25.もとからこの世界の住人だったのでは

 この木のトンネルを初めて通ったときよりも、陽がよく差し込んでいた。半分以上の葉を落とした樹々は、これから訪れる冬に向けて休眠の準備へと早足模様だった。
 フェンデル邸でしっかり調教された白馬で、冷たい風を切りながら真琴は駆ける。
「いい天気ね、ビアンカ! 空気が冷たくて顔に痛いけど、とても澄んでて眠気なんて吹き飛んじゃう!」
 声をかけられたビアンカは、荒い鼻息を白くさせて嘶(いなな)いた。

 乗馬姿もさまになったものだ。よりこなれて見えるのは、臙脂の乗馬用ジャケットにズボンと乗馬ブーツを合わせているからだろう。リヴァイを少しばかり意識して女性らしいレースのアスコットタイも首に巻いてみた。
 自分が馬に乗るだなんて、日本にいたときはまったく思いもしないことだった。文化に馴染んでいる自覚もあり、こういう生活をしていると、もとからこの世界の住人だったのではないかとさえ、ときおり錯覚してしまいそうになる。

「見えてきた! ビアンカは初めてくるのよね、あそこが目的の場所よ!」
 短鞭で前方を示す。
 懐かしいといえるほどではなく、どちらかというと新鮮味のほうが多い古城。リヴァイ班が逗留する旧調査兵団本部が、ようやく姿を現した。
 周囲の木はどんどん葉を散らして裸になってきているというのに、古城のほぼ全体を覆うツタは以前と変わりない。どうやら落葉しない常緑の冬ツタだったようだ。

「どう、どう!」
 古城の正面で手綱を引き、馬を静める。四、五歩脚踏みをしたビアンカは、左右に首を振って立ち止まった。
 さて、ここからどうしようかと真琴は考える。マコのことを知っている人間は、ここではリヴァイとエレンのみ。正面の扉から入って、彼ら以外の人間とまず先に顔を突き合わせてしまうのは、説明が必要だと思うので少々面倒。

 立ち往生していたら、朝の澄み切った空に思い切りのいい音が響いた。顔を上げる。三階の雨戸を両開きしたリヴァイが、こっちを見て硬直していた。
 一番に顔を合わせたのが彼でよかった。冷風を浴びてさらに色白になった笑顔で、真琴は手を振る。声が届くように手を添えて、
「来ちゃった! 入っていい?」

 時間にして十秒くらい止まっていたリヴァイが、窓枠に両手を突いて半身を迫り出した。驚きと怒りの色が表情に出ており、いまにも三階から飛び降りそうな勢いである。
「お前、何で!」
 第一声を呑み込んで、びしっと指を差す。
「そこから一歩も動くな! 勝手に入ってくるなよ!」
 彼の大声にびっくりした小鳥たちが、一斉に木から飛び立っていった。

 リヴァイの背中がすぐさま窓から消えた。もどかしそうに見えたのは、階段を駆け降りる手間が焦れったかったのかもしれない。立体機動を装備していたなら、窓から一直線に向かってきただろうと思う。
 彼は怒っている様子だったが真琴は全然平気だった。くすくすと笑いが出てくる。
「怒られる理由なんてないもの。だってちゃんとしたお使いなんだから。ね、ビアンカ」
 ベルベットのような手触りの首筋を撫でる。

 エルヴィンからの頼まれごとで、真琴は旧調査兵団本部を訪ねにきたのだ。彼は男装で行けとは指示しなかった――女で行けとも言わなかったが。
 本部でうろつく中央憲兵が本当に真琴を監視しているならば、知らずのうちに彼らを引き連れてここへ来るのは気が引けた。見張られていると思うと気持ち悪いので、女に戻って彼らを巻く思惑があったのだ。

 馬の手綱を引いて、徒歩で入り口のほうへ向かう。枯れ枝や朽ちた樽が取り除かれ、すっきりしたポーチ周りに木の扉が見える。勇ましい角の雄牛のドアノックが揺さぶれ、内側から勢いよく開け放たれた。
「動くなと言っただろうが!」
 息切れをしているリヴァイが大股で歩いてくる。
「何をするにも突飛なことしかねぇ! 大人しくしてらんねぇのか、おてんば娘が!」

「あら、私は大人しくしてるわよ。事件が私を放っておいてくれないだけ」
 互いに足を進め、リヴァイと対面する。
「よくも抜け抜けとそんなことが言える。どれだけ迷惑被ったと思ってる」
「ちゃんと反省してるわ。そんなに怒らないで、久しぶりに会うのよ」
 肩を怒らせているリヴァイの頬を、手の平でやんわりと覆う。

 もっと説教をしたそうだったが、大きくついた息と一緒にリヴァイはむかむかを全部吐き出したようだった。自分の頬に添えられた手に、乾燥気味の手を重ねた。
「空気よりも冷えてんじゃねぇか。馬に乗るなら手袋をしろ」
「さっきまでちゃんとしてたわ。薄手だから温まらなくて」

 落ち着きを取り戻したリヴァイは、包んだ真琴の手を口許に寄せた。伏し目の下瞼に睫毛の影がかかる。さらっとした触覚は彼の唇に相違なかった。
「いきなり何するのよ、ばか!」
 真琴は光の早さで自分の手を取り戻し、胸許でごしごしとさすった。恥ずかしくて急激に身体がぽかぽかしてくる。
「馬鹿はどっちだ」ふてぶてしく言い、リヴァイは真琴の肩に腕を回して引き寄せた。「余計な虫を連れてきてねぇだろうな」
 眼を凝らして辺りを見回す。

「フュルストのことを言ってるなら、彼はもうエレンに興味ないと思う」
「本人がそう言ったのか」
「そうじゃないけど……エレンを邪魔に思う理由が、もうなさそうな気がするから」
 悪いことにフュルストが目論む暴動が巧く広まっており、国は混乱の道を歩み始めている。エレンの活躍があっても、もう引き戻せないだろうと思う。

 リヴァイが肩を強く掴んだ。関節が悲鳴をあげるほどの握力だった。
「また奴と会ったのか」
「痛いってばっ。会ってないわよ、あれから一度も会ってないっ」
 彼の腕から抜け出そうと真琴はもがくが、さらに檻は強固になる。
「朝っぱらから胸くそ悪くさせやがって」
「聞いてきたのはあなたじゃない。私は正直に話しただけなのに、なんで怒るの」
「怒ってない。奴のことで精神を使うのは馬鹿らしい」

 真琴はほとんど隙間のないリヴァイの胸許に手を突く。
「胸くそ悪いって、いま言ったばかりの人が何言ってるのよ。それと肩が痛い! せっかく治ったのにまた脱臼しちゃうでしょ!」
「掴んでるくらいで外れねぇよ。俺を困らせた仕置きがこれしきで済んで、逆によかったろ。――ッ」

 二人のあいだにビアンカが鼻面で割り込んできた。揉めているのを止めようとしたのだろう。ビアンカは小刻みに頭を振り、リヴァイをどかそうとつつく。
「やめろ、服に鼻水がつくだろうが」
 動物を邪険に扱えない性格のようで、彼は困ったように眉を下げた。真琴に回していた腕も弱まる。
「ビアンカは女の子だから私の味方なのよね。いじめられてると思って助けてくれようとしてるんだわ」
 主人を守ろうとする健気さが微笑ましい。ふわふわのたてがみが生えている首筋を、真琴は撫でてやる。

「おい、早くやめさせろ。服が用を成さなくなる」
「もういいわ、ビアンカ。反省してるようだから」
 軽く手綱を引いてやると、よく躾られているビアンカはすぐに言うことを訊いた。鼻面が離れたリヴァイの腹許付近は、薄灰色のシャツに濃灰の歪な地図ができあがってしまった。鼻水がずいぶんと染みている。

 呻きたいような顔のリヴァイが、両手で腹許のシャツを摘む。
「……きたねぇ。着替えたばかりだぞ、どうしてくれる」
「鼻が湿ってるのは健康な証拠じゃない。このごろ急に冷え込むようになったから体調が心配だったのよね。元気なのが分かったと思えば……」
 さすがにそんなに濡らされるのは嫌だ、と思った真琴の笑みは引き攣った。濡れ過ぎな気もするので、ひょっとするとビアンカはわざと鼻水の量を増やしたのかもしれない。

「てめぇ、調子に乗るのも大概にしろよ」
 リヴァイのこめかみに青筋が見えたので、途端に真琴は緊張する。馬を鎮める要領で、胸の前で両の手を開いてみせた。
「冗談よ。着替えてきたほうがいいわ、風邪引いちゃうと思うし。汚れたシャツは、あとで私が洗濯しておくから」
「あとで?」
 リヴァイは眼を眇める。
「何しにきたんだか知らねぇが、すぐ帰るんだ。洗濯なんざゆっくりしてる暇などないだろう」

「帰らなくちゃいけない?」
 けろりと聞き返した真琴に、「は?」と反射的にリヴァイは反応した。片耳をほじる仕草をする。
「耳が詰まってたようだ。よく聞き取れなかった」
「だから、帰らなくちゃいけない?」
 リヴァイが作る妙な間は、真琴が言わんとすることの予想を立てているからだろう。
「……はるばる来たんだ。茶ぐらい出すが」

「違う違う。小休憩の意味じゃなくて」
 ちょんちょん、と真琴は馬の両腹に括られている大きな荷物を指差した。中には洋服や生活必需品が入っているのだ。
「でけぇ荷物だ。どこかへ旅行か。近頃暴動が多く物騒と聞く、物取りには気をつけろ」
 棒のように音の高低差がない口調でリヴァイが言った。真琴は小首をかしげた。
「本気で言ってる?」
「本気で言ってる」風の早さで返したリヴァイは、くるっと踵を返す。「存分に楽しんでこい。土産はいらん。達者でな」
 リヴァイは未練などなさそうに去っていこうとする。真琴は慌てて腕を掴んで引き止めた。

「ちょっと待ってよ! これは冗談なんかじゃなくて!」
 間をおかずにリヴァイが振り返る。非常に迷惑げな表情で雷を落とした。
「何考えてる、ふざけるな! 俺にとっては冗談でしかない! さっさと帰れ、この馬鹿が!」
「そんなっ」
 休暇をもらったのでしばらくここで滞在しようと思っていた真琴だが、リヴァイに一蹴されてしまった。一緒にいられるというのに喜んでもくれなかった。真琴と彼とでは、焦がれる想いに断然の差があるのだろうか。

 複数の小さな叫び声が二人の耳に入った。
「こら、押すな」
「頭が邪魔で見えないんだよ」
「ちょっと重いってば。肩に体重乗せないでよ」
「もうちょい屈めって」

 リヴァイと真琴が古城の入り口に注目したとき、僅かな隙間を見せていた扉が一気に開け放った。土砂崩れのようにリヴァイ班のみんなが次々と体勢を崩していく。
「わわわ」
 扉に負荷が掛かっていたらしく蝶番が外れ、砂埃を舞わせて地面に倒れた。続いて組み体操を失敗したような感じで、みんなが重なり合って倒れ込んでいった。

「何してる、お前ら。扉が外れちまっただろう」
 リヴァイと眼が合った面々は、作り笑いに油汗のようなものを、それぞれ額に光らせた。頭をさすったり、咳払いをしたり、誤魔化しながらのろのろと立ち上がる。
「す、すみません。廊下に響き渡るほどの声が聞こえたので、何事かと思いまして」
 エルドが上目で言うと、グンタは膝をさすった。
「外で揉めてるようでしたので、気になったといいますか」
「要するに、盗み見、盗み聞きをしていたと、そういうことでいいか」
 リヴァイから沈着に言われて、彼らはさらに汗を増やした。

 リヴァイは怒っているわけでもないようだ。見られていようが話をこっそり聞かれていようが、おそらく気にするタイプではない。事実をただ問うただけだろうが、彼らは悪いことをしたという引け目があるから気まずいことこの上ないのだろう。

 軍服を着用しているオルオ。寝間着の三角帽子を脱ぎ忘れた格好で言い訳する。
「お、俺はこんなことやめようって諌めたんです! 兵長と女性との逢い引きを、話の種にするような非道なことはやめようって! はい!」
「ずるい、自分だけ逃げようっていうの!? 大変だ大変だ、って廊下を駆け回って騒いでたのは誰よ! 私の部屋にノックもなしで入ってきて、ここまで引っ張ってきたくせに!」
 不平を言い連ねるペトラは、花柄が可愛いらしい上下の寝間着姿である。

 四人の先輩たちの隅っこで、エレンは居たたまれなさそうにしていた。真琴を見て眼を瞠る。
「あっ。この人のこと、俺知ってます。審議のときに居合わせた人で、あのときもリヴァイ兵長と親しげでした」
 リヴァイは視線を横に流して小さく舌打ちをした。彼を恐れながらも興味を隠せないみんなに、燃料を投下するような発言をエレンがしたからだ。
 勇気を出したエルドが代表して切り込むようだ。

「失礼を承知でお聞きします。兵長、その女性の方はどなたなのでしょうか」
 何と答えるのだろうと、真琴はちらりとリヴァイを見る。微かに苦々しい面持ちだ。彼もちらっと見返してから、
「妹だ」
 嘯いた。
 一瞬みんなは静まり返った。エレンが思いっきり首をかしげて呟いた。
「いもうと?」
 瞬時にリヴァイは彼を睨む。エレンは蛇に睨まれた蛙になり口を閉じる。

 薄茶の眉を異なげに寄せて、オルオが顎に触れて真琴をじっと見てきた。
「その割には全然似てませんね」
「――く」
 リヴァイの肩がぴくりと痙攣したことに、目敏く真琴は気づいた。すぐさま機転を利かせられないだなんて珍しすぎる。平然としているようで実は動揺しているのか。
 何気なさを装い真琴は小声で助言した。「義理」
「っ義理の妹で、親父の再婚相手の連れ子だ。両親とはとうの昔に縁を切ったが、こいつとはさすがに切れなくてな」

「妹さんだったんだ」あからさまにほっとした様子でペトラはすっきりした笑顔をみせた。「連れ子さんだったなら似てなくて当然ですよね。兵長にご兄妹がいらしたのにはびっくりですけど」
「俺もびっくりだ」
「いたく裕福そうに見えますが、普段はどちらにお住まいなんですか」
 特段、疑いもない様子でグンタが訊いてきた。
 リヴァイは早くも嫌気が差してきたようで、答え方が投げやりになっている。
「こいつは貴族のとこに養子に入った。だからだろ、金持ちに見えるのは」

 真琴とリヴァイをエルドが交互に見てくる。
「それで、どうして今日妹さんがわざわざこちらへ?」
 これぞ待ってた展開。機を逃さないためにリヴァイの腕に手を絡ませる。彼が口を開くよりも先に真琴は言う。

「みなさんがこちらに少数で逗留中って聞いて、色々ご不便を感じてるんじゃないかと思って。お掃除やお洗濯だったら私にもできますし、お手伝いさせてもらおうと思ってきたんです」
 駄目押しの微笑みでリヴァイに首を傾けてみせる。
「ね、お兄様。いいでしょう?」
 うんともすんとも言わず、リヴァイは目眩を覚えたかのように額を押さえた。
「みなさん、いいかしら? しばらくこちらに滞在させてもらっても」

「……と我々に聞かれても」
 リヴァイ班は応答に困っているようだった。それはリヴァイが許可を出さないのに自分たちが了承するわけにはいかない――というものでもなさそうである。彼の身内とはいえ、兵団とは関係のない赤の他人が巣に潜り込もうとしているのを、歓迎していない様子が見て取れた。
 何も彼らはバカンスを楽しむために、こんな辺鄙なところで滞留しているわけではない。エレンの抑止力という重大な任務に当たっているのである。そんなところへ、ふと登場した貴族の娘然な真琴の気まぐれを、良く思うはずもない。

 真琴はちょっとでも好感を得ようと食い下がる。
「私、いまのお義父様に引き取ってもらう前までは、住み込みで家政婦をしていたんです。だから家事全般は得意ですので、みなさんの負担を引き受けることができると思います」
「洗濯や食事の手伝いをしてくれるのなら、それはそれで本当にありがたいんだけど。私一人じゃ手が足りなくて、汚れ物の山がすごいし。……でもねぇ」
 頬に手を当て、曇りがちな微笑でペトラが答えた。遠い日に思いを巡らすように、真琴は瞳を伏せる。

「私、少しでもお役に立ちたいんです。物心ついたときにはもう両親はいなくて、地下街でお兄様と肩を寄り添って生きてきました。六年前に調査兵団へ入団するとお兄様が決心したとき、私を連れていくわけにはいかないからって、いまの里親を必死で――それはもう何日も徹夜で探してくれたんです」
 眉を顰めているリヴァイが横腹を肘で突いてくる。
「一体全体、何の話をしている」
 構わず続ける。目尻に袖許を引き寄せて、よよと泣き伏す。

「お兄様はいまでも心を痛めているんです、私を捨てたと。そんなこと微塵も思ってないのに。あれからというもの、お給料の大半を仕送りしてきてくれるし。きっと、お屋敷で肩身の狭い思いをしてるんじゃないかって、心配してくれてるんでしょうけど」

 苦労してきたらしい嘘っぱちの兄妹の暮らしぶり。妹を思う兄であるリヴァイの痛切な念を感じて、リヴァイ班は神妙な顔つきになっていった。同情が垣間見える。もう一押しだ。
「お兄様には言葉で言い表せないほど感謝してるんです。でも私にできることなんてたかが知れてて、お裁縫やお皿洗いぐらいしかできない。それで兵団で暮らすお兄様には、何一つ恩返しができなかったんです」

「裁縫は、その、助かるかな」エルドは苦笑し肩を窄めた。「兵団では洗濯に出せばお手伝いさんが直してくれてたんだが。ペトラが唯一苦手な家事で、裾がほつれてたり釦が取れかけてたり、実際不便してまして」
 とジャケットの胸ポケットの蓋をぴらぴらと摘んでみせる。真鍮の釦が取れかかっており、ふるふると揺れ動いた。

「何を企む、お前は。里親を探したこともなければ、給料などくれてやった記憶もない。でたらめな不幸話で、あいつらを懐柔しようってんじゃないだろうな」
 リヴァイが耳打ちしてきたけれど、真琴は顔を上げて祈るように手を組み合わせた。
「釦の付け替え、私得意です! 大得意! ここでならきっと、いままでできなかったお兄様への恩返しができるわ!」

 リヴァイ班の面々は互いに眼を交わし合う。微少に頷き返してもいて、その表情からは巧く同情を買えたことが窺えた。だが彼らからはリヴァイに進言することはないだろうとも思われる。
 手を合わせたまま真琴はリヴァイに向き直った。
「お兄様、お願い! 後生だから私をそばにおいて!」懸命な表情は変えずに、唇だけを細かに動かす。「あなたの部下は私がいても構わないみたいだわ。いいでしょう? そばにいたいの、お願い」
「俺を負かすか」
 張っていたリヴァイの肩がすとんと落ちた。演技ではない真琴の想いが伝わったようだ。溜息をこぼして、みんなに言う。

「この通り、言い出したら頑として譲らない奴でな。帰れと言ったところで、そこらにテントでも張って野宿するのが目に見えてる。夜中に狼に襲われて、明け方に骨っこになってるコイツを、さすがに俺は見たくない。お前らには迷惑をかけるが、受け入れてくれ」

 副班長のエルドは頷いた。
「兵長がそう仰るのなら、俺たちが反対する道理はありません」
「私情絡みで、すまない」
 リヴァイは本当に悪いと思っているようだった。無理を押し通した真琴は、申し訳なさで身を小さくした。

「立ち話もここまでだ。遅くなっちまったが、朝飯の用意を始めるか。オルオ」
 リヴァイが呼んで、オルオは背をしゃんと伸ばした。
「手伝います!」
「いや、違う。その青い帽子、なかなかいい趣味をしてる」
「帽子?」きょとんと呟いたオルオは、頭のてっぺんを見るように上目した。慌てて帽子を鷲掴みにし、背に隠す。「お、お、お、俺の趣味じゃなくて、お袋が送って寄越したんです! 仕方ないから着てるだけで!」

 穏やかな色が浮かぶ唇で、リヴァイはふっと笑った。
「いい話じゃねぇか。いつか後悔しないように、いまのうちからしっかり親孝行しとけ」
 オルオはもじもじと恥ずかしそうにした。
「ありがとう、と……あとで家族に手紙を出しておきます」
「それがいい。お前の両親も安心するだろう」

 そばにやってきたペトラがビアンカの手綱を取った。
「馬小屋まで連れていきますね」
 自分でやると言い出す前に、リヴァイが手で制してみせた。
「いい、そんなことは自分でやらせる」みんなにはっきり言い聞かせる。「俺の妹だからといって、こいつを特別扱いするな。客人ではなく、あくまで家政婦だ。遠慮なく指示を出して構わない」
 そうは言っても難しそうである。一応といったふうに頷いた面々は、ぎごちない笑みをこぼした。


[ 127/154 ]

*prev next#
mokuji
しおりを挟む
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -