兄の共犯者
沖矢昴と工藤ナマエが正式に顔を合わせたのは、木馬荘の火事騒ぎの後、沖矢昴が阿笠邸に訪れた時のことだ。
アパートが焼けてしまったので住まわせてほしいというのを、阿笠邸に居候している少女が思い切り首を横に振って拒否した時のこと。それなら隣の工藤邸に住めばいいと言ったのは他ならぬコナンだった。
「ちょっとあなた、何言ってるの!?隣にはナマエさんがいるじゃない!」
「だーいじょうぶだって」
「思春期の女子とこんな胡散臭い大学生を一緒に住まわせて何が大丈夫なのよ!あなた頭おかしいんじゃないの?」
「おいおい…そこまで言うかよ。それに一応あいつは博士んちに住んでることになってるんだし」
二人はこそこそとやり取りをしているつもりなのだろうが、沖矢にも漏れ聞こえている。納得していない様子の灰原を宥めたのは、ちょうどタイミングよく阿笠邸に現れたナマエ本人だった。
「おうナマエ!…姉ちゃん!あのね、実は…」
と言って事情を説明したコナンに、ナマエは無表情にうなずいた。
「母さんと父さんと新一兄ちゃんがいいって言うなら別にいいけど」
そう言ったナマエの顔には嫌悪の色も拒否の色もない。灰原はそれでもなお渋った。灰原の本当の中身を知るナマエは、人目が無い時は灰原を志保さんと呼んで慕っている。灰原の方もナマエのことはまるで妹のように感じていた。
「ナマエさん、本当にいいの?あなたいつも、人と関わるの嫌がるじゃない」
「いいよ。コナン君が言うなら間違いないだろうし…どうしても無理だったら、ここに泊まりにきてもいいでしょ?」
無表情ながら少し甘えるように言われれば、灰原もそれ以上言い募ることはできなかった。
ちなみにその一連の流れを、沖矢は全て眺めていたのだが。
実は、沖矢とナマエが会うのは、これが初めてではなかった。
灰原と通学路が被っているナマエは、当然木馬荘の前を通ることもあった。いつだったか、当番の関係で灰原と別々に登校した時のこと。一人で木馬荘の前を通りがかり、何となしにその中を見ていたナマエと、花に水をやる沖矢は、視線を交わらせた。
それはほんの一瞬の邂逅で、会話を交わすことすらなかった。しかし、確かに二人は視線を交えた。沖矢は事前にコナンに写真を見せられて顔を知っていたし、ナマエの方も有希子と交流がある以上知っていておかしくない。共犯者のような、協力者のような、奇妙な交わりを、二人はすでに交わしていたのだ。
(工藤ナマエ…確かにボウヤの言っていた通り、年齢の割にだいぶ落ち着いているな)
沖矢はふっと表情を緩め、ナマエに目線を合わせた。
コナンに認めているほどの力を期待しているわけではなかったが、灰原にこれほどまで心を砕かれる存在は、それだけで貴重といえる。
しっかり目線を合わせて、沖矢は子どもに向けた穏やかな口調を作った。
「それでは、そういうことですから、これからよろしくお願いしますね。ナマエさん」
再び交わった視線も、やはり裏にいろいろなものを含んだ共犯者のそれだった。