純黒の悪夢前日談

「どうぞ、お嬢さん?」

 たまたま遠くに外出していたところを、ナマエは昴に迎えに来てもらっていた。待ち合わせの場所で見つけた車に駆け寄ると、ご丁寧にドアを開けられて言われた冒頭の言葉に、ナマエは思わず数秒沈黙した。

「…………沖矢さんて、そういうとこありますよね」
「何のことでしょう?」
「いや……沖矢さんの中で、女の子はみんなお姫様扱いなんですか?あ、いや違うか。あなたのお姫様は“彼女”ですもんね」

 何とも言えない顔で呟き、自分で自分の言葉を否定したナマエに、沖矢はふっと笑った。ナマエがシートベルトをしたのを確認してから、静かに車を発進させる。

「君のナイトにならば喜んでなりますよ」
「………昴さんがナイトなら、コナン君がキングですかねぇ」

 さらりと言われた気障な発言に、ナマエは遠い目をして話の方向を変えた。真っ向から返事をしていては疲れるだけだ。

「まぁ、立ち位置的にはそうでしょうが…彼はあらゆることを驚くほどのフットワークでこなしてしまう。盤面でもとびぬけた機動力を持っていますから、むしろクイーンなのでは?」
「…まぁ、確かに全方向にどこまでも行くクイーンの方がコナン君っぽいですね」

 キングも同じく全方向に行けるが、一歩ずつしか進むことはできない。他の駒に守らせる前提なのだ。コナンはどう考えても守られているタマではない。

「それなら私はビショップかルーク……いや、ポーンかな」
「何をおっしゃる。君はキングですよ」
「…おべっかも過ぎたら嫌みですよ?」
「いいえ。実力と重要性を鑑みたうえで、君に最もふさわしい立ち位置ですよ。全方面にある程度の実力はあるが、クイーンほどの機動力は無く、取られたら負け。ほら、キングでしょう?」

 暗にお前はコナンの劣ったバージョンだ、と言っているのに近い。顔を曇らせたナマエは、窓の外を眺めるふりをして沖矢から顔を背けた。

「………取られたら負け、という点では彼女の方がその位置にふさわしいのでは?」

 私なんかより。
 という台詞は口にしても聞いているものを不快にさせるだけと知っているので、ナマエはそれを口にしない。
 沖矢はそれを見越して、もう一度言った。

「君はキングですよ。まあ、そういった意味では、誰もがキングですね。…誰も取らせる気はありませんし、取られてもいい駒はひとつもありませんからね、…彼にしてみれば」
「……それじゃあチェスになりませんよ。どんなに有能なクイーンとナイトがいても、キングばっかりじゃあすぐ負けて終わりじゃないですか」

 彼女の自己肯定の低さはコナンに聞いてはいたが、なかなか手ごわい。沖矢は苦笑を浮かべた。

「君が自分は取られても構わない、と思っているのなら、こんなに報われないことはありませんね」
「………そういうつもりではないんですが」
「おや、そうなんですか?…自分を捨て駒のように扱っているのではないと?」
「…ポーンだって、使いようによっては敵に一矢報いることができますよ。相手の最終ラインまで到達すればクイーンにだってなり得るのですから」
「そんな役割はこの間の宅配員の方に任せてしまえばいい」

 本当は白側なのに、黒と偽り、黒の領域の奥深くに潜り込んでいる“彼”にこそその立ち位置はふさわしい。

「…いっそ将棋の方がいいかもしれませんね。敵の駒も味方にできたら」
「…っ」

 沖矢の言葉は、本当に何気なく言ったものだったが、ナマエの反応は顕著だった。大きく目を見開き、窓の外を向いていた視線を沖矢の方に勢いよく向ける程度には。

(何かあるのか…?)

 運転中である都合上、横目でしかうかがうことはできないが。
 しばらく車内には無言が続いた。微かなエンジン音だけが車内を支配する。沖矢は工藤宅への道を変更して、少し遠回りすることにした。道幅が広く車通りの少ない大通りを適当に転がす。

「味方にできそうな敵の駒でも知っているんですか?」

 唐突に、沖矢は口を開いた。ナマエに考える隙を与えないように。

「………そんな都合のいい話があったら、コナン君やあなたが知らないはずないでしょう。私の情報源はコナン君とあなたなんだから」
「ええ、だから、別の情報源でもあるのかとね」
「…………」

 ナマエはまた窓の外を向いてしまった。信号が赤になる。他に車はいない。沖矢はサイドブレーキを引き、ナマエの方を向いて、その横顔をとくと観察した。

「……さっきの角、左折じゃないですか?」
「まぁ、こんなに天気もいいことですし。少しドライブに付き合っていただこうかと」
「…私、あいにくと車酔いしやすい性質なんですが」
「おや、運転技術には自信があったのですが。今まで私の運転で酔ったことが?」
「…………」

 正直な子どもだ。だが今はその優しさと正直さが徒になる。
 信号が青になった。
 しばらく続いた沈黙と、車内に張り詰めた緊張感を、先に破ったのはナマエの方だった。

「はぁ……」
「おや、隣でそんな大きなため息をつかれてしまうと気になりますね」
「沖矢さんのせいです…」
「それはそれは…すみません。この愚かな男のどこが至らなかったのか、指摘していただけると幸いです」

 白々しく言った沖矢に、ナマエはもはや隠すのを諦めた様子で、やけくそのような声音になっていた。

「帰ったら話します。あなたとここで腹の探り合いなんて御免です、何だか胃が痛くなってきた気がします」
「すみません」
「謝るくらいなら知らないふりしてくれればいいのに…」

 楽し気に謝った沖矢を責めるナマエの言葉に、沖矢は笑ってもう一度「すみません」と呟くのだった。



 その後のドライブは割合和やかなまま終わった。結構な時間ドライブに連れまわされ、帰った頃にはもうすっかり真っ暗になっていたのはご愛嬌というものだろう。

「それで?」
「…小学生に夜にコーヒー出すなんて。寝かせてくれないつもりですか」
「え?ああ」

 小さな嫌味のつもりで言うと、沖矢は本気で気づいていなかったらしい、間抜けな声をあげた。素でコーヒーを用意したらしい。

「悪いな。どうもそういうことに気が回らない」
「や、別に…」

 赤井の声で謝られてしまい、ナマエはもごもごと返事した。…どうにも、赤井の方と話すのは苦手だ。すっかり怖い人物、というイメージがついてしまっている。

「………沖矢昴の方が話しやすいか?」
「別に……」

 ふっと笑われた。その笑みすらも、沖矢のものとはかけ離れていて、優しさの欠片も見当たらない。

「ボウヤの言う通りだな。本心を隠すときにはその台詞しか言わないらしい」
「…別に、そんなことは…」
「ほらまた」
「………やっぱり話すのやめときます」
「冗談だ、怒ってくれるな」

 …思っていたより、冗談も言う人間ではあるらしいが。

「うーん、でも…冗談抜きにしても、ほんとはもうちょっと後に話す予定だったんですよね。少なくともあとひとつの駒を味方につけてから」

 ナマエの言葉に、赤井はひょい、と片眉を上げた。


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※妹ちゃんは原作介入していろんな人を救出してます。っていう話も後から書くかも。



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