§二日目

 翌日もおそろしく快晴だった。まだ午前中だというのにひどい熱気が充満している。僕が出掛ける、と言うと、良平も連れて行けと母が言った。良平とは兄の名だ。兄は暑いから嫌だと不満を言っていたが、母に追い出されて結局ついてきた。帽子を被り家を出る。
そういえばエヌ君と何時にどこで会うか打ち合わせていなかった。また十郎杉の所にいるかと坂を見上げたが人影はなかった。エヌ君はまだ家にいるのだろう。呼びに行ったら迷惑だろうか。
 どうするんだといらいらする兄。僕もどうしたらいいのか分からない。どうなるかは分からないが僕はエヌ君の家を訪ねてみることにして、ずんずん歩いた。どこに行くんだと兄は嫌な顔をしたが、兄一人で公園に行くのも癪に障ったらしく、結局僕の後をついて来た。
 兄の前を歩くのは気分が良かった。日頃とは逆の立場に立ったことがなんだか新鮮だった。ふんわりと風がなびき一瞬涼しくなる。時計屋を越え、エヌ君がいるという家の前に達した。やっぱり迷惑だったろうか。ここにきて迷いが生じてどきどきしたが、思いきって家の戸をたたいた。

 ――ごめんください。

返事は無かった。何だ居ないのかと兄が呟く。僕がもう一度

 ――ごめんくださあい。

と呼んで、やっと中から物音が聞こえた。引き戸を開けてエヌ君が出てくる……ことを想像していたが、実際に戸口に立ったのは、僕の祖母より少し若そうな、ぼさぼさの髪の老人だった。

 ――あの、エヌ君はいますか。

エヌ君? とその人が聞き返す。その老人には何も愛想がなかった。少し不気味にも見えた。
 家を間違えたのだろうか。そう思って帰ろうとしたとき、

 ――ああ、T君のことね。

と老人。Tとはエヌ君の下の名前だ。下の名前が珍しくて難しかったし、一応エヌ君の方が歳上だから僕は彼をエヌ君と呼んでいた。

 ――T君ねえ、さっき出掛けるって、どっか出掛けたけどねえ。

すれ違ったんだねえ、と僕を見て笑った。歯が欠けていた。
 そうですか、と小さく礼をして、僕は道を引き返した。兄は悪態をつきながらもやはりついて来た。

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