兄妹会議

「ってわけで、ウチに赤井さん…じゃなくて昴さんを住まわせることになると思うから。よろしく頼むぜ」

 来葉峠での死体すり替えトリックが無事成功し、落ち着いた頃。コナンは妹にあっさりとそう告げた。
 しかし、すぐに返ってくると思った了承の答えがなかなか返ってこない。まさか今更嫌だと言うつもりか、と、コナンは内心少し焦った。

「博士んちにってなると灰原が猛反対するだろ?それに一応オメーも博士んちに住んでることになってるし。だから多分ウチに来ることになる…っつーか来させるつもりなんだけど。…ダメか?」

 この場合、ウチというのはコナンが現在寝泊まりしている毛利事務所のことではなく、工藤邸のことである。

「…別に」

 妹の答えは簡潔だったが、表情が憮然としている。他の者が見れば普段と何が違うのかと尋ねるだろうが、まがりなりにも生まれた時から彼女を知る、兄であるコナンにはそれが分かった。これは何か気に入らないことがある時の表情だ。

「赤井さんすげーいい人だから大丈夫だって」
「……それはもう散々聞いた」

 更に言うなら何回か接触したこともあるし(そのときはどう見ても悪人にしか見えなかったが)、何なら生まれる前から彼の人柄や正体はよく知っている。

「じゃあ何だよ?」
「別に嫌だなんて言うつもりはないよ。…その方が志保さんも守りやすいし」

 そう、赤井が沖矢に扮して工藤邸に住むいちばんのメリットはそれだ。説明したわけではないが、聡い妹はそれを既に理解してくれているらしい。だからこそ本心は嫌なのにそれを言えないのではなかろうかとコナンは心配していた。

「けど、不満たらたらって面してるぞオメー」
「別にそんなんじゃないってば」

 さっきからそれしか言わない妹に、コナンはいよいよ困り果てた。いいと言っているのだからこのまま計画を推し進めても構わないのだが、いざという時に何か問題があっては困る。

「知らない男と住むのが嫌なのか?」

 先に赤井さんとナマエを引き合わせておけばよかったな、と思いながらコナンがそう問えば、「別に」と冷たい返事が返ってくる。

「万が一にも赤井さんが生きてるのを知られるわけにはいかないから、私にも会わせられなかったんでしょう?別に今まで会えなかったのは気にしてないよ。…必要なことだって分かってる、私が今更とやかく言うつもりはないってば」

 そう、ナマエが全部分かっていることは、コナンにも分かっている。ナマエのわがままで作戦を壊すわけにはいかないことも、ナマエは分かっているに違いない。だから嫌だとは一言も言わないのだろう。

「必要とか不要とかじゃなくてよ、オメーはどうなんだって言ってんだよ。赤井さんと信頼関係築けそうか?」
「私なんかが築かなくても…“コナン”の方とできればいいんじゃないの」
「何言ってんだよ、オメーも重要人物の一人だろ?」

 この妹は、察しもいいし理解も早く、何も言わずとも手助けをしてくれるかなり優秀な妹なのだが、いかんせん自己評価が低い。兄としてはたまにイラつく部分でもあるし、心配になる部分でもある。何とかどれだけ自分が重要なポジションにいるのかを分からせようとしても、「私なんて」の一言でかわされて終わりだ。
 ハァ、とコナンは溜め息をついた。妹の肩がびくりと揺れたのを見てまた溜め息を吐きたくなるが、それはこらえる。

「あの組織を潰滅させるには、それこそ手を貸してくれる人間全員の協力が必要なんだよ。この作戦でオメーがどれだけ重要なポジションにいると思ってんだ?」
「………」
「とにかく、オレはオメーもあてにしてんだからな。最初っから。そのオメーの意見だったら聞くっつってんだよ」

 ナマエはしばらく憮然として黙っていた。そこへ、どこから聞いていたのか、二人の母親である有希子が「まぁまぁ」と割り込んでくる。

「ナマエちゃん、向こうにコーヒー用意してあるから、ちょっと一息ついてきなさい」

 有希子がそう声をかけると、ナマエは無言のまま素直にうなずいて、部屋を出ていった。二人きりになった部屋で、有希子はコナンを見てうふふと笑った。

「…何だよ?」
「ま、兄には分からない乙女心ってやつよ。考えてもみて、十歳なんて思春期の入り口真っ只中なんだから。分かってても喜んですぐに受け入れるってわけにはいかないのよ。家族以外の男と暮らすなんて、思春期の乙女には結構ストレスなの。家族でさえそうなんだし。ほらよくあるじゃない、“パパとは洗濯物分けて洗ってよね!”ってアレ。新ちゃんもそこんとこ分かってあげなくちゃ。あの子も不安なんだと思うの」
「それは分かるけどよ…だからってあんな嫌悪丸出しで赤井さんと引き合わせられっかよ」
「まーそこはあの子も折り合い付けるでしょ。それに、赤井さんとっても素敵な人だもの、あの子もきっと話してくうちに分かるわよ。赤井さんの方も大人だし、きっとうまくやってくれるわ」
「…あーもうめんどくせ」
「あ、ちょっとぉ。それ乙女にいちばん言っちゃいけない台詞よ?」
「今のは母さんに言ったんだよ!」
「あらなぁに、私は乙女じゃないとでも?」

 じろりと睨まれ、これは分が悪いとコナンは笑って誤魔化した。女ごころというのはどうにも難しい。探偵の領分ではないのだ。
 しかし有希子はすぐに怒りのポーズを解いてコナンをぎゅっと抱きしめた。

「新ちゃんは天才だけど、あの子は秀才なの。…もちろん新ちゃんが努力してるのはよく分かってるけど。あの子は新ちゃんと同じことをするのに新ちゃんの何倍もの努力と下準備が必要なのよ。…その辺お兄ちゃんとしてうまく配慮したげてくれると母さんは嬉しいんだけどなー」

 ここで、「お兄ちゃんだから配慮しなさい」と言わない辺りが憎たらしい。配慮してあげてくれると嬉しいなんて、そんな風に言われればコナンは頷くしかなくなるからだ。


「そういえば」

 と思い出したように有希子が言った。

「新ちゃん、あなたあの人にはちゃんと言ったんでしょうね?」
「あの人…?あ、父さんか?」
「えーえ。かわいい可愛い愛娘と色男が一つ屋根の下に暮らすなんて知ったら、怒るどころじゃ済まないかもよ?」
「…………」

 考えてなかった。

「あら、その顔は忘れてたって顔ね。じゃ、後でナマエちゃん本人に報告させちゃお。声聞きたがってたし」
「ちょ、待てよ。それオレが父さんに雷食らうやつじゃねーか!」
「あーら別に、“お兄ちゃんに知らない男の人と無理やり暮らすよう迫られたの…パパ助けて!”なーんて言わせるつもりはないわよ?」
「言わせる気満々じゃねーか!」
「嫌なら早く報告することね〜」

 やはり、この両親にはかなわない。



 しばらくして、部屋に戻ってきたナマエの手には数枚の書類が握られていた。

「考えたんだけど、」

 そう切り出した妹の表情は、どこか吹っ切れたようにさっぱりしている。

「最初は近くのアパートに住んでもらうのがいいと思うんだよね。だっていきなり見ず知らずの他人を家に住まわせるなんて怪しすぎるし、志保さんだって怪しむに決まってる。…その点、この木馬荘とかいいと思うんだけど」

 この短時間でパソコン画面をプリントアウトしてきたらしい。地図や間取り、契約金の情報まで載っている上に、よく見ると既に工藤名義で数分前に仮契約まで済ませてある。やはり有能な妹だと思う。

「とりあえずここに住んでもらってさ。…その後にウチに来てもらうことになったとしたら、…それまでには、私も折り合い付けるから。いい?」
「あ、ああ…」

 吹っ切れたような妹の言葉に、コナンは頷くしかなかった。見てみると、木馬荘というのは距離的にも物件の相場としても、大学院生という設定の沖矢昴が住むにはちょうどぴったりのアパートだったので。



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