墓石は小山の天辺に集まっていて、頂上までは階段が通っている。といってもコンクリ整備ではなく土の地面である。その脇道には地蔵や墓が立っていた。墓は個人のものらしい、新しくきれいなものだった。上からあぶれたのだろうか。左右に立つ木々は黒々と茂っていた。

 天辺に達し、後の道は知らないから祖父母に着いていった。大小の差はあるが形は一様な墓石が並んでいるのは慣れない光景だった。僕は奇妙な気分を感じながら、提灯の光を手に祖母を追った。

 墓地は広々していた。サッカーグラウンド位あったかもしれない。それとも僕が幼かったせいで広く見えたのか。途中、違う道に入ると母に叱られた。うちの墓は一番奥にあった。大月家代々之墓。
 祖父がやかんの水をかけ墓石を洗った。祖母は花と供え物を置き、母は線香に火を灯した。お参りしなさいと祖母が言うから、僕は知らない人に手を合わせた。兄は墓を洗う手伝いをさせられていた。暇をもてあました僕は辺りを歩き回った。

 墓と墓との間の道に奇妙なものを見つけた。背丈三十センチ程度の小さな墓石と小さな地蔵だ。墓の文字はすり減りよく読めなかった。かなりの年代物のようだ。個人のものではなさそうだったが、線香と花は供えられていた。

 ――それは水子供養だとおもうよ。

背後から聞いたことのある声がし、振り返った。

 ――また会ったね。

そこに、提灯を持ったエヌ君がいた。

 彼も宿泊先の老人と墓参りだろう。そして知らない人の墓参りを済ませ、暇をもてあましている所僕を発見した。僕がそんな推理をしている間、エヌ君はその水子の碑を観察していた。十郎杉といい古城といい、古物に興味があるのかと尋ねてみたが、そうではないと言った。そこにあるから見てるだけだよ、とエヌ君は笑うのだった。

 線香のにおいがしていた。あちこちの墓の前から煙がたなびいて、キクや菓子が供えられていた。花に興味は無いが、菓子は盗んでもばれないのではないか、と小学生らしい邪な考えが頭をよぎった。菓子といっても煎餅や落雁みたいなもので大した魅力は無かったのだが。
 盗むという思いつき。臆病者の僕に実行できる訳が無かったが、その悪な思いつきに僕はぞくりとした。この歳の少年に、悪はステータスだった。悪は自慢になった。

 ――何かさあ、お供えとかって、無駄じゃない?

と、僕は何気ないように切り出してみた。エヌ君は悪が嫌いそうだったからだ。そのエヌ君の答はなかった。

 ――結局、お供えしても野ざらしにするんじゃあ、誰かに盗まれちゃうんじゃないの。

盗むの発音がこわばっていたかもしれない。エヌ君がそれに気付いていたかは知らないが、あまり興味がない風に、

 ――死んだ人に贈られたお菓子でしょ。気持ち悪いんじゃない。

と言ったのだが、その後少し考えて、

 ――まあ、鳥とか、虫とかが食べるんだろうね。

そんなことを呟いた。

 ――ま、人が食べるものじゃないから、盗んで食べるなんてナンセンスだね。

そう軽く笑った。僕も相づちを打った。悪は急速にしぼんだ。正義感の為ではない。つまらないからだ。

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