41.女型戦3

 反射光を通り過ぎた瞬間、待ち構えていた調査兵たちが即座に罠を仕掛けた。女型の巨人に向かって、捕獲用のワイヤーがいくつも発射された。
 ――これが今回の作戦であった。

 恐怖から解放されたオルオは振り返りざまに唾を散らす。
「み、見たか! 調査兵団の実力を! ざまあみろ!」
「生け捕りを企ててたのか」
 エレンがぽつりと声を落とした。リヴァイは馬上から腰を浮かせる。
「俺とは一旦別行動だ。班の指揮はエルドに任せる。立体機動に移り、適切な距離であの巨人からエレンを隠せ。いいな?」
 そう言い置いてリヴァイは立体機動に移った。

 女型の巨人はワイヤーでがんじがらめにされており身動きができないようだ。それを木の上で淡々と見降ろしているエルヴィンのそばに着地する。
「動きは止まったようだな」
 エルヴィンは大きな顎で指し示す。「まだ油断できないが、見ての通りだ」

 一つ向こうの枝でハンジが防音の耳当てを外しながらふうと息を吐いた。彼女の傍らにあるのは樽の発射装置である。あそこから罠であるワイヤーが放たれたのだ。
「私が考案した釘つきのワイヤーシャワーだ。もがけばもがくほど肉に食い込んで、ますます出口なしだよ。森の外も巨人の食い止めができているみたいだね」
「それにしても絶好のタイミングだった。このポイントまで、よくぞあれを誘導してくれた」
 エルヴィンが言った。

 作戦は成功したというのに、リヴァイの胸はどこか晴れない。必要だったとはいえ犠牲が多過ぎた。
「後続の援兵が、身命を賭して時間を稼いでくれた。あれがなければ不可能だった」
「そうか」
 エルヴィンは微かに瞼を伏せた。それから、うなじを両手で庇ったまま沈黙している女型の巨人を、雪のように冷たい双眼で見降ろす。
「では、我々の犠牲をこの者に払ってもらおうじゃないか」
 エルヴィンは考えた。意思を持ってエレンを狙うこの女型の巨人も、うなじの中に人間がいるのではないか、と。それが兵団の中に紛れ込んだ裏切り者だと認定したのだ。

 トロスト区の惨事以降から、きっとそれ以前のウォールマリア陥落から、たった五年でとんとん拍子に事が運んでいると思った。約百年奪取されてきた自由を奪い返す日も、いよいよ近いのかもしれない。
「リヴァイ、頼む」
「中でしょんべんを漏らしてねぇといいが」
 女型の巨人の正体を暴くべく、リヴァイは二本のブレードを構えた。

 ところが不測の事態というものはやはりつきものである。まずうなじを守る巨大な両手を切り落とそうとしたのだが、逆に剣が折れた。女型の皮膚がダイヤモンドのように硬質化したのだ。ミケと交互に何度もうなじを狙ったのだが、硬質化された両手に阻まれてどうしようもなかった。
 為す術もなくミケは肩を竦めて首を振る。腕を組んだエルヴィンもどうしたものかと思案している。

 多大な犠牲を払ったのにあと一歩のところでなぜ躓くのか。女型の巨人の脳天にリヴァイは飛び乗った。柔らかな金髪の髪の毛がまた腹に据えかね、眼も据わる。冷静であろうとしても思わず暴言を吐いてしまう。
「お前は確か、いろいろなやり方で俺の部下を殺していたが、あれは楽しかったりするのか? 俺はいま楽しいぞ。なあ、お前もそうだろう? お前なら俺を理解してくれるだろう?」

 喋らないのは分かっている。それがますますリヴァイの腹を煮えさせる。中の人間にまだ毒を吐き足りない。
「一つ聞きたいことがあった。お前の手足は切断しても大丈夫か? また生えてくるんだろう? ああ、お前自身の本体のほうだ。死なれたら困るからな」
 言い切ったとき、巨人の口が深く息を吸い込んでいることに気づいた。そうしてぴたりと止めたかと思ったら、狼の遠吠えのように咆哮を上げた。

 鼓膜が割れそうになり急いで耳を塞ぐ。長く伸びる強烈な声量はリヴァイの全身をびりびりさせた。
 三分ほどして咆哮はようやく納まった。
「てめぇ、びっくりするじゃねぇか」
(断末魔か? あれだけ殺しておいて厚かましい)
 と思ったのだけれど、エルヴィンの傍らにいるミケが鼻を敏感にさせているのを見て、眼を細める。
(まさか――)

 ミケが警告した。
「匂うぞ! 全方位から多数! 先に東から来る! すぐそこだ!」
 一気に緊張が高まる。これは極秘作戦だったのでほとんどの戦力は森の外に置いてきている。囲まれたらこちらが全滅するかもしれない。
 エルヴィンが片腕を伸ばして命じる。「荷馬車護衛班、迎え撃て!」

 わらわらと走ってきた巨人たちに護衛班が立ち向かう。が、巨人たちは彼らを素通りしてリヴァイに向かってきた。
 リヴァイは女型の巨人の頭頂部を蹴りつける。
「てめぇ、さっき何をした。まさかと思うが豚共を呼びつけたのか」
 自分に襲いかかってこようとしている巨人を、リヴァイは二体まとめて仕留めた。木に飛び移って女型の巨人を振り向いたとき、エルヴィンの怒号が轟いた。

「全員戦闘開始! 女型の巨人を死守せよ!」
(死守だと?)
 一瞬理解できずリヴァイは命令を二度呑み込むことになった。しかし一拍してから、集まってきた巨人が人間ではなく女型の巨人に食らいついていく光景が眼に入った。
 全員で討伐にかかったけれど、飴に群がる蟻の量は際限なかった。おびただしい蒸気が上がり、ばかでかいあばら骨が見え始めたころ、エルヴィンから一時退避の号令が上がった。

 リヴァイはエルヴィンのそばに降り立つ。
「やられたよ」
 そう呟いた彼は気持ちの悪い笑みで骨と化した女型の巨人を見降ろしていた。この状況がなぜ笑えるのか、リヴァイにはまったく理解できない。
 エルヴィンの呟きは続く。
「自分ごと巨人に食わせて情報を抹消してしまうとは」
(敵ながらあっぱれだとでも? 地団駄ぐらい踏みやがれ)

 リヴァイは眼を逸らした。相も変わらず変人な思考だ。長いつき合いなので怒りを通り越してしょうもない奴だと呆れてしまう。
 エルヴィンが巨人に対する怒りなどから団長をしているわけではないのは薄々勘づいていた。ハンジと近いものがあって、好奇心が彼を動かしているのではないかと思っている。その好奇心も探求の先には自由が待ち構えているのだろうけれど、なにもこんなときに薄ら笑いを浮かべなくてもいいではないか。

 それからエルヴィンは総員撤退を下し、カラネス区への帰還を命じた。
 リヴァイは落胆し、つい重い溜息が出た。なんてことだ。犠牲はすべて無駄に。それに結果を残すことが生き延びる道だったエレンは死刑になってしまう。

「審議所であれだけ啖呵切ったあとでこのザマだ。大損害に対し実益は皆無。このままのこのこ帰ったところで、エレンや俺たちはどうなる」
「帰ったあとで考えよう。いまはこれ以上損害を出さないよう尽くす」
 おそらくエルヴィンも責任を取らされることだろう。読みが甘かったと言われればそうなのかもしれないが、共食いをさせるなんて、そんなこと誰も予想しなかった。
 リヴァイは森の奥のほうへ向かって体勢を向けた。
「俺の班を呼んでくる」

 時間が惜しかったのですぐさま班を呼び戻したかったのだが、リヴァイは少し離れた荷馬車にいた。エルヴィンが刃とガスを補充していけというので、急いで準備をしていたのだ。
 荷車に転がっている新しいガスボンベをセットする。
(エルヴィンはいらないことは命令しない。何を怪訝に思って俺に補給させる)

 と、少し離れた先の真向かいで、外套のフードを被った一人の調査兵が、森の奥に飛んでいくのを見かけた。撤退の方角は正反対である。不可解に思ったが、撤退の煙弾があちこちで上がっているし、そのうち方角を間違えたことに気づくだろう、とリヴァイは別段気にも留めなかった。


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mokuji
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