彼は東京からここの親戚の家に一人で来たという。僕はとても感嘆したが、エヌ君は何でもないといった風に笑っていた。
あそこ、とエヌ君が斜面から身をのりだして指さした。エヌ君が転げ落ちそうで危なっかしくて僕はとっさに彼のシャツのすそを掴んだ。
――落ちないよ。
エヌ君は笑った。
――あの時計屋の一つ先に住んでる。
上には何があるの、とエヌ君が尋ねた。
――公園だよ。昔は城があって、そのあと分校になって、今はつぶれて公園になってる。
当時の公園にはまだ回転遊具とか箱形のブランコとかレトロなものが置いてあった。エヌ君は物珍しそうに色々眺めていたが、結局僕達は普通のブランコに乗った。そういえばなぜここに来たのか、僕は尋ねた。
――東京でちょっと色々あってさ。
立ちこぎのエヌ君は言う。
――親とか先生から色々言われるし、友達もしつこくて。気分転換にこっちに来たんだ。
他にも教育委員会やら警察が来たとか、エヌ君の言うことはにわかには信じがたいことだった。そんな大変なこともエヌ君はどこかおもしろおかしい風に話すのだった。
エヌ君がはたして東京で何をしてしまったのか。窓ガラスを割った、増水した川に流されたとか、小四の僕の頭では原因はそれ位しか浮かばなかった。しかしエヌ君は「ちがう」と言う。じゃあ何、と聞いてもその日のエヌ君は「秘密」としか答えなかった。
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