則的に動き回る奇行種に手こずっているようだった。うなじを狙おうとすれば腕を振り回され、打ち落とされる前に彼らは廃墟へアンカーを飛ばして体勢を整える。その繰り返しでなかなか仕留められずにいた。
奇行種は陣形に突っ込んでこようとしている。廃墟から廃墟にアンカーを飛ばして追いついたリヴァイが、ペトラとオルオの傍らに並んだ。
「お前ら、いつまで手こずってる」
「奇行種の奴、すばしっこくって!」
口惜しそうにオルオは口許を歪める。
「このままだと陣形を崩される」ガスを噴かして抜け出たリヴァイは、奇行種の脇腹にアンカーを飛ばした。「俺がやる。お前らは援護に回れ」
「了解!」
二人の声がそう言い、ペトラとオルオが瞬時に左右に別れる。
目の前に飛び出したリヴァイを薙ぎ払おうと、奇行種の動きが一瞬止まった。隙を逃さず、刃を構えたペトラとオルオが地面に沿うように左右から飛んできた。奇行種の足の腱を斬りつけて、彼らは交差して飛び去っていく。
筋肉の束を断ち切られた奇行種は両膝から崩れ落ちていく。機を捉えたリヴァイは分厚い肩にアンカーを突き刺す。カミソリのような向かい風に眼を瞑ることなく、高速でワイヤーを巻き取る。みるみる迫ってくる巨人のうなじに焦点を合わせ、両腕を振り上げると同時に半身を大きく捻り、苛烈さ漲るさまで刃を振り落とした。
※ ※ ※
リヴァイらが奇行種を倒した数十分前の出来事である。
しばし呆然としていた真琴は、苦しそうな呻き声が聞こえて、はっと眼をしばたたかせた。負傷した兵士を介抱する者の姿があちこちに見えた。
「ボクも何かしないと」
怪我人を前にして、妙な連帯感がむくむくと沸き上がってくる。助勢しなければという熱い気持ちだった。
(救命処置くらいなら、私にだってできる)
余計なことをするなとリヴァイに言われたが、会社で救命講習を受けた経験を生かして怪我人の手当をすれば、少しは役に立てるはずだと真琴は思った。
熱い使命感に燃える真琴はリベルタから降りようとした。急に常歩で転回しだしたリベルタに下馬を拒まれる。
「止まって、リベルタ。救助に行けないじゃない」
リベルタはおそらく、リヴァイの言いつけを守っているのだ。柔い被毛に包まれた温かい首筋を、真琴はぴしゃりと叩いた。
「あなたの主はボクでしょう! 降ろしなさい!」
しゅんとした態でこうべを垂れ、ゆっくりとリベルタは止まった。意気込んで飛び降りた真琴は、救急セットを持って低い柵で囲まれた小さな畑のほうへ走った。隣にある納屋のそばで倒れている兵士に駆け寄る。
「うっ」
駆け寄った真琴は急いで鼻と口を手で塞いだ。漂う鉄錆の臭いと、腹から迫り上がってくる吐き気を遮断するためだった。
足許で倒れている兵士の凄惨さは、真琴に激しい後悔をもたらした。調査兵団に入団したのは人生最大の不覚であったと痛感したのである。
辺りに散っているおびただしい血痕。錆びた鉄の臭い。体の横半分を失って内蔵をはみ出させている兵士は、すでに事切れていた。人間の体の中身が、こんなにも生臭い悪臭を放つのだと、知らなくてもいいことを初めて知った。
(これが――食われるということ?)
酸っぱいものが胃から逆流してくるのを両手で抑えこんでいたが限界だった。踞って、真琴はその場でたまらず嘔吐する。喉をえぐるような痛みを伴って胃の内容物を出し切っても嘔吐感は収まらない。
周囲は異常な光景だった。人間の体の一部がそこら中に転がっていた。生々しい血と、鼻を突く臭いがなければマネキンの部品に見えたかもしれない。
依然嘔吐が止まらない真琴の近くで、女の泣き叫ぶ声があった。仲間の兵士に両脇を引きずられている彼女に傷は見当たらない。恐怖の色で歪む両目から滝のような涙を流している。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
女の目線の先にはうつ伏せで倒れている兵士がいて、血塗れの指先がぴくぴくと動いてはいるが、死にかけに見えた。どうも彼女はその兵士に向かって謝り続けているようだった。
女を支えている兵士が彼女を平手打ちした。「ベリー、しっかりしなさい!」
リヴァイやオルオのように、悲惨を前にしても冷静でいられる兵士ばかりではなくて、真琴のように動揺してしまう兵士も中にはいるみたいだった。
苦しい嘔吐によって額に油汗を浮かばせるも、ようやく吐き気が収まった真琴は、地面を見つめて荒い息を繰り返していた。
(変だわ、この世界は! こんな現実、嘘よ!)
現実を受け入れることを必死に拒否していたときだった。
「真琴、後ろ!!」
奇行種の足の腱を斬りつけて戻ってきたペトラの声だった。廃墟の屋根に飛び降りた瞬間、必死な形相で真琴の後ろを指差したのである。
(今度は何なの)
腕で口許を拭いつつ、真琴は放心状態で振り返った。家畜を飼っていたであろう小屋の影から、巨人が顔を覗かせている。凝視されていて、たちまち真琴の全身は恐怖に支配されていく。
「あ」
薄く開いた唇から漏れ出た声は意味のない言葉だった。
(すぐに立体機動に移らなくちゃ)
トリガーを握るも、氷のように固まった身体の指先は動いてくれず、ぺたんと真琴は尻もちを突いた。
数メートル先の屋根で、焦りを隠せないペトラがグリップに刃を嵌め込もうとしている。が、手許が狂ったようで最後の刃を嵌め込み損ね、屋根に滑り落ちていった。切羽詰まったけたましい声を上げる。
「何してるの、真琴! 動いて! 逃げるのよ!」
萎えた両足で地面を掻くが、冷たい兵士の死体に腰が触れただけだった。
――私も、あの人みたいに、食われる。
死を想像したとき、強い風が真横を走り抜けて真琴の短い髪が舞った。それは外套をはためかせて、まっすぐに巨人へと突っ込んでいった。
※ ※ ※
奇行種を撃破して、急ぎ陣形に戻る途中のリヴァイの眼に入ってきたもの。それは、のそりと近づいてくる巨人を前にして、腰を抜かしている真琴の姿だった。
(なぜ命令を聞かないっ、じゃじゃ馬がっ)
一瞬、氷塊をヘソ回りに押し当てられた心地に陥った。この距離ならば救うに容易いのに、何を焦っているのか。数ヶ月前に失った部下を思い出して、映像が重なったからとも思えない。苛ます悪夢は己の中で鍵をかけたのだから。
であるならば、心臓がざわつくのはどうしてか。腑に落ちず、それをリヴァイは気持ち悪いと思っていた。
巨人は真琴を標的としている。自分に気を引かせるには、正面から突っ込むのが手っ取り早い。
遠心力を使い、掘っ建て小屋を大きく旋回して真琴の背後に回る。動くとも思えないが念のため警告する。
「飲み込み悪いそんな頭でも、大切なら立ち上がるな」
掘っ建て小屋の斜め向かいの納屋を目安に、真琴の頭上すれすれでアンカーを飛ばす。四足歩行の獣のように、低い体勢で顎を引いている巨人の鼻頭に突き刺さった。
痛そうに鼻を押さえた巨人はだたを捏ねるように転がり回る。気の毒にも思わず、リヴァイはワイヤーを巻き戻して真琴の頭上を通過し、突貫していく。
家畜小屋を破壊しながら、悶えて転がりまくる巨人のうなじを捉えた。両の刃を振り上げ、深くめり込ませて肉を断つ。噴き出した熱い血潮をリヴァイは真正面から浴びた。
何が起こったのか。頭が真っ白だった真琴は、一部始終を見ていたようで見ていなかった。気づいたときには、巨人から激しい蒸気が立ちのぼっていた。返り血を浴びたリヴァイが煩わしそうに横顔を顰め、グリップを握る手と、刃にべったり付着した血を振るい落としている。
風に煽られてたなびくリヴァイの外套から、真琴は視線を離せなかった。彼の闘いぶりを初めて眼にした瞬間で、まさに豪然たる強さに魅せられていたのである。
肩越しに振り返ったリヴァイは安堵した様子で息をついてみせた。
「馬鹿が。馬から降りるなと言ったろう」
「これが……リヴァイ」
ぽつりと口をついた真琴の声は、誰にも聞こえなかったろう。しかしてリヴァイは、真琴の胸に絶対的な安心感を植えつけたのだった。
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mokuji
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