15.発見されて困るもの

 ――途中、慮外な出来事が起こった。
 ショウウィンドウを通り過ぎようとしたとき。目端で捉えた商品が真琴の眼を剥かせ、急いで逆戻りさせた。古びた壷や錆びた剣などが陳列されているガラス窓に、両手を突いて張りつく。
 絶句しかけた。
「これって」

 隣に並んだリヴァイが店の看板を見上げた。
「骨董屋か」ポケットに親指を引っ掛け、腰を曲げて顔を突き出す。「ガラクタにしか見えねぇもんに、いい値を付けてやがる」
 ある商品を穴が空くほど見ている真琴の両手は小刻みに震えていた。

「何が気になってるんだ? 女が好きそうなもんは見当たらないが」
 片眉を上げてリヴァイが訊いてきたが、返答する時間が惜しいほどに真琴は気が急いていた。粗略にドアを押して店に飛び込む。
 古めかしい物を扱っている独特の匂いが店内に滞留していた。骨董品が大半のスペースを食っているちんまりした店内の勘定台越しで、片眼鏡の老人が新聞を読んでいた。ちろりと瞳を上げる。

「いらっしゃい」
「おじいさん、あれなんですけど!」
「どれ?」
 老人の間延びした口調が真琴をより焦慮させた。
「あれです! ショウウィンドウに陳列してある、あれです!」
「お嬢さん、あれじゃ分からん。持ってきていいよ」

 足許に邪魔な彫刻を倒さないよう跨がり、真琴は手を伸ばして棚から取った。慣れ親しんだ重み、ひんやりとした長方形の物体はスマートフォンだった。この世界ではありえない異物である。
「私のだわ、これ」
 心臓が冷えていく。水玉のケース付きは確実に真琴のものだった。
 思わず電源を入れようとしたとき、リヴァイが手許を覗き込んできた。

「見ない代物だな」
(バカ! こんなところで、なにも電源を入れることはないでしょ!)
 カラー液晶画面を見られるのは拙い。焦って手のひらで隠そうとしたが心配いらなかった。バッテリーが切れていて真っ暗のままだったから。

 老人は横皺が目立つ首を伸ばした。
「それね、つい最近売り出したばかりなんだよ。とっても珍しいでしょう。なんとかって発明家が作ったものでね、うちに流れてきたんだ」
 発明家が作ったなどと、どうして嘘をつくのだと真っ先に思った。が、一概に嘘だとも言い切れない。誰かが拾って発明家が作ったと言い、老人が買ったのかもしれないからだ。

 じろじろと店内を見渡し、リヴァイは声を顰めた。
「胡散臭い。勲章まで売ってやがんのか。まさか盗品じゃねぇだろうな」
「生活が苦しくなって売ったのかもしれないわよ。純金だもの」
 誰から買ったのか、もしくは老人が拾ったのか。

(おじいさんが拾ったのだとしたら、どこで拾ったのかしら)
 訊いたら教えてくれるだろうか。拾った場所を訊いたところで、いまさら意味はなさそうだけれど。
 バッグごと真琴と一緒にこの世界へ来たのだろうか、それともスマートフォンだけだったのだろうか。バッグも流れてきたのなら、ほかの小物はどこへ行ったのか。

(やっぱり訊いてみようかしら)
 でも、とリヴァイをこっそり見る。
(だめだわ、変に勘ぐられたら面倒だし)
 真琴は唇を噛んだ。とりあえずスマートフォンは買い取らねばならなかった。存在してはならない異物を店に残していくわけにはいかない。

 真琴はスマートフォンを老人に翳した。
「おじいさん、これ買っていきます」
 言うとリヴァイは眼を白黒させた。
「ガラクタ買ってどうすんだ。値札を見たのか、高額だったぞ」
「小切手を持ってるから」
 勘定台へ向かいながら真琴はハンドバッグから財布を取り出す。
「用途も分かんねぇもんに金を出すのか」
「ええ、そうよ」

 馬耳東風の真琴の腕をリヴァイが掴んだ。
「店を出て一旦冷静になれ。本当に必要かどうか、しばらくその辺歩いて考えろ」
「私冷静じゃない?」
「冷静には見えねぇな。売り切れたら困るって顔をしてやがる。値段が値段だ、何年経っても売れやしないさ」

 冷静でいられるわけがない。焦って当然ではないか。考えを整理したところで答えは変わらない。絶対に買い取らなければならないのだ。
「こういう妙ちくりんな物に目がないのよ」
 真琴が固い表情をしているからだろう、リヴァイは冷然と言い放った。
「収集家ってやつか。深刻そうな顔をして告白されても、そうは見えないがな。まるで殺人を証拠隠滅しようとしてる犯人のように俺には映る」

 早く自分の物にしてバッグに隠したいから、口を挟んでくるリヴァイに真琴は苛々してきてしまう。つい吐き捨ててしまった。
「いいじゃない、私のお金で何を買おうが、あなたには関係ないでしょう」
「お前がいいカモにされんじゃねぇかと俺は」言いやめて、ぬかに釘といったふうにかぶりを振った。「もう勝手にしろ」
 リヴァイは店から出ていってしまった。が、老人を問い詰める絶好機ができた。

 真琴は勘定台にスマートフォンを置き、フェンデルから一枚だけ貰ってきた小切手を出した。老人は布で画面を拭き取っている。
「酔狂なお嬢さんだ。希少価値もなさそうな奇異な物を好き好むんだね」
「希少価値がないものを、おじいさんは発明家さんからいくらで買い取ったの?」
「あ、いや」これから商品を買う客の前で、老人は価値のないものと口を滑らせた。取り繕いの笑みをみせている。

 あなどられないよう、上品さの中に自負を宿して真琴は微笑した。
「この品にとても心を惹かれてるわ。でもいわく付きなら考えちゃうわね」
「い、いわくなんてありゃしないよ。正統なルートで仕入れた品だ」
 頬に手を添えて真琴は首を傾けてみせる。「どうしようかしら」

 悪巧みの色を含ませ、ひそひそ声で老人は言う。
「おそらく同じものは二つとないよ。いま買っておかないと損だと思うね。お嬢さんだって収集家のはしくれでしょう、込み入った事情のブツを金で解決したことあるでしょう」
 売りたいのだろうけれど、発言の意味深さが正統に入手したものでないことを表していた。

「そうね。ちょっと根回して、無理くり手に入れたものもあったけど」
「そうでしょう、そうでしょう」
「でも事情を知らないのは怖いのよね」
 真琴は指を一本立てた。
「これだけ上乗せするわ。内密にしておくから教えてくださらない? どちらで手に入れたのかしら」
 手段を選ばない収集家だと安心したようだ。老人は狡猾ににやける。

「実はだいぶ前に拾ったんだよね。ここからそう遠くない道際の植え込みに捨てられてたんだ」
「おじいさんが見つけたとき、ほかに珍しいものはなかった?」
「いんや、これだけだったよ」こんこんと爪で画面を叩く。「これね、見つけたときは面白い代物だったんだ。ボッチを押したら鮮やかに光ったんだよね」
「そ、そうなの」青ざめそうになった。
「でもいつの間にかボッチを押しても光らなくなっちゃって。分解してみようと思ったんだけど、機械はどうも苦手でさ。売り物にならなくなったら大損でしょう」
 ただで入手したのだから大損も何もないだろう。

 結局バッグの中身の行方については不透明に終わった。誰かが拾って、すでに捨てられた可能性が高いかもしれない。デジタルカメラは所持していなかったので、機器関連で発見されて困るものはスマートフォンくらいか。
(ほかにあるかしら)

 バッグそのものや財布のデザインは、こちらでは未来的で珍妙だ。と言えど、それらが良からぬことに繋がるとは思えなかった。変なものだと捨ててしまうか、気に入って自分のものとして懐に入れてしまうか、どちらかだと思う。
(短絡的かしら……。でもいままでだって何事もなかったんだもの、これさえ買い取ってしまえばあとは大丈夫よね)

 真琴は羽根ペンを手に取った。フェンデルにはすまないが、小切手に一割上乗せ分の金額を書くことに躊躇はなかった。だのに指が振戦して、字が蛇のように蛇行してしまう。愚考だと思っているから不安で胸が悪くなっていた。
(だけど、大丈夫だって思い込むほかないじゃない)

 いかんともしがたいから、楽観的な構えに逃げるしか胸騒ぎを抑えられなかったのである。
 店を出ようと引いた扉は心なしか重く感じた。呆れ返ってリヴァイは帰ったかと思っていたが、店の外で待っていてくれたのであった。


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mokuji
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