この辺一帯は稲作地域だから、水田だけでなく集落にも用水路が張り巡らされている。コンクリがためのドブ川もあれば、水草が生え曲がりくねった小川めいた所もある。僕の家の向かいにもそんなドブ川だか小川だかが流れていた。じりじりした陽気の下、水の流れる音が涼しげだった。黒い細いトンボが水面を飛んでいた。ハグロトンボというらしい。
 僕はザリガニ捕りを見よう見真似でやろうとした。適当に網でかき回したが、泥が水中を舞い上がり、水底はよどんで見えない。それでも水底をつつくと偶然手応えがして、掬い上げた。小振りのザリガニが入っていた。傍観していたエヌ君は、

 ――ザリガニ捕り、やり方は知ってるよ。

と言う。ただし実際にやったことは無いらしい。

 ――最初の一匹が釣れたら、その尻尾をちぎって殻をむいて、中身を餌にするとよく釣れるみたい。

 コンクリートの上でザリガニはハサミをもたげていた。ザリガニというのは表情が全く分からない。エヌ君はザリガニを軽く捕まえた。ザリガニは逃げられない。できるはずがない。エヌ君が、どうする、と聞いてきた。僕は答えに詰まった。エヌ君が

 ――泥臭い。

と一言漏らす。ハサミを振るうザリガニをよそに

 ――汚いね。

と静かに笑った。どうする、ともう一度尋ねる。
 僕は、ザリガニを受け取って、引きちぎった。

 バケツの中、得たものはもっと大きなザリガニ、ついでに捕れた小魚が数匹。コンクリートの上に、頭だけのザリガニがころがっていた。僕は死んだ頭を拾った。黒くにごった目がプラスチックのようでもあった。僕はドブ川にそれを放った。ドプン、と低く静かに頭は沈んだ。
 小川をはさんでコガネグモが巣を張っていた。
 日差しがつらかった。

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