母の呼ぶ声がした。向こうに母がいた。僕達はそこへ行き、エヌ君はこんばんはと会釈した。家の人は一緒じゃないのと尋ねた母に、彼はいつの間にかはぐれてしまった、あの人達は先に帰ったのだろうと話した。今思うと確信犯だったのだろう。あの人達とは居心地悪そうだった。丁度墓の掃除も終わった所で、僕達はエヌ君と一緒に帰ることにした。
行きの時よりも日は落ちて辺りは一面紺色で、提灯の明るさが際立った。前を歩く母や兄の後ろを僕達は提灯を並べて歩いた。どこの家も墓参りだろう、昼間よりも往来は激しく車も頻繁に通っていた。二人きりで通った帰り道とは全く違う印象だった。何となくちんたら歩いていたから先に行った兄達と間が出来た。歩調に合わせて提灯の明かりがゆらゆらゆれた。
エヌ君の家の前に至った。その家の明かりは点いていた。エヌ君はじゃあまた、と提灯の明かりを消して家に入ろうとした。
そのとき僕のなかに何か衝動がはしった。「秘密」を聞けずじまいだった夕方を思い出して、この機会を逃すまいとする直感だったと思う。僕の口をついて出たことばはこうだった。
――どうしてここに来たの。
突然だったからエヌ君も少しぽかんとした。ことばが足りなかった。あわてて僕は付け加えた。
――昨日、秘密って言ったから。
そこまで言って、彼は分かったようで、
――聞き流してくれると思ってたのに。
と微苦笑した。しかし、彼はふっと今までで一番まじめな瞳で、
――今日はもう遅いから明日じゃ駄目かな。
明日、必ず話す。
必ず、の一言に僕はもう反射的にうなずいた。
――じゃあ、また明日。
――分かった。
と言うと、エヌ君はすっと家に入った。僕も走って家に帰った。空はもう夕暮れが終わって夜という時間だった。
帰宅早々、遅い、とまた母に怒られた。部屋で兄はテレビを見ていたが、僕に気付くと、またエヌ君と遊んだのかと尋ねた。
――あいつさあ……。
兄は口にしかけて止めた。僕はどうしたのかと訊いた。兄はことばを選んでいたようだが、
――やっぱ、何でもない。
と切り上げてしまった。僕も適当に流した。
兄の本心はエヌ君へのあわい不信感だろう。ハラカラの件から兄はエヌ君を気に入っていない。
エヌ君はたしかに危なっかしかったり、あやしい一面がある。が少し人より変わっていいるだけの、普通の少年ではないのか。僕は昨日今日を振り返り考えてみたがどうにもまとまらなかった。けれども、明日になったら分かる。明日話すと言ったエヌ君を思い出した。そして、鳥のような遠い目。
明日か。とても遠く感じた。明日になったら……。
そんな堂々巡りの中で、僕は眠りに落ちた。
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