――酷いよ。隠れて僕のこと見て、笑ってたんでしょ。

と真っ向から噛みつくものの、その姿がますますおもしろおかしいようで、彼はまだくつくつ笑っていた。

 ――ごめんごめん。軽い冗談だったんだよ。

しかし小学四年の小心者には軽いいたずらでは済まなかった。怒りはとうてい収まらなかった。僕は湿気にみちた日陰の広場を抜けて、山向こうの田園を小走りしていった。

 ――悪かったよ。機嫌戻して……。

 日差し照るあぜ道に僕達二人。まぶしすぎる直射日光をあびる、不機嫌な僕と苦笑まじりに弁解するエヌ君。

 このまま歩いた所で目的もないからそろそろ戻ろう、と思ったけれども僕にも意地があり引き下がれなかった。水田の道を進む。大きく迂回して墓地の方から家の前に出られるはずだ。ここで引き返すのはあまりに無様だ。僕はあぜ道をずんずん進む。しかし、不安がない訳ではない。エヌ君は弁解を止め僕の少し後ろを歩いた。

 水田に所々の森林、同じような風景がつづいて方位や地理の自信が失せていった。あぜ道を左折して舗装道に至った。前方に見えるあの小山に墓地があるはずなのだが、後方にも右手にも同じような小山が点在していた。前へ後ろへと広がる、まだ僕の知る道ではない。

 ――この道で、あってるよ。

 突然のエヌ君の声に僕はどきりとした。さっきのいたずらの続きのように、いつの間にか独りで歩いている気になっていた。

 ――そこに見える森が墓地で、ずっと行くと犬のいる家二軒、時計屋とうち、君ん家。

 こまかに彼は語り、そうだよね、と同意を求めた。僕は反射的にうなづいた。実際確かにそうだった。

 ――おととい来たんでしょ。詳しいんだね。

と感嘆したけれども、ふと彼の仕打ちを思い出し、褒めた事を後悔した。僕は歩みを少し早めた。

 道は、車どころか人影もなかった。空の天辺は真青に晴れていたがずいぶん大きな雲が二つ三つあった。すると日差しが陰った。ちぎれた雲が風に流されて日を遮ったせいだ。
 ピョー、と、また声が聞こえた。セミなんて目じゃない、笛のようによく通る鳴き声だ。しかし姿は見えない。

 ――タカだ。

エヌ君は立ち止まった。右手の森を見つめていた。

 ピョー。またタカが鳴く。どこにいるのかは全く分からない。しかし、声だけがただ鋭く聞こえた。
 タカなんて、ここにいるのか。案外身近だった生き物に淡い親しみを感じた。
 彼はただ声の方を見つめていた。昨日見た、鳥の目だった。

 前にテレビで見た猛禽類の特集を思い出した。野山を見下ろし、鋭い翼、強い足で一撃で獲物を捕らえる。強く賢く、僕には無縁の生き物だと思った。だから憧れがあった。
 ピョー。また響く。エヌ君は無言だけど、目はただ声を見つめていて、互いにあいさつとか会話をしているように感じた。

 エヌ君てさあ……と呼びかけた。振り返る。

 ――タカに、似てると思う。

我ながら、変なことを言っているなとおかしかったが、彼は、

 ――ありがとう。

と、少しほほえんだ。



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