純黒の悪夢5

 運転席に赤井、後部座席には寝てしまったコナン、その傍にナマエを乗せて、車は走り出した。

「…迂闊だったんじゃないのか」
「え?」

 走り出してからしばらくして。コナンの寝息だけが聞こえる車内に、赤井の唐突の発言。思わず聞き返したナマエに、赤井はくわえタバコをしながら呆れたように囁いた。ちなみに火は点いていない。子どもに気を遣うような人間には思えなかったが、何か思う所があったのかもしれない。

「ボウヤの誕生日など初めて聞いたが?」
「…………あっ」

 素でナマエは声を漏らした。しまった、確かに。安室ならばそこから新一との関連性に気付いてもおかしくはない。

「………迂闊でした」
「まあ、今日はヤツもだいぶ消耗していた…忘れてくれることを願うんだな」
「あー………しまった、本当に迂闊だった」

 ストーリーは変わらない。変えたいときほど変わってくれない。…だが、変わってほしくないところは案外あっさり変えられてしまったりするのだ。

「っていうか、そんなこと言うってことは赤井さんやっぱり…」
「……さてな」

 誤魔化す気があるんだかないんだか。後部座席からは運転席の赤井の表情はうかがえない。

「先ほどの続きだが、………“取った将棋の駒”が五基と言ったな。他に、“ひっくり返した”駒もあるんじゃないのか?」

 先ほどの五基というのは、もとは組織だったのをこちら側に引き入れた―――将棋で言うなら文字通り敵から“取った”駒の数だ。イーサン本堂、宮野明美、ピスコ、アイリッシュ。
 そして今回新たに手に入れたキュラソー。それとはまた別に、赤井の言う“ひっくり返した”駒も存在する。

「……………何でそこまで頭が回るんですか?正直すごいを通り越して気味が悪いんですけど」
「酷い言われようだな。…何、君の行動パターンを見れば分かる。ボウヤが救い零した分を今まで全て救ってきたのだとしたら…敵よりその数は多いはずだからな」

 ナマエは溜め息をついた。正直、疲れ切った今、こんな疲れる話はしたくない。横ですーすーと寝息を立てるコナンが恨めしかった。いっそ自分も寝てしまいたい。

「……多いってもそんなに多くないですよ。全てなんて無理です」

 ひっくり返した駒は今のところ七基。浅井成実、松田陣平、伊達渉、伊東末彦、伝説のコンドウ、ノアズ・アーク(ヒロキ・サワダが制作した人工知能)、アラン・スミシーだ。コンドウに関してはひっくり返したと言えるかも怪しい。協力要請を取り付けただけだ。

「存在は認めるわけか」
「赤井さん、人を追いつめる時怖いんですもん…証拠をつきつけて逃げられないよう淡々と…犯人の気持ちが分かりますよ」

 いつか知られるものなら、いっそ先に吐いてしまった方が楽だ。流石に名前までは明かせないが。

「……ボウヤにまで秘密にしているというのがどうしても解せんな」
「コナン君のことだから、知ったら首つっこんでくるでしょう。あんまり危ない目に遭わせたくないし…ただでさえコナン君はいろいろ抱え込んでるから」
「ボウヤの知恵を借りようとは?」
「こればっかりは私の方が適役です。コナン君が知らなくて私が知っている情報があるので」
「なるほど、やはりそこに行きつく訳か。…その情報源について話してもらわんことには先に進めんな」
「…だからもう少し待ってくださいってば」

 ナマエはこめかみを押さえて、大きなため息をついた。
 …だが、一人でこの事実を抱えていた時より楽になっているのもまた事実だった。


:後日談
 あの後、車の後部座席ですっかり深い眠りに落ちてしまったコナンの世話をしたのは赤井だった。風呂に入れるというのは流石にナマエが阻止させたが、着替えをさせ、濡れタオルで全身をぬぐったのは赤井なので、恐らく傷跡は見られただろう。

「………恐ろしいほどの傷跡だな。こんな幼い体によくもまあ」

 コナンをベッドに寝かせ、ぱたんと後ろ手にドアを閉めて出てきた赤井に、ナマエは溜め息をついた。

(許せ、お兄ちゃん…)

 後でいろいろ追及されるかもしれないが。

「なぜ子どもの体に銃創が二発もあるのか知りたいところだな?」
「エート…」

 一発は洞窟で強盗に追いつめられてついたもので、一発はルパンを庇った時のものだろう。

「裂傷、擦過傷、火傷、打撲痕に縫い跡……全く、多種多様な外傷がついているものだ」

 返す言葉もない。包丁で刺されたこともあれば高い所から落ちたことなど数知れず、身一つで炎に飛び込んでいったこともある。爆風に吹き飛ばされるのはもはや毎年恒例だ。フィクションとしては適度な緊張感をもたらしてくれていたが、実際問題傍で見ている身としてはたまったものではない。

「これについてもじっくり後で聞かせてもらうとしよう」

 ナマエは、曖昧にうなずくことしかできなかった。



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