母と伯父の部屋も現在は全く使われていない。棚も机も埃をかぶっていた。もう何年もふれられていないカセットテープ、開かずの引き出し。半分物置き状態、客間の声も届かない。同じ家なのに、奥に行けば行くほど孤島のようにひっそりしている。秘密基地のようなあやしさの部屋、秘密の話をするにはここしかない。やっと、兄や母から解放されたのだ。
――エヌ君。
と呼びかけたはいいものの、続くことばが見付からない。
――何。
――あの、空の話。
エヌ君は微笑のまま、
――空?
と少しだけ怪訝な顔をした。触れてはいけなかったのかもしれない。エヌ君にはきっと、触れられたくない域がある。
――エヌ君は、空が好き?
彼は、少し考えて、
――地面よりは好きだよ。
君は、と尋ねる。僕は答に迷ったが、
――晴れは好きかな。曇りや雨はあんまり。
と言うと、彼はふっと吹き出し、
――僕も晴れの方が好きだ。
自然と僕達は笑いあった。
開け広げられた窓の向こうに、洗濯物と青い空。静かな時間が流れた。はしゃぎまわることしか知らない小学四年生にとっては不思議な時間。エヌ君と出会ったときのような静けさ。きっとこれがエヌ君のペース。僕達は何もことばを掛け合わなかったが、それでも気まずさは何もなかった。良い沈黙だった。窓の向こうに、青いトンボが飛んでいった。
――お昼、できたよ。
突然響いた母の声で急に現実へ引き戻された。どれ位の時間が経っていたのか分からない。僕達は食卓へ向かった。廊下に立ったとたん、むっと熱気につつまれた。今いた部屋はこんなに暑かったか。僕達は長い廊下を歩いていった。
昼食のメニューは炒飯。食卓には僕達と兄。話題も無いから黙々と食べることにした。皿とスプーンが音を立てる、咀嚼音のみ。兄は炒飯を掻き込み早々にクーラーの部屋へ。また、無音。
――午後、どうしようか。
何とは無しに切り出してみた。エヌ君も考えこむ。やることが尽きてしまった。家は、思ったよりも狭かった。
――やっぱり、外行こうか。
――そうだね。
家の人にも迷惑だし、とエヌ君が付け足す。
昼食をすませ、僕は虫捕り網を探しに、祖母に車庫を開けてもらった。伯父のつりざおのそばに網が二本と透明な虫カゴが一つあったからそれを借りた。
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