「東さん」 視界の端に入った途端に笑い声がおとなしくなる。名前を呼ぶ時に『ず』の音が少し上擦っている。隣に並ぶ時少しだけ歩く速度が落ちる。帰る時間をさりげなくこちらに合わせて『偶然』をせっせと作ろうとする。何がそんなに気に入られたのか不思議ではあるが、ここまで気持ちを向けられていては不快にはなりようもない。 「東さん、私」 ただボーダーと家を行き来するだけにしてはひどく気合の入った格好で『偶然』揃った帰り道。ひどく切羽詰まった声に改まった様子で呼ばれて足を止める。続けようとする言葉に気が付かないほど子供ではないが、それにこちらから気がついてやれるほど子供でもない。 とぼけるように口にした「どうした?」に祈るように組まれた指が力を増す。おざなりに流せればと思ったが、どうやら覚悟を決めさせてしまったらしい。 「わ、わたし東さんと…」 ちょっと揺らせば泣き出してしまいそうな顔だ。なんとも一途でかわいい仕草に自然と口が綻んでしまう。こいつ随分と悪い男を好きになったな、と思考の端が他人事のように考える。 「あ、あ、東さんと一緒に見た朝日を絵に描いた時に太陽に同じ色を塗れるようになりたい……」 想像もしていなかった方に転がり落ちた言葉に、子供がクレヨンを握って途方に暮れている姿が頭に浮かんできて思わず吹き出す。 「な、な、な、なんで笑うんですか!」 「いや、悪い。なんというか、思ったよりロマンチックで」 溢れた笑いを咳払いで誤魔化せば、耳までが真っ赤になって祈りの形をしていた指が肩にかけていたカバンの紐をにぎる。拗ねたように少し尖った唇と合わせて見ればその仕草はお菓子を買ってもらえない幼稚園児みたいだったが、涙で濡れた睫毛のカーブはどうあがいても幼稚園児ではない。それがひどく可愛らしかったので、俺と同じものを同じように見たいらしい目に視線を合わせて聞いてやることにした。 「なんだ、俺のこと『好き』って言うより好きなのか」
2023/07/25 21:17 (wt)
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