01 ◆ 上も下も、右も左も、更には目を閉じているのか開けているのか分からなくなるほどの濃い闇を、夏希は漂っていた。 昏い安寧の中、不意に夏希の腕が何かに掴まれた。それは白い色をした手だった。 ――なに……? 夏希が目を開けると、薄暗い部屋の中にいた。 体を起こしてみると堅くザラザラした感触が手に障った。夏希が寝ていたのは畳一枚ほどの台だ。布が貼ってあるのでおそらくこれが寝所だろう。 他には木製の椅子と小さな机がひとつずつあるだけだった。 ――まるで牢獄だな。 そう思った時、ドアの向こうで音がした。 「ほら、さっさと歩け」 「もたもたすんなよ」 男の声と足音がまばらに聞こえて、ドアの前で止まった。 ドアが開いて、そこから見えたのは二人の男と―― 「……中嶋?」 牢獄へと押し込まれた少女は、夏希を見て心底驚いたようだった。 「相模さん!?」 陽子は目を見開いた。――その瞳の色。 「……え、と……中嶋だよな?」 「……相模さん?」 夏希は陽子の顔をまじまじと見た。陽子の髪は赤かったが、今は艶が出ていて赤よりは真紅と言ったほうがしっくりくる。それに加えて褐色の肌と、緑色の瞳。明らかに夏希が見てきた陽子の顔と違っていた。 だが、戸惑ったのは夏希だけではなかった。 「……どうしたの……その目……」 「え?」 陽子もまた、夏希を見つめていた。 陽子は制服のポケットから手鏡を出して、夏希の顔の前にかざした。 ――鏡に映る夏希の双眸は金色に光っていた。 夏希は陽子から手鏡を取り、じっと鏡を見た。 「……なん、で」 夏希の目は黒だった筈だ。それが今や燦然と黄金に輝いている。 だがしかし、夏希はまだいい。顔自体は変わってないのだから。 今度は夏希が陽子に鏡を見せる番だった。――陽子に至っては顔や色彩が別人の様に変化していた。 「なに……」 案の定陽子は愕然として言葉が出ないようだった。しばらくぽかんと鏡を見ていた。 「これ、なに……こん、こんなっ……あたしじゃない」 震える手で陽子は顔を触った。 「あたし、こんな顔じゃ……こんなの、あたし、こんなじゃ……!」 「中嶋、」 夏希は慰めるように陽子の肩に手を添えた。 ひとしきり取り乱した後、陽子は鏡をポケットの中にしまった。鏡さえ見なければ、この変化した顔を見なくても良い。 ――二度と鏡なんて見ない。 そう心に誓って、陽子はてみじかにあった古い椅子に座った。 「あの、相模さんは……どうしてここに?」 「さあ。あのあと、海に落ちて、気が付いたらここだった」 大分端的な説明だが、あの焦燥感を話しても陽子には分からないだろう。 「中嶋は? あの金髪の男と一緒じゃないのか?」 夏希に問われ、陽子はかいつまんで先程までのことを話す。 「ここが日本じゃないことは確かなんだけど……」 陽子はうつ向く。 こんな所に連れてこられて、本当にケイキは現れるのだろうか。 「ま、今考えたってしょうがない」 呑気な声に陽子は顔を上げた。綺麗な金色の目が勝ち気そうに瞬く。 「そのケイキって奴を捜して、考えるのはそっからだな」 そう言って、ベッドのような箱にあぐらをかいている夏希は頭の後ろで腕を組む。 「でも……あたしたち、これからどうなるの……?」 男たちの陽子に対する反応を見ても、この部屋を見てもこの先に待っているのは良いことではない。少なくともそれは予想出来る。 さあな、と夏希の生返事が返ってきた。さしてその事を気にしているわけではなさそうだ。 「……あの」 陽子は躊躇いがちに夏希を見た。暗闇の中、金目は良く映える。 「なに?」 「……そっちに行っていい?」 夏希は面食らったようだが、すぐにいいよ、と端に寄った。 夏希の横に陽子は膝を抱いて座る。隣に誰か居るという事実はひどく暖かかった。 窓は高い位置にあり鉄格子がはめてある。その窓から射しこむ光も無くなり牢獄が真っ暗になってから、三人の女がやってきた。先頭の女は老人で、古い中国を思わせる着物を着ている。 「おまえたちは、おさがり」 二人の女は桶やら色々なものを床に置き、深く一礼してから牢獄を出て行った。 老婆は夏希たちが座っている寝台に机を寄せて、燭台を中心に置いた。柔らかい光が二人を照らす。 |