純黒の悪夢4

「……にしても、この怪我、どう見ても銃撃戦でついたって感じじゃないんですけど」

 急に話題を変えたナマエに、赤井は不審そうな目を向けた。だが周囲を見渡してすぐに“彼”の存在に気づいたのだろう。すぐにナマエに合わせてきた。

「ああ、実は少々過去の清算をしていてね…」
「……ちなみに、どっちが強いんですか?」
「さてな……」

 聞かれても構わないような会話(といっても内容は聞いたら“彼”が怒りそうなものだが)を続けているうちに、傍まで来ていた“彼”と赤井の目線が交錯した。様子を見に来たのだろう。ナマエは彼の名を呼んだ。

「あれ、安室さんじゃないですか」
「………ナマエちゃん。無事だったんだね」
「はい。コナン君と赤井さんと、安室さんのお陰です」

 案の定赤井の名を出すと彼は少し眉を顰めたが、小学五年生の前でそれを顕わにしないだけの分別は持っていてくれたらしい。弱々しいながらも笑みを浮かべて、ナマエの傍に来てくれた。

「コナン君はどうしたんだい?………って、ナマエちゃん、君も怪我してるじゃないか!赤井、自分の手当てをさせてる場合か!彼女の手当てが先だろう!そこをどいてください」
「あ、安室さん、穏便に…。私の怪我なんて大したことないし…」

 ナマエの反論もむなしく、救急セットは奪われてしまい、ナマエは安室から手当てを施された。正直自分より重症の人間を目の前に、自分より重症の人間から治療を受けるのはとても気が引けたのだが。

「……コナン君なら、赤井さんの車で寝かせてもらってます。電池切れちゃったみたいで」

 ナマエがそういうと、安室は苦笑した。赤井の存在は無視することにしたらしい。

「電池切れか。無理もない、彼はまだ六歳なんだったね…本当に、むちゃくちゃな子だよ」
「いや、誕生日五月四日なので、七歳ですよ」
「もう七歳になるのか!後で何かお祝いしなきゃね。今日のお礼もかねて」
「お礼?」
「…まあ、いろいろとね」

 安室は笑って誤魔化したが、恐らくノックリストのメールの件だろう。コナンがメールを偽造して送ったのはナマエも傍で見ていた。…だが、改めてバーボンとキールの潔白を証明したのはキュラソーのはずだ。

「ごめんねナマエちゃん、女の子なのに、顔に傷をたくさん…」
「安室さんのせいでついたわけじゃないですよ。勝手に自分で首をつっこんだんです。そのくせ危なくなったらさっさと逃げ出しちゃったし」
「立派なことだよ」

 安室はきっぱりと言い切った。

「何もできず危険の渦中にいるより、自分ができることを、発揮できる場所できちんとやるのは、とても立派なことだ。その方が僕たちも安心して動けたしね。ナマエちゃんはとっても勇敢だったよ」

 ウィンクつきで褒められて、流石のナマエも照れた。「あ、ありがとうございます…」と呟くと、後ろで赤井が「ホー」と感心の声をもらしたのが聞こえた。途端に安室の顔が険しくなるが、赤井は構わずに続ける。

「おれの時とは随分な違いだな。安室君に子どもに好かれる術でも教わりたいくらいだ」
「…何の嫌味だ、赤井」
「純粋な称賛だよ。そのお嬢さんは俺が相手だと随分怯えるもんでな」

 一瞬にして剣呑な空気が生まれる。また面倒なことを。

「どういうことだ赤井!…ナマエちゃん、あいつに何か嫌なことをされたらいつでも僕に相談してくれていいんだよ。不法滞在しているFBIなんてすぐ捕まえてあげるからね」
「不法とはまた随分な言いぐさだな」
「…無許可での銃の所持及び発砲、道交法違反に無断捜査。知られていないとでも思っているのか?」

 安室の台詞に赤井は無言で肩をすくめた。ナマエは何だか頭が痛くなってきた。

(もう勝手にしてくれ…)

 仲が悪いらしい、というのは知っているが、映画を見ていないナマエには具体的に今日どんなやり取りがあったのかが分からない。下手に口を挟むこともできず、黙って手当てをされているより他になかった。ちなみに安室の手当ては、赤井に意識が向いていても、非常に丁寧かつ迅速で完璧だった。
 と、その時。
 ばたん、と車のドアが閉まる音と共に、小さな足音が聞こえてきた。

「…安室さんに赤井さん…それにナマエ…姉ちゃん」
「コナン君!」

 どうやら二人の声を聞いて起きてきたらしい。さきほどまで寝ていたのか、目をこすりながらコナンもこちらへとやってきた。

「安室さん、私はもう大丈夫なんで、コナン君の手当ても」
「あ、ああ…」

 そういうと、安室はあっという間にナマエの手当てを(完璧に)終わらせてコナンの方に向かった。

「え、安室さん?ボクより二人の方が…!それに、安室さん忙しいでしょう?」
「いいんだ。公安の方は風見に丸投げしてきたしね。今日いちばんの功労者相手に、これくらいさせてくれよ」

 風見に丸投げ…。組織は組織で、疑われているところを逃げ出してきたのだからほとぼりが冷めるまでは身を隠すのが自然だろう。そこまで考えて、ナマエも「してもらいなよ」とコナンに声をかけた。
 コナンの怪我は当然のことながらナマエよりも酷かった。顔を顰めながら治療する安室に、ナマエはこっそりと囁いた。

「今日は二人のおかげでまだ軽傷ですよ。今までの武勇伝聞きます?」
「お、おいちょっとナマエ!…姉ちゃん!何言って…」
「どういうことだい?」

 安室の目が据わったのを見てナマエは内心ほくそ笑んだ。いい機会だから、大人からたっぷり説教されればいい。赤井ではどうにもコナンに甘いところがあるから、安室に。

(ってか赤井さんはもう新一の正体に気付いてるだろうしな…)

 その分コナンには安室からたっぷり灸をすえてもらおうと、ナマエはこれまでのコナンの武勇伝(という名の無茶無謀の歴史)について話し始めるのだった。

 コナンの治療もほどなく終わった。説教されてややぐったりしているコナンは、気遣うように安室の怪我に視線を向けた。

「…安室さんの怪我、」
「ああいいよ、僕は自分でできるから」
「でも、背中は自分じゃできないでしょ?……ボクだと届かないから、赤井さんに…」
「大丈夫だよ」

 コナンの心配そうな言葉を、安室は目が笑っていない笑顔で撥ね退けた。それに、丸投げしたと言ってはいたものの、やはりあちこちの後始末が残っているのだろう。ダブルどころかトリプルフェイスの彼の携帯は、さっきから鳴りっぱなしだった。

「……それじゃ、そろそろ帰ろうか、コナン君。小五郎さんに電話して、今日はウチに泊まるって言っておいたから。そんなぼろぼろの姿で帰れないでしょ?」

 どのみち今日は帰れそうにないと分かっていたので、早いうちに連絡は済ませてある。

「うん。…ありがとう、ナマエ姉ちゃん」
「いいよ。今日はもう、ゆっくり休もう」

 ナマエはコナンの手を取り、赤井と安室に向かってぺこりと頭を下げた。

「赤井さんに安室さん、ありがとうございました。お二人もゆっくり休んでくださいね」
「…俺が送って行こう。安室君は行く当てがあるのか?」
「二人とも今日は本当にお疲れさま。ゆっくり休んでね」

 安室は赤井を綺麗に無視して、二人に笑顔で手を振った。疲れているだろうにタフな人だ。
 …ようやく、長い一日が終わろうとしていた。



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