悠人:ときめくなよ心臓
side 雪島楓

「明日、金曜だね」

新開くんに奢ってもらう約束のいちごミルク。
夏休みに入っても毎週部活のある金曜日はいちごミルクの日だ。

「明日で10回だからね」

自慢げに、正の字が書いてある紙を部室のロッカーから剥がしてこちらに見せてきた新開くんとは、金曜日のお昼の時間でずいぶん距離が近くなった気がする。

「うわ、数えてたの?」
「当たり前でしょ」
「そっかぁ、最後かぁ」
「やっと終わる」
「ねえ、また私のこと怒らせてよ」
「はあ?ばっかじゃないの」
「だめかー」

毎週金曜日、3回目のいちごミルクで新開くんが提案してくれた屋上を『いつもの場所』にして、お互い憎まれ口を叩きあいながらなんだかんだ隣同士座って、私はお弁当を、新開くんは購買で買ったパンを食べるその40分が、いつの間にか少し楽しみになったのは、カレンダーで金曜日を確認してしまう自分がいるから、否定できない。

「じゃあ明日は特別大サービスのシュークリーム付きかな?」
「はあ?んなわけないでしょ、そんなんばっか、太るよ」
「あ、新開くん乙女にその言葉は禁句」
「乙女?どこどこ?俺見えないみたい」
「…………いちごミルク追加します」
「嘘嘘、はいはいごめんってば」

面倒臭そうに笑う彼と最初に抱えていた気まずさは消えて、ついでに彼に抱いていた怒りも解消されて、ようやく一チームメイト、というよりは多分同期で一番仲のいい…いや、仲は良くないな。

「何ブツブツ言ってんの?」

怪訝な表情でこちらを見る彼に作り笑いを浮かべれば「変な顔」と遠慮なしに言ってくるので前言撤回。怒りは消えないし仲も良くないな、多分一生水と油だと、結論にたどり着いた。

***

「ふぁ〜、いい天気」

10回目のいちごミルクの日は、快晴。雲ひとつない青空が目の前に広がっていた。

「雪島さん、スカートめくれてる」

嫌そうに、目をそらしながら新開くんに指摘されたそれを直す。別に下着が見えるわけでもない、ほんの少し太ももがチラリしただけ。

「お目汚しを失礼しました」
「本当にね」
「…なんで新開くんはそう子供っぽいかな、もっとこう、かっこいいこと言えないの?」
「は?同い年でしょ?大体そっちだってもう少し気にして……はあ、もういいや」

はい、と面倒臭そうな手つきで渡されるのにももう慣れた。
よく考えれば、飲み物だけ受け取ってお昼を一緒に食べる必要などなかったのに、そういえばどうして毎回食べることになったのだったか、もう覚えてない。

「最後かあ」
「やっと終わった…」
「許さなきゃいけないのかぁ…」
「はあ?ここまでやらしてまだ許してないとか言うわけ?」
「なんでそんな上から言えるの?私が悪いの?」
「…それは!俺が悪かったけど」
「……ぷっ、嘘、もう随分前に許してまーす」

そういえば、最近は「今日はタイムが縮まってたね」なんてことも、普通に彼に言えるようになった。よかった。インハイ前にちゃんとできて。

「そういえば、新開くん」
「何」

大体私が言う言葉は文句だと思っているのか、いつもいつも刺々しく返事をしてくる彼に最初は嫌われているのかと思っていたし、別に私も嫌いだからいいやと思っていたけれど、それはどうやら違うらしい。嫌われてはいなさそうで、自分も彼のことを嫌いではないようだ。

「……もう少し可愛く返事してくれたら話の続きする」
「はあ?」
「だっていっつも、こわーい返事ばっか」

目尻を持って上に釣り上げて新開くんに顔を見せれば、小さくため息をついた彼の口角が少しだけ上がったのを私は見逃していないけれど、新開くんは笑ったと思われたくないみたいだから触れないでおいてあげよう。

「なに」
「え?それで可愛くしたの?」
「優しさ5割増しのつもりだけど?」
「…もっと葦木場さんに返事する時みたいにして欲しかったのに…まあいいや」
「で、何?」

そうだった、10回目のいちごミルクが終わったら話そうと思ってたこと。

「新開くんって、自転車のメンテがすごく丁寧だよね」
「は?」
「あと、言われたことの吸収が本当早い、フォームもあっという間に直すし」
「…いきなり、何」
「自己把握力もすごいある、無理をして足を引っ張ることは絶対しないし」
「……ねえ」
「あ、あといつもドリンクに何か足してるよね?砂糖かな?あんまりあのスポドリ好きじゃない?」
「ちょっと待ってってば」
「あれ、私に言ってくれればこれから私がやるから」
「な、」
「最初の頃は良いところなんて見つけられなかったけど、新開くんすごい変わったよね。インハイ頑張ろうね」
「………何その言い切った、みたいな顔」

驚くのも、無理はない。確かに、今までずっとずっと憎まれ口ばかり叩いていた私の口からこんな言葉が出てきて瞬きを忘れてしまう彼の気持ちもわからなくはない。

「いちごミルクありがと、ちゃんと新開くんと話ができるようになってよかった」

紙パックにストローをさして、新開くんとの最後のいちごミルクを口に入れる。

「はー、甘!」
「……待ってよ、もう…調子狂う」
「え?照れてるの?」
「うるさい」

多分恥ずかしがって、こちらを見ないで、というよりは私から目線をわざと外して、ガサゴソとカバンを漁り出す彼をいちごミルクを飲みながら眺めていると、彼が小さくため息をついてからこちらを向いた。

「はい、これ」
「え?」
「サービス!」

ズン!と私の目の前に袋を差し出した彼はあまりにも納得いかなさそうな顔をしていて、どうして、ここでにっこり笑顔ができないのだろうなんて言いたくなる。でも、そんなことをすれば私の目の前に出てきた美味しそうなシュークリームが、多分新開くんのカバンの中に戻って行ってしまうから。

「あ、ありがと…」

素直にそう告げていちごミルクを地面に置いてシュークリームを受け取る。私のぽろっとこぼしたどうしようもない我儘を受け止めてくれたことが、新開くんの嫌そうな顔とかそんなの全部気にならないくらいには、嬉しい。いや、控えめに言っても嬉しすぎる。

「…2度としないから」
「ありがと」
「ん」
「…え?これわざわざコンビニで買ってきてくれたの?」
「うるさい」
「部活来る前に?わざわざ?」
「だからうるさい!」

ちょっとは黙って食べてよ、と唇を尖らせながらパンを頬張る彼に、お礼に食べる?と、持ってきたさくらんぼを渡すと、少し戸惑いながらそれを手のひらで受け取った新開くんが、嬉しそうだったから、なぜかこっちまで嬉しくなる。身体中にあったかいものが流れ込んだような、そんな気分。

「…新開くんって意外と可愛いとこあるんだね」
「はあ?シュークリーム取り上げるよ」
「うそうそ!うそ!やだ!ごめん!」

シュークリームといちごミルクの甘いごめんねを受け止めて、眩しすぎる青空を仰いだ。
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