純黒の悪夢

 ※主人公は映画未視聴。予告とネタばれの知識のみで対処。

 東都水族館が大々的にリニューアルオープンをするという宣伝をしているのを見た時から、嫌な予感しかしなかった。

(この展開は、確か映画……)

 明日から五連休。沖矢昴はなぜか最近どこかへ行っていて家に居ない。そして極めつけは。

「ね、ナマエお姉ちゃんも行くでしょ?東都水族館!」
「え…あ、ああ……」

 少年探偵団からのお誘いだ。
 …………とりあえず、あの建物は絶対爆発するか何かするだろう。



 いよいよ明日、博士と少年探偵団のメンバーで水族館へ行くことになった。ということは今夜キュラソーが公安に侵入するということだ。

(この段階で彼女を取り込むべきか…?いや、でも、一回記憶喪失になって改心してからじゃないといろいろ面倒だし……)

 いろいろ策は練ったが、正直あまり話の流れを覚えていないので心もとない。せめて一回くらいは映画を見ておけばよかったと思ってもあとの祭りだ。

(どういう展開だっけなー。赤井さんと安室さんがバトるんだっけ…あれ、爆発じゃなくて花火が上がってたような…?なんかノックリストがどうとかこうとか……)

 工藤新一の妹として転生し、物心つくようになってから覚えている限りのことは書き留めておいたが、そのメモを見ても詳細な展開までは分からない。コナン好きの友人から話は聞いていたが、まさかその時はこんなことになるとは思いもしていなかったので。

「……ま、しゃーない。なるようになるだろ」

 とりあえずかなり本格的な救急セットと簡単な工具、ナイフなどを隠し持つことにして、ナマエは翌日の準備を終え、警察庁へ向かった。



「うわぁ…(ドン引き)」

 比較的安全な場所から予備の犯人追跡眼鏡でカーチェイスを見守っていたナマエは、思わず詰めていた息を吐いた。なんかもうしばらくの間息を止めていたような気がする。

「キュラソーちょう悪役じゃん…ほんとにあの人子どもたちに絆されてくれんの…?」

 真っ白なRX-7と真っ赤なマスタングは遠くからでも非常によく目立つ。その二台に追われているキュラソーも。

「………明日だいじょうぶかなー……」

 様子見のために来たが、そろそろ小学生は一人でいたら補導される時間帯だ。ナマエはひとつため息をついて引き上げることにした。


 とはいえ、ナマエはあまりこの話の流れを覚えていない。下手に介入するのは危険だからと、とりあえずは流れに身を任せることにして、なるべく少年探偵団と一緒にいるようにした。
 ナマエの知っている通りに物語は進み、キュラソーと知り合って、一旦水族館は後にした。

(あれ?水族館で話終わりじゃないんだ…もっかい来るのかな?)

 と思っていれば光彦のスマホに入った強い味方、鈴木園子さまの出番であった。本当に末恐ろしい子どもだ。光彦黒幕説なんてのもあったな、と一瞬都市伝説に思いをはせてしまった。

(にしてもフツー知り合いの子どもたちのために観覧車の片側丸ごと貸し切りにするか…?)

 そこで違和感を覚えたナマエは、「少し気分が悪いから」と言って、観覧車に乗るのはやめておいた。本当は子どもたちを乗せるのも止めたかったところだが、やはり流れの都合上なのだろう、彼らを止めることはできなかった。ナマエには、大まかなストーリーまでは変えられない。それだけは何をどうしても変わらない。ナマエはそれを考慮に入れて動かなければならないのだ。非常に面倒くさいことに。
 そして、思った通り、後から公安のメンバーらしき男たちとキュラソーが現れ、その後からコナンが現れた。周囲を注意して見ていれば、職員に扮した安室の姿もあった。

(…ここの警備どうなってんだよ)

 公安だの小学生だのの侵入を許し過ぎだ。恐らく赤井も既に侵入している。…なぜ誰も気づかないのか、いっそ不思議なほどである。
 とりあえずナマエはコナンの後を追うことにした。



「お兄ちゃん」
「ナマエ!!?お前、あいつらと一緒なんじゃ…!」
「ちょっと嫌な予感がしてさ。…一緒に居た方がよかったかな?」
「いや……今は少しでも人手が欲しい。危ねーかもしれねーけど…」
「だったら最初から来てないよ。私も手伝う。何すればいい?」

 少し顔を曇らせたコナンを安心させるように、ナマエはどうにか口角をあげてみせた。状況はかなり切羽詰まっているらしい。

「爆薬があちこちにあるのは見たか」
「うん。C4ってとこかな?」
「ああ。分かってるなら話は早い。さっき赤井さんを見たんだ。とりあえず協力を仰ごう。オメーは様子を見てきてくれ」
「分かった」

 二手に分かれて走り出す。安室を見かけたことを伝え忘れたな、と思ったが、こんな状況であの二人が喧嘩をしていることを知ったら流石のコナンもショックを受けるだろうと思って、あえて言わずにおいた。どうせ後で分かることだし。

 導線が集まっている消火器の傍にナマエはひざまづいた。「トラップがあるかもしれねーから気を付けろ」と言われていたので、注意して様子をうかがう。
 勿論下手に触ったりはしない。あくまでナマエは一般人なのだ。どうにかこうにかトラップを解除して中を覗いていると、合流したらしい三人がやってきた。

「ナマエちゃんまで!一体何でここに…」
「話は後で。ここが爆弾の起点らしいんですが」
「あ、ああ…。見せて。……なるほど、そこから開けたのは正解だったね」

 安室が爆弾を観察しはじめると、赤井は工具を置いて時間稼ぎのために上へ、コナンはノックリストのためにどこかへ行ってしまった。「どいつもこいつも!」と安室がぼやいたのに、ナマエは内心で(いやあんたもだよ)とつっこむが、口にはしない。

(にしても…てっきりコナンが爆弾解体するのかと思ったのに…。私が来たから話が変わった、ってわけじゃないよね…?)

 爆弾を解体し始める安室の横で、ナマエは胸の中を不安が覆っていくのを感じていた。きっと最後にはどうにかなると信じているが、「ナマエ」というのはある意味この世界における不確定要素だ。そのせいで何とかなるはずのことが最悪の事態になっては困る。

「安室さん、はい、工具」
「ありがとう」
「…それにしても、赤井さん、こんな工具まで持ってあんなとこ歩いてたのか…すごいな」

 工具を握る安室の手が一瞬止まったのを見て、ナマエはしまった、と思った。そういえばこの人たちなぜかいがみあってるんだった。それに赤井は歩いたどころか工具とライフルを持って観覧車の上で安室と戦っていたはずだ。たいして安室は手ぶら。余計な何かを刺激してしまったかもしれない。

「ごめんなさい、何でもないです。続けてください」
「あ、ああ…」

 手伝いに来たのに邪魔してどうする。ナマエは反省して口をつぐんだ。

「………あ、余計かもしれないけど一応私も道具は持ってきたので…必要ならどうぞ」

 見えやすいよう、リュックから取り出した工具を安室の横に置くと、安室は一瞬目を丸くした。たしかに、こんなものを持ち歩く小学五年生なんて奇妙を通り越して不審だ。だが追及されることはなかった。

「ありがとう。助かるよ。FBIの工具は品揃えが悪くてどうしようと思ってたんだ」
「(そりゃそうだ…予備だろうし)……どういたしまして」

 どうにかFBIに(というか赤井に)いちゃもんをつけたいらしい。ここまでくるといっそ清々しい。
 しばらく解体を続けていると、急に電気が消えた。幸いナマエはライトを持っていたのだが、それもなぜか消えてしまった。予備の電池まで“たまたま”不良品だったらしい。
こういう事態には覚えがある。電気が消えたことも含めて、変えられない物語の筋なのだ。こうなったらナマエが何をやっても仕方がない。

「…私がここにいても意味ないですね。向こうの様子を見てきます」
「ナマエちゃん!?危険だよ!」
「安室さんはそっちに集中してください」
「ナマエちゃん!」

 キュラソーを助けるにしても、とにかく状況を把握しなければならない。
 ナマエは覚悟を決めて、真っ暗な観覧車裏を動き出した。



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