※しゃばけパロ設定の話です。 ※一歩を踏み出す勇気、良薬苦口の続きです 鼠色した冬空に、ぽつりぽつりと白い雪が舞う師走。この港町有数の廻船問屋・ 吉野屋の中は、一見いつも通りのように見えた。 千秋の母の頼子は今日も慌ただしく働いているし、木佐という妖は千秋の部屋で干菓子をつまんでいる。 手代の羽鳥と柳瀬の、千秋への過保護ぶりも相変わらずだ。先だって、昼寝から覚めた千秋が寒さに震えてくしゅんと小さなくしゃみをしただけで、羽鳥と柳瀬は分厚い綿入れや、火鉢に足す炭をすぐさま持ってきた。 「……自分で出来るって」 ただ一つ違うことと言えば、千秋が羽鳥と目を合わさないこと。 綿入れに袖を通させようとしてきた羽鳥を制して、千秋が自分でそれを羽織る。今までは子供扱いするなと言いながらも、羽鳥にさせていたことだったのに。 普段は馬の合わない羽鳥と柳瀬だが、このときは揃って目を見開き、同じことを思った。 ………やはり、このごろ千秋の様子がおかしい。 「千秋、どうした?やはり頭でも痛いのか?それとも風邪か?」 柳瀬の問いに、千秋は柔らかい口を尖らせる。 「大丈夫だって。くしゃみを一つしただけだろう。大したことない」 「大したことのない風邪がもとで三途の川に行くことなんか、お前に限ってはしょっちゅうだろう」 羽鳥に言われて、千秋はますます口を尖らせる。そういう子供っぽい仕草が庇護欲をくすぐり、この手代達を余計に過保護にさせていることを千秋は知らない。 「……はいはい、わかりました。とにかく、これ着とけばいいんだろ」 千秋は渋々と分厚い綿入れに袖を通す。だが、羽鳥は眉をひそめて手を伸ばしてきた。 「ちゃんと前も合わせろ」 「……だから、出来るってばっ!」 かっと頭が熱くなって、綿入れの前を掴む羽鳥の手を払う。羽鳥は一瞬傷ついたような顔をしたが、千秋は気付かない。 この拍子に、羽鳥の着物の袂から、ぱらぱらと何かが零れた。 「…………なにこれ」 畳の上に散らばった紙、紙、紙。積み重ねると、千秋の握り拳くらいの厚みにはなるだろう。 柳瀬がその一つを手に取って言うには、 「懸想文だな。それも、こんなに沢山」 「懸想文……」 いわゆる恋文だ。 「羽鳥、お前、さっきまで掛け取りに行ってたよな。金よりも文の方が集まってるんじゃねーの?」 「ちゃんと金は集めてる」 「掛け取りに行ったんだから、金を集めるのは当たり前。それにしても、この量…。全てに返事を出すとなると、二日はかかるか。色男は本当に大変だな」 柳瀬の揶揄に、羽鳥は苦い顔になる。 「受け取らないと、受け取ってもくれないのかとか言われて、余計に面倒なことになるんだ」 「どっちにしろ面倒なことになってるけどな。お前がきっぱりと断らないから、諦めきれない送り主たちが、またこうして文をしたためている」 柳瀬が口角を上げて笑った。 羽鳥と柳瀬は、人ではない。白沢と犬神という妖だ。千秋の祖母の本性は川衣という美しい狐の大妖で、祖母から千秋を守るようにと頼まれた羽鳥と柳瀬は、人に化けて吉野屋の手代として働いている。 彼らの姿は、すれ違ったどの娘も顔を赤らめて振り返るほどの美丈夫。羽鳥も柳瀬も、そこらの歌舞伎役者よりも整った顔立ちだと町で囁かれているが、どこか話しかけにくい雰囲気を持っている柳瀬と比べ、羽鳥はよくこうして懸想文をたんまりと集めてくる。 「ああ、これ、あの人気絵師の一之瀬絵梨佳からじゃないか」 「…木佐、勝手に開くな」 吉野屋には、羽鳥や柳瀬以外にも妖が出入りする。千秋の後ろの方からにゅっと姿を現したのは、いつのまにか千秋の部屋に潜り込んでいた、屏風のぞきという妖の木佐だ。 「千秋、見てみろよ。さっすが、評判の浮世絵古町。絵だけじゃなく、字もなかなかに達者だ」 「…………」 木佐が千秋に、一之瀬からの手紙をひらひらと見せてくる。それを心底嫌そうな顔で見る羽鳥と、愉快そうにくすくす笑う柳瀬。 ……さっきから黙っていた千秋が、不意に口を開いた。 「―――寝る」 「え?寝るって今からか?」 妖達が驚いたのも無理はない。千秋はさっき昼寝から起きたばかりなのだ。 「うん。トリも優も出てけ」 布団に潜った千秋に、羽鳥ははあ、と溜め息を吐く。 「わかった。暖かくして寝ろよ」 「お休み、千秋」 そうして羽鳥と柳瀬はあっさりと出て行った。羽鳥はこれから沢山の懸想文の返事を書くのだろうか。再び閉まったふすまを見た千秋は、どうしてか泣きたくなった。 胸の中がきゅうっとして、もやもやするのが収まらない。薬を飲んでしばらくするのに治らないから、病のせいでもないらしい。では、どうして胸が苦しい。 ぎゅっと目を閉じた千秋の枕元で、木佐が囁いた。 「ねえねえ、千秋」 「なに、木佐さん。俺、もう寝るんだけど」 「千秋のそれって、巷じゃ『ふて寝』って言うんだって」 「………………」 益々むかむかする。何故、俺が不貞腐れなくちゃいけない。潜った布団の中で、木佐の声がやけに耳に残っていた。 羽鳥が千秋の祖母の皮衣を千年想っていたと柳瀬に聞いてから、季節が一巡したころのことだった。 →next 2013.6.20 |