良薬苦口 | ナノ
しゃばけパロ設定の話です。



病で伏せているときには、味のしない粥だとか、どこかで採ってきたらしい生臭い薬草だとか、滋養に良いとは言われているが、およそ旨くないものばかり口にしている。
だから千秋は甘味が好きなのだ。
もともと食欲はある方ではないし、ほんの少しの量でいい。可愛らしい菊の形の落雁だとか、花の蕾みたいにふんわり包んだ皮の桃山だとかは、あんなに小さいのに、どうしてああも甘くて美味しいのか。たった一口だけでも、ほっぺたを落とすには十分だ。
毎日口にする苦い薬が飴湯だったらどんなにいいかと、千秋はいつも思っている。

「千秋、これ、食べてみてよ。うちの新作の菓子なんだ」

そして、本日。
千秋の家の三軒隣の織田屋の一人息子である律がにっこりと差し出したのは、緑の皮をした大福餅だ。
餅の肌からぽつりぽつりと出涸らしのお茶っ葉みたいなのが覗いていて、少し嫌な予感がする。
(なんか微妙そうなんだけど…)
律が考案したというその菓子の色は、偶然にも以前飲んだ薬とそっくりの色なのだ。羽鳥がどこぞの山奥から採ってきた、この世の終わりかと思うくらい不味い草の色と。
「さあ、食べてみてよ」
「う……っ」
どうしても躊躇してしまうのは仕方ない。
律は菓子司の息子とは信じられぬ程に菓子作りの腕が悪く、千秋は律の作った菓子を食べて目を回したことが数え切れないほどあるので、尚更だ。
千秋がうろうろと手を迷わせていると、律が苦笑混じりに言う。
「これは父さんが作ったものだから不味くないよ、保証する。俺は餡をかき混ぜただけ」
「ああ、そうなの?じゃあ、食べようかな」
律の菓子が旨くないのは身をもって知っているが、律の父親の菓子の腕前が確かなのも幼い頃から知っている。律の父の作る柔らかい大福餅は、千秋の大好物なのだ。
すかさず手を伸ばした現金な千秋に、律は頬を膨らせる。
「千秋は正直だな…。俺だって、いつかは旨い菓子を作ってみせるよ」
「あ、ごめん。律っちゃんを信じていない訳じゃなくてさ。律っちゃんの親父さんが出したものが、不味いわけないから」
「俺の出す菓子は不味いって?」
「ああ、もう。そんなんじゃないってば…」
拗ね出した律から話を逸らそうと、緑の大福に被りつく。
お茶っ葉みたいに見えた葉からはやはり抹茶の風味がして、その苦味が中の餡の甘みを一層引き立てていた。不思議と、次々に手を伸ばしたくなる味だ。
「―――旨いっ!見た目はちょっと悪いけど、葉の渋みと餡がよく合ってる」
「だろう?今年の新茶を使っているから、香りもとても良いし。
この間、お茶請けのお菓子を悩んでいるお客さんが来た時に浮かんだんだ。そうだ、お茶と菓子が一緒に食べられるものは作れないかとね。…安直だけど」
それで、緑色の大福餅か。千秋には考えつかない菓子だ。
このごろ和菓子屋も増えてきたし、こういった真新しい菓子が並んでいたら目立つかもしれない。だから律の父も、律の考案した菓子を作ってみたのだろう。
「苦いものがあればこそ、甘いものが余計に旨いのさ。これは何にでも言えるし、割合にもよるけどね」
「ふーん…西瓜にちょろっと塩をかけるようなものかな。あれも旨いよなあ」
「…千秋は小食のくせに、食い意地は張っているよなあ」
くすくすと笑った律も、緑の大福に手を伸ばす。
旨いけど悔しいな、俺だっていつかは…と一人でぶつぶつ言っている律が可笑しくて、千秋は噴き出してしまった。

……けれど、苦いものに甘いものを合わせて良いものなのだろうか。甘いのの邪魔をしてしまわないか。
苦いものはただ苦いばかりだと思っていたのに、この大福はどうしてか美味しい。全く、訳がわからない。

首を傾げながら、千秋は餅を飲み下した。





―――日が傾き、夜も更けて、千秋の部屋。
千秋が風邪を引かぬようにと、今日もせっせと火鉢を暖めている羽鳥の後ろ姿に、既に寝間着姿の千秋は声をかける。手には緑の大福の乗った皿を持って。
「なあ、トリ。この大福、食べてみない?昼間に律っちゃんが持ってきたんだ」
振り返った羽鳥は、男前も挫けるほどに眉をきゅっと寄せていた。
「まさかお前、また律の作った菓子を食べて死にかけていたりしないだろうな?」
「ちげーよ、これは律っちゃんの親父が作った大福!それに、律っちゃんだっていつも悪気があって不味い菓子を作るんじゃないんだから、そう言ってやるなよ」
千秋の言い分を聞いた羽鳥がやれやれと吐いた溜め息は、実に長いものだった。
「…そんなことはわかってる。あいつに悪気があったなら、俺はとっくの昔に奉行所に突き出してるぞ」
確かに、律の菓子を食べて死にかけたのは数えきれないほどあるので、千秋はぐ、と押し黙るしかない。
ぶすりとしていると、羽鳥が目元をふっと和らげた。
「まあ、それでも菓子を作り続けるのが、律という奴なんだろうな。きっと周りが何か言っても、何だかんだでやめられないんだろう」
何か思うところがあるのか、羽鳥は手元ではなくどこか遠くを見つめているようだった。
火鉢の中でパチリと音がする。
(……あ、笑った)
羽鳥の笑う顔を見たのは暫くぶりだったので、益々面白くない気持ちになった。
千秋に対しては眉間を寄せて煩く小言ばかり言ってくるのに、千秋以外の者には拍子抜けするほどあっさりとした態度だ。口には出さないけれど、千秋はそれが気に入らなかったりもする。
(俺にももうちょっとくらい優しくしてくれてもいいのにさ。そんなに難しい顔ばかりしてないで)
胸の内のもやもやは、昼間に餅を食べ過ぎたから胸焼けか。千秋はうんざりしとした思いで、布団に潜り込んだ。

近頃ずっとこうなのだ。羽鳥に関することだと、少しばかり心が狭くなる。
…そうだ、これは確か、羽鳥が千秋の祖母である皮衣に恋をしていたと知ってからで。

「………もう寝るから、出てけ。その餅、織田屋の新作だから、よく味わって食えよ」
「ああ、お休み」
こんな時にはあっさりと頷いて、さっさと火鉢の火を消した羽鳥は静かに出て行ってしまった。自分で出ていけと言っておきながら、寂しいと感じてしまう。
しっかりと閉まった襖に向かって、千秋は憎まれ口をひとつ叩いた。

「……トリのばーか……」

…すると、後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「何が『ばーか』だよ。千秋は相変わらず子供だなあ」
「うわっ!?」
千秋の背後に立ててあった屏風(びょうぶ)から、するりと影が伸びたかと思うと、鮮やかな着物を着た青年が現れた。
屏風のぞきという妖である、木佐だ。
木佐は屏風に宿る妖で、色々な家の屏風に留まっては、その家の営みを見るのが面白くて仕方ないという。
千秋の家は特に居心地が良いらしく、こんな風に前触れなく千秋の部屋に潜り込んでいることがよくある。本人曰く、元は海の向こうの国で作られた屏風の妖らしいが、真実かどうかは定かではない。
「…子供ってほど小さくないよ。俺だってもう十七だ」
「十七なんて、俺からすればまだ腹の中から出てもいない赤ん坊みたいなもんだって」
「何だよ、木佐さんだって、俺と大して年の違わなそうな顔をしているのに」
「俺はこう見えて結構年をとっているんだからな。皮衣様と羽鳥の真ん中くらいかな」
「ふーん…。じゃあ、人間でいうと三十路くらいのオッサンか」
悪びれなく感心した千秋に、木佐は顔を引きつらせる。木佐は自分のことをさも年寄りのように言う癖に、自分が年をとって見られるのは好きではない。
「……口を慎めよ、このガキ」
「あ、また子供扱いする…」
「だから、実際に子供だろうが、お前は。…大体、妖にしても、人間にしても、子供っていうのは何も知らないから単純なもんだな。外側しか見えていない」
「???」
背の高い屏風の上にふわりと腰かけた木佐が、足を組みかえる。何もかも見透かしているみたいに偉そうな顔だった。
「いい加減に察すればいのにさ、羽鳥は煩さければ煩いほどに、お前のことを好いていると言ってるんだって。だって羽鳥は昔から、嫌いな奴にはとことん興味がないんだぞ。ここまで誰かの世話を焼いているのは、皮衣様を抜いて千秋が初めてだ」
「え……っ?」

―――なんだ、それは。
羽鳥が煩いのは千秋のことを仕方ない奴だと思っているからで、千秋に対してはいつも眉間に皺ばかり寄せているし、そもそも羽鳥は皮衣のことが好きだったはずだし、それに………、

ぐるぐるとしている千秋を見て、木佐は口元をはっと抑える。
「ああ、ちょっと喋り過ぎたかな。……さてと、これ以上余計なことを言う訳にもいかないし、俺は夜道を歩く人でも化かしに行くかね」
木佐は屏風の妖のくせに、外を出歩くのが大好きだったりする。
ともかく木佐も、そう言って雨戸の外に消えてしまった。



今度こそ一人きりの部屋で、千秋はぼんやり考えてみる。
さて、体の内が熱いのは、どうしてだろうか。胸の奥が締め付けられて、苦しいはずなのに疼いてはくすぐったかった。

『羽鳥は煩ければ煩いほどに、お前のことを好いていると言っている』

耳を通り抜けた、木佐の言葉。
あまり認めたくないが、千秋はうんざりするほど羽鳥に小言を言われている。だから、世界が反転してしまう。
病のときみたいに、血潮がどくどくし出した。

(トリが、俺のことを好きだとしたら…?)

時にわずらわしいお節介も小言も、時々見せる優しく細めた目も、全部自分に向けたものだとしたら。
それはどれほど重たくて痛くて、熱いものなのだろう。

(……でも、トリ。それならば、ちゃんと好きだと言って欲しいよ)

自分から聞けない臆病者だから、まだ一歩が踏み出せない。
苦い大福の周りを舐めてばかりだから、まだ中の餡には辿り付けないでいた。











ゆいな様リクエスト『しゃばけパロ「一歩を踏み出す勇気」の続編』でした。
千秋を甘くしてやって下さいとのことでしたので、ほんのりと甘いお話を目指していました。…でも、あんまり甘くなりきれていなくてすいません…;
このパロ設定の話の続編は他の方にもリクエストを頂いていますので、この話の続きを今後アップする予定です。そちらのお話ではもう少し進展して甘みも出る予定ですので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
リクエストありがとうございました!
2012.10.11
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