13.巡り合わせというのは不思議

 ここは王都に近いウォールシーナ。王侯貴族の住まいがある街は生活している人々の層もどこか品がある。高級店がひしめく通り沿いの時計台前で、真琴は一人で立っていた。周囲のセレブな雰囲気が自然と背筋を伸びさせる。
 一車線の馬車道を挟む石畳の歩道は照り返しが強い。その強い陽射しの中、水色の花が元気に咲き誇っている花壇沿いの向こうに、待ち人の姿を見つけた。

 真琴は手を大きく振った。
「リヴァイさん! ここよ!」
 眼が合ったから気づいたと思うが、リヴァイは駆け寄るでもなく悠々な歩調を変えない。待ち合わせの場所に早くついてしまったのは真琴であり、遅刻したわけではないから急がなくてもいいのだけれど。

 ぶんぶんと元気に振る自分の腕を見上げる。
(なんか……とても楽しみに待っていたように見えない?)
 愛想のないリヴァイと比較すると真琴の行為ははしゃいでいるように見て取れないか。なんだか負けた気がしたので腕を降ろすことにした。

 先日フェンデル邸にマコ宛の手紙が届いた。差出人はリヴァイで、待ち合わせの時間と場所だけが簡潔に綴られていたのだ。見ようによっては失礼極まりないお誘いであった。断ることもできたのだけれど気分転換を兼ねて受けることにしたのだが。

(これってデートなのかしら?)
 ハンドバッグを両手に持ちに代え、真琴は首を捻った。次いで片脚の爪先をちょこっと上げて自分を見降ろす。陽を受けて、ベージュ色をしたエナメルのパンプスが艶を放った。
(ちょっと張り切り過ぎたかも)
 今日は女性らしいワンピースを選んで真琴はおめかししてきた。これは女子力向上のためであってリヴァイと会うからではない――、と待ち合わせの場所に着いた時から実はずっと言い訳していたりする。

 リヴァイがようやく真琴のそばまでやってきた。涼しげな青いストライプのシャツに黒のジャケットを合わせている。時計台をちらりと見て、
「早いな」
 と言った。一番突いてほしくないところだった。楽しみで待ち切れなかったなどと勘違いされていたら悔しい。
「待ち合わせの時間を思い違いしてたの。ワクワクしてたからじゃないんだから」
「後者なわけか」
「え!?」

 要らぬことをうっかり付けたしてしまった真琴をリヴァイは薄目で見てくる。
「社交界の日も、そうやって口を滑らせてたな」
「な、なんのことよ!」
「気づいてないならいい」
 あっさりとそれだけ言い、リヴァイはゆっくりと歩き出した。これ以上墓穴を掘らないよう、もう言及しないほうがいいだろう。真琴も彼の隣に並ぶ。

 と、馬車道側を歩いていたら真琴はリヴァイに肩を引き寄せられた。一瞬馴れ馴れしいと噛みつきそうになったが、すぐに恥じることになる。内側と位置を変えてくれただけであって、リヴァイの気づかいだったのだから。
 変に意識し過ぎている。真琴は降ろしてきた髪を耳に掛けた。触れた耳たぶが熱っぽい。
「ありがとう」
「ああ」スラックスのポケットにリヴァイは両手を入れる。「昼飯は食ってきたのか」
「ええ、済ませてきちゃったわ。リヴァイさんは?」

「俺も食ってきた。さてどうするか」
 真琴はリヴァイに首を傾けてみせた。
「どこか行きたい所があったんじゃなくて?」
「別段ない」
「わざわざ誘ってくださったから、何かあるのだとばかり思ってたわ」

「お前」
 リヴァイは呆れ混じりの顔をする。
「変な喋り方をするな。お嬢様言葉が中途半端だ」
 どきっとした。指摘されて真琴は唇を開けない。
「貴族出だと言っていたが本当は違うんだろう。どこ出身だ。田舎もんには見えねぇからローゼ市街地あたりか」
「えっと……」
 貴族を装っていることを早々に見抜かれていたようだ。東京都出身だなんて答えられないので真琴は口籠ってしまう。

 さほど興味ないというふうにリヴァイは言う。
「話したくないのならいい。聞き出そうとも思わない。だが俺の前では普通でいろ」
「そうするわ」

 ひた隠しにするつもりではなかったが、いつの間にか打ち明けることが難しくなった嘘。貴族ではなく、この国の人間でもなく、違う世界から来たのだという真実。
 話したところでどうなるものでもなし、信じてもらえるかも分からない、と始めから諦めていた。
 真琴は考える。自分はいつか帰れるのだろうか。最初のころは、ここが死の世界だと思っていたが、何もかもがとてもリアルなので、いまではそうは思えなかった。
 過去なのか、未来なのか、どちらでもないのか。ならばここはどこなのだ、なぜ呼び寄せられたのだろう。

 心ここにあらずの真琴の髪をリヴァイが触れる。一束手に乗せて軽く引っ張ってきた。それで我に返る。
「なあに、どうしたの?」
「どうしたはこっちだ。ぼうとしたまま歩いてると躓く」
「ごめんなさい、考え事をしてたの」
「貴族じゃないと、俺に見破られたことを気にしてるのか」

 口を開いて真琴はこう言いかけた。
(もしもよ。もしも私が違う世界から来たかもしれないって言ったら、あなたどうする?)
「心配するな、誰にも言うつもりはない。といっても、所作を見ればバレバレなんだがな」
 真琴は口を閉じた。言いそびれたが、これでよかったのかもしれなかった。
「庶民出が世間に知られちゃうと、おじさまが恥を掻いてしまうの。だから内緒にしておいてね」
「分かってる」
 と言ったリヴァイは、まだ触れている真琴の髪を見て何か思い至ったのか、瞠目してみせた。次いで通りを確認するような仕草をする。馬車道を挟んだ真向かいの店に食い入っている。

「今度はどうしたの? あのお店が気になるなら寄ってみる?」
 黒を基調としたシックな店だった。看板はおしゃれな筆記体だが店名からは何を扱っている店なのか見当がつかない。黒のスモークガラスで中の様子も窺えない。
「なんのお店かしらね」と首を傾けると、「紅茶専門店だ」とリヴァイはぼそりと受け答えた。
「そんなふうには全然見えなかったわ。あなたの行き着けのお店なの?」
 何気なく聞くと、意想外だったと言わんばかりにリヴァイの口があんぐりと開いた。

「あのときの変な女はお前だったのか」
「あのとき?」
「四ヶ月ほど前だ。ここら辺で憲兵に絡まれてたろう」
 言われて怖い思いをした記憶が鮮明になった。真琴は辺りを見回した。いま立っている場所は、初めてこの地に足を踏み入れた日に、憲兵団によって連行されそうになった通りだった。
 どうしてリヴァイが知っているのか、真琴はにわかに警戒する。

「あの場にあなたも居合わせていたの? 野次馬の輪の中にいたとか?」
「いや。向かいの店を出た時に騒動に鉢合わせしてな」顎に拳を当てて斜めを見る。「見物しちまった形にはなったが、野次は飛ばしてねぇ」
「そ、そうだったの」
 小さな変化を逃さないような瞳で、リヴァイを観察する真琴の警戒心はまだ解けない。

「いまになって思い出すとはな。社交界の日は髪を纏めてたからだろう、それで記憶が重ならなかったらしい」
「今日は降ろしてきたから」
 胸許に垂れている髪束を真琴は指に巻きつける。いつかも似たような髪型だった。怪しまれないように作為を施しておいたほうがいいだろう。
 無理矢理笑う。

「おじさまの知り合いにね、デザイナーさんがいるんだけど。あの日、その人が作った変わったデザインの洋服を身につけてたから、不審者だと思われちゃったみたいで。手形も忘れてきちゃったから、余計怪しく思われちゃったみたいなのよね」

 薄く開いた口許でリヴァイは真琴をじっと見てきた。取ってつけた言い訳は却って仇になったようだ。とりわけ気にするふうもなかったリヴァイの眼差しに怪訝な色を滲ませてしまった。
 さらにわざとらしく笑う真琴の背中は嫌な汗が出ていて服に張りついていた。
「た、助けてくれたらよかったのに、あなた兵士さんなんだから。こ、困ってたのよ私」

 しばらく訝しげにしていたリヴァイは、
「心外なことを言う。助けてやったろう」
 目線を紅茶専門店に飛ばす。
「マコを殴ろうとした野郎に、買ったばかりの紅茶缶で撃退してやったろうが。おかげで俺は二度買うはめになった」
 リヴァイは口惜しそうに唇をへし曲げた。

 嫌な記憶とともに匂いも鼻腔をよぎった。慮外だったので真琴は眼を瞠らせる。
「石畳に散らばってた消しゴムのようなカスと、漂ってた優雅な香りの正体って、紅茶の茶葉だったの」
 リヴァイは鼻を鳴らした。「消しゴムのカスか。ひどい言いようだな」
「あなたのおかげだったのね、私が逃げられたのは。そんなことをしてくれただなんて思いも寄らなかった」
 感激しそうだった。
「誰も――あのとき誰も助けようとしてくれなかった、みんな見てるだけで誰も。とても怖かったの、このままどうなってしまうんだろうって怖かったの」

 眼差しを和らげてリヴァイは得得と顎を上げる。
「よかったじゃねぇか、親切な野郎が通りがかって」
 巡り合わせというのは不思議なものだ。真琴とリヴァイが初めて出会ったのは、調査兵団本部ではなく、路頭に迷いそうになっていたあの日だったのである。加えて恩人だったことも分かり、真琴の指導者でもあり、マコとも繋がりがある。彼との関係性が深いものになっていくのは偶然なのだろうか、それとも必然だったのだろうか。

「不思議ね。出会いには意味があるのかしら、そう信じたくなっちゃうわ」
「意味か」くっと喉で笑ったリヴァイはこそばゆそうにした。「そういうのに結びつけるのは女の典型だな。どこにでもある騒ぎに、ただ俺が居合わせただけって話だろ」
「そうかもね」
 瞳を弓なりにし、真琴は嫣然としてみせた。意外なことが分かって胸が温かくなった。今日はめいっぱい楽しめそうだ。


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mokuji
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