純黒の悪夢2

「……えげつな」

 年々コナン映画のアクション度合が増しているような気はしていたが、今回はことさらど派手だ。オスプレイまで出しゃばってきている。あの中に黒の組織の面々がいるのだろう。

「でもまあ…どうせジンとウォッカがヘリで出てきたら大抵墜落するか…」

銃撃をどうにかしのいだナマエは、ぼそりと呟いた。

「にしても、これ死なない方がおかしいな」

 粉塵が顔中に降りかかっている。崩れ落ちてきた鉄骨やコンクリートの破片で少し傷もついてしまった。
 と、リュックの中で嫌な音がした。確かめてみると、犯人追跡眼鏡の予備がきれいに折れている。

「これもこの後の展開に関係あるのかな…」

 用意してきたものがダメになるのは、たいていそれがストーリーに関わっている時だ。何をやっても無駄なのだろうか、と、ナマエは虚しい息を吐いた。とりあえず、用意した道具も尽きた以上、ナマエがコナンの傍に行く理由はない。
 とにかく、ここにいては、ナマエは死にかねない。いったん離れるべきだろう。ナマエは一度安室のもとへ戻った。

「…!無事だったか、ナマエちゃん!」
「はい。でもこれ以上は危険そうなので私は観覧車から離れます。上で二人が何かするみたいなので、…“コナン君”のために行ってあげてください。…あと、言っても無駄かもしれないけど、コナン君に、無茶するなって伝えてください」

 二人のため、というと赤井を含めてしまうので、ナマエはあえてコナンを強調した。安室は一瞬間を置いて頷いた。

「気を付けて」
「安室さんも」

 そして二人は背を向け合った。



「…あれは、キュラソー…?」

 観覧車から離れたナマエは、なぜか工事中のエリアへと向かうキュラソーを目にした。

(一体どうして……まさか、観覧車にまだ子供たちが残ってる?)

 灰原かキュラソーが子供たちを助け出すだろうと踏んでいたが、観覧車を振り返ると、確かにまだ取り残されている子どもたちが見えた。

(ってことは観覧車を止めないといけないってこと……博士の発明品でもぎりぎりだろうな)

 どうせ今日何か起こるのは分かり切っていたので、ナマエは東都水族館の主要な建物のサイズや距離、観覧車の半径などと、博士の発明品の耐久性などを予め計算してきていた。赤井やコナンならその場で概算をはじき出すだろうが、ナマエにはそこまでのスペックはない。
 映画は見ていないのでうろ覚えの記憶での概算だが、あの巨大な観覧車を止めるには、ナマエの計算では、ボールバルーンやサスペンダーを使っても、足りない。
 ナマエは頭の中でぐるぐると思考を巡らせた。これは推理ではない、ただの計算だ。しかも答えと途中式の一部は分かっている。アンサー、観覧車は止まる。途中式、コナンが発明品を駆使して全力を尽くす。だがそれだけでは足りない。不足分はどこから引っ張ってこればいい?

ナマエは答えをはじき出した。

(キュラソーの命と引き換えに観覧車が止まる。これがいちばんきれいな計算式だな)

 どうせ映画に出てくる黒の組織のメンバーは、話の都合上死んで終わりだ。“漆黒の追跡者”でのアイリッシュがそうだった。そこまで分かれば後は逆算するだけ。

(あのデカい車輪を止めるには……クレーン車か)

 なるほど。やっとキュラソーが何をしようとしているかが分かった。ナマエは救急セットの入ったリュックを抱え直し、工事中のエリアへと走った。

 変装させて待機させていた“仲間”に協力を仰ぎ、ナマエはどうにかキュラソーを奪還した。一台では心もとないクレーン車を二台動かし、車輪の根元に更に大型トラックを配置させる。勿論直前で運転手は脱出させた。
 ナマエの計算通り、恐らくキュラソーひとりならばぺしゃんこになっていただろうが、三台の大型車を動かしたことでそれは免れた。衝撃を三台分に分散させたのだ。
 その間にナマエはキュラソーの手当てをした。鉄骨が刺さる直前に彼女に追いつけたのは僥倖だった。流石にナマエでは外科手術まで即興で行うことはできない。せいぜい止血と痛み止めの投与のみにとどまったが、キュラソーを生かすには十分だった。
あとはキュラソーが死亡したように偽装し、わずかに残した皮膚片のそばに、心苦しいがキュラソーの手から奪ったイルカのストラップを置いて任務完了。これで物語の流れは守られるはずだ。…公安に詳しく死体を調べられて疑問を持たれたとしても、まだ小学五年生のナマエに疑惑の目が向くことは、まずない。



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